第35話
35 初めての剥ぎ取り
風神流秘奥義『
それは、盛大なるジャンピングアッパー。
かがみ込んで力を溜め、気合いを込めた腕を一気に振り上げ、そのまま高く飛び上がる。
爆発的なパワーを一気に放出することにより、まさに暴れ龍が天に昇るように、なんでも吹き飛ばしてしまうんだ。
それをアゴにマトモに受けたレイジング・ブルは、ハリケーンに吹き飛ばされた乳牛のよう。
紙のようにヒラヒラと舞い上がっていたが、その軽そうな見た目とは裏腹に、砲丸のような轟音とともに床に叩きつけられていた。
……ズドォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
その瞬間、叩いたテーブルの上に乗っていた調味料の瓶のように、観客たちは一斉に震え上がっていた。
少し遅れて、俺がスタッと着地する。
……この技はかなり強力なようだが、かなり高く跳んでしまうせいで、終わって着地するまでが無防備になるな……。
集団が相手の時には、使うのは控えたほうが良さそうだ。
なんて分析をしていると、うわごとみたいな声が聞こえてくる。
「なんで……なんで……なんでセージが、『暴龍昇撃拳』を……? なんで、なんでぇ……?」
あばれるちゃんが、目をグルグル回してうなされているところだった。
ショック症状みたいになってるけど、さっきまで元気だったし、外傷もなかったし、ほっといても問題ないだろう。
となると、あとは……。
俺は倒れているレイジング・ブルを見やる。
ピクリとも動かないが、これで倒せたのか……?
近づいてみたら、ヤツはクシャおじさんみたいな潰れた顔で絶命していた。
これなら、もう起き上がってくることはなさそうだな。
となると、あとはやっぱり……。
俺は腰のベルトに下げていたナイフを引き抜く。
せっかくのボス、しかも牛を倒したんだから『剥ぎ取り』をしなきゃな。
『剥ぎ取り』というのは倒したモンスターを解体し、毛やら皮やら肉やら骨やらを取る作業だ。
やり方は前もって授業で習ったんだが、信じられないほど簡単だった。
まずこの世界のモンスターは、死ぬとしばらくの間は身体が柔らかくなる。
さらに体液も、内臓にある袋の中に一気に集まる。血液であれば『血袋』といった具合に。
だからこうやってナイフ1本で簡単に切り分けることができるんだ。
血なども流れ出ないから、あまりグロテスクじゃない。
はじめ人間が、マンモスを切り刻んでいる感覚に近いだろうか。
前世で子供の頃、理科の授業でやったカエルの解剖のほうがよっぽど残酷に感じる。
本当にゲームみたいな感覚なので、かえって命を扱う感覚が狂ってしまいそうだ。
なお特定の殺し方をすると身体が柔らかくならず、血袋に血が集まらないので、その時は前世の牛と同じくらい解体が大変らしい。
ちなみに『
それにしてもレイジング・ブルは本当にデカいので、『剥ぎ取り』のしがいがある。
でも全部は持って帰れないので、俺は牛皮と、背中のあたりの肉の一部を削ぎ取り、あとは牛乳の入っている袋を取った。
それでもかなり大きいので、結構かさばる。
まだ子供の俺じゃ、ひとつ持ち運ぶだけで精一杯だ。
しかし袋やリュックなどは持ってきていないので、どうやって持ち帰るかというと……。
俺はまず肉の塊を持って、バスケットボールでも扱うみたいに頭の後ろに回した。
そして、着用しているコートのフードに落とし込む。
すると、
……スポッ!
とフードの中に吸い込まれるようにして、肉は消えていった。
俺の一張羅である、女神サマから貰ったこのコート。
実は不思議な機能があって、ポケットのいくつかは四次元になっているかのように、物がいくらでも入るんだ。
この機能に気付いたのは、初めての錬金術の授業あと。
あの時、コートの内ポケットの中に湯の花をたっぷり詰めたんだが、いくつかのポケットは見た目よりずっと多く入っていたことに気付いたんだ。
しかもそのポケットに入れたものは重さも感じず、他の四次元ポケットと繋がっていて好きなように取り出せる。
調べてみたところ、この世界では『マジック・アイテム』と呼ばれる、魔法の力がかかった道具のことらしい。
といっても容量と重量を無視できるマジック・アイテムは博物館級のレアものなんだそうだ。
あんまり人前でおおっぴらに使えるものではないが、あの女神サマには感謝しなくちゃな。
剥ぎ取った素材をぜんぶ、フードの中にしまい終えた頃、
……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
ガッ、シャァァァァァァーーーーーーンッ!
ボスフロアを隔絶していた、前後ふたつの鉄格子が開く音がした。
入り口のほうから、どやどやと足音がなだれこんでくる。
「す、すげぇ……!」
「ほ、本当に、レイジング・ブルが死んじゃってるよ……!?」
「よ、よくわかんねぇけど……でも、チャンスじゃねぇか!?」
「そ、そうだな! コイツをクエストカウンターに納品すれば、かなりのポイントが貰えるぞ!」
「よぉし、手分けしてみんなで、剥ぎ取りを……ぎゃんっ!?」
後からやってきて、ナチュラルに美味しいところだけを持って行こうとするヤツらに、俺は次々と鉄拳をくらわせた。
……ボカッ! ドガッ! ガツ! グシャ!
「ぎゃんっ!?」「ふぎゃあ!?」「いでえ!?」「な、なにすんだよっ!?」
「お前ら全員、そこで一列に並んで土下座しろ!」
「な、なんで
「俺じゃない! あばれるちゃんに謝るんだ! さぁ、さっさとしろ!」
タンコブの上にさらにタンコブを、おまけにもうひとつタンコブをこさえ、頭にダンゴ兄弟を作ってやってようやく、ヤツらは土下座した。
「せ、セージ君、この度は本当に、申し訳ありませんでした……!」
「だから俺じゃないって! あそこで寝てるあばれるちゃんに謝るんだよ! もう一度!」
「あ……アバレルさん、この度は本当に、申し訳ありませんでした……!」
「まだ気持ちがこもってない、もう一度!」
「あ……アバレルさん、この度は本当に、申し訳ありませんでした……! 次からは風紀委員の仕事の大変さを理解し、決してバカにするようなことはいたしません……!」
「だいぶ良くなってきたな。でもまだまだだ、もう一度!」
俺はレイジング・ブルの角を竹刀みたいに振り回して、謝罪を続けさせる。
口答えしたヤツをひっぱたいていたら、ヤツらの頭のダンゴ兄弟は大家族にまでなってしまった。
謝罪が五十回目になろうとした頃、リバーサー先生と守衛を引きつれたシトロンベルが飛び込んでくる。
そして、
「せ、セージちゃん……いったい、何がどうなってるの? それに、レイジング・ブルは……?」
「ああ、レイジング・ブルなら勝手に死んだよ。どうやら人生に絶望してたらしい。新入生や新社会人によくある病気だろう」
「そ、そうなの? じゃあそこで土下座してる、
「あばれるちゃんを騙しておきながら、謝りもせずに剥ぎ取りを始めたから、こうして叱ってたんだ。そうだ、シトロンベル、お前が次に剥ぎ取っていいぞ、少なくともコイツらよりは活躍してくれたからな」
シトロンベルは「え、いいの……?」と一瞬気を取られたが、部屋の隅で寝ているあばれるちゃんに気がつくと、真っ先に駆け寄っていった。
「は……剥ぎ取りなんてしてる場合じゃないじゃない!? アバレルさん、大丈夫!? しっかりして!」
うーん、やっぱりシトロンベルはマトモだな。
そして、あばれるちゃんはまだボンヤリしていた。
「う……う~ん……セージが……秘奥義を使うなんて……ゲチョゲチョにありえないよ……これは……バッキバキの夢……。そう、夢に違いないよぉ……」
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