第34話

34 暴龍昇撃拳

 鉄格子のまわりに集まっていた従者サーバトラー候補生たちは、今にも失神しそうなほどにショックを受けていた。



「し……シトロンベルさんが……!?」



「我ら従者サーバトラー候補生のマドンナの、シトロンベルさんが……!?」



「我が校の次期、絶対聖母アブソリュート・マドンナといわれた、シトロンベルさんが……!?」



「こ、こんな無宿生ノーランを、パートナーだって……!?」



「ぺ、ペットではなく、パートナーだなんて、そんな……!?」



 その様子はさながら、高嶺の花が食虫植物だっとわかった時のような……って、もうそれはいいか。

 ヤツらにとっては新鮮な驚きでも、俺にとっては本日二度目。


 ギャグの基本は繰り返しっていうが、今はそれに付き合ってる場合じゃない。



「おい、俺はもう行くから、シトロンベル、後のことは頼んだぞ」



 すると、俺の自称パートナーは、ツーカーの夫婦のように、しかし不意を突かれたように「はいっ!?」と返事をする。



「って……行っちゃダメっ! 戻ってきて、セージちゃん! レイジング・ブルは、ひとクラスくらいの人数で『レイド』を組まないと、倒せない相手なのよっ!?」



 塔の攻略は『パーティ』という、3~6人くらいの班を作っての集団で行なうことが推奨されている。

 『レイド』というのは、その『パーティ』が複数集まったもので、ようは軍隊みたいなものだ。


 『レイド』は高層階の攻略や、ボスを攻略する場合に編成される。

 ちなみに最初のボスであるレイジング・ブルの場合は、レイドの概念を教えるついでに、授業で攻略することになっていた。


 そんな相手を、俺はひと足早く、あばれるちゃんとたったのふたりで倒そうとしているわけだ。

 シトロンベルが必死になって止めようとするのも無理はないだろう。


 俺は彼女をこれ以上心配させないよう、軽く手を挙げ、事もなげに言った。



「せっかくコイツらも後押ししてくれたことだし、やっぱり行くよ。2周目だから死神も素通りしてくれるさ」



 そして返事を待たずに走り出す。

 すると鉄格子のごしのシトロンベルも、俺と真逆の方向に走り出していた。



「私……先生呼んでくる! だからお願い、それまで持ちこたえて!」



「わかった! でも助けを呼ぶ時には、俺の名前は伏せておいたほうがいいかもな!」



 俺はそこでコミュニケーションを打ち切ると、全力で通路を突っ切った。

 カツカツと足音を響かせながら、コロシアムに躍り込む。


 すると、立つのもやっとのあばれるちゃんの前には、土蹴りをする巨大牛がいて……。

 今まさに、トドメの一撃を加えようとししている、寸前だった……!


 俺と牛が床を蹴ったのは、ほぼ同時であった。


 アクセルベタ踏みのダンプトラックが、歩行者に突っ込んでいくような光景。

 俺はその間に割り込んで、あばれるちゃんの身体をかっさらう。


 ノーブレーキのフロントフォークが、横っ飛びしている俺の靴先をかすめていった。



「ブモォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



 いななきというよりもビッグホーン。

 そして蹄音というよりも地震のような震動を感じながら、俺とあばれるちゃんは地面を転がった。



「……えっ!? まだ、ギリギリ生きて……? わあっ!? キミはセージ!? なんでこんな所にノコノコいるんだよっ!?」



「なんだ、死にかけかと思ったら、まだまだ元気だな。それだけ跳ねっ返フラップれるんだったら、助けに来る必要はなかったかもな」



「キミみたいなちびっ子にオメオメ助けられるほど、ボクはヘナヘナ弱くないぞっ!」



「わかったわかった。わかったから、ここでじっとしてろ。あとは俺がなんとかするから」



「なんとか……!? なんとかって、どうするのさ!? アイツにはボクの『風神流武闘術』でも、まるでガチガチに歯が立たなかったんだぞっ!?」



「歯が立たないんだったら、噛まずに飲み込んでやればいいのさ。まぁ、見てろって」



 俺はあばれるちゃんを壁に寄りかからせて寝せると、立ち上がって振り返る。


 数10メトル先には、俺をまっすぐに見据え、ガリガリと後ろ足を蹴る、レイジング・ブルが……!


 ひと足蹴るごとに、床の石がゴリゴリと削れ、穴が開いている。

 あれじゃ『土蹴り』じゃなくて、『岩掘り』だな。


 それで気付いたのだが、床はあたり一面ボコボコだった。

 足場が悪いから、突進をかわし続けるのは危険かもしれないな。


 それに突進を繰り返させて、疲れるのを待つのも難しそうだ。

 ヤツの鼻息は未だに衰えていない。


 それどころか、これから世界最速記録に挑む蒸気機関車のように荒れ狂っている。


 短期決戦、もっと言うなら一撃で決めないとダメだ。

 下手な攻撃だと突進は止められず、回避もできずにあの角に貫かれるだろう。


 もしまともに食らったら、俺の胴体はずいぶん風通しが良くなる。

 涼しいのはいいが、賢者の石ごとくれてやる程ではないな。


 ならば……。

 これまた命がけのぶっつけ本番になるが、アレ●●をやるしかないか……。


 俺は覚悟を決め、右の拳をぐっと握りしめる。

 棒立ちのまま、ヤツの突進を迎え入れる。



「ブモォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



 汽笛のような怒声とともに、黒い暴走列車がついにそのスタートを切った。



 ……ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!



 蹄に穿たれた床石が粉塵となって舞い上がり、灰色の嵐のように吹き上がる。

 俺が動かないので、ヤツの血走った目は勝利を確信していた。


 ……って、いかにも凄そうな表現をしてしまったが、俺はそれだけヒマだったんだ。


 暴走列車は、子供が足蹴りの車にまたがって、よいしょ、よいしょと必死になって漕いでいるかのように、実にゆっくり。


 背後からはあばれるちゃんの、側面からは従者サーバトラー候補生たちの絶叫が響いている。

 それらはまるで、スロー再生しているかのようなノロノロした低音で、俺の耳に届いていた。


 ちょうど手を伸ばしたら届きそうなくらいの距離まで、牛の角先が来ていたので、ここらでようやく腰をかがめる。

 パイルバンカーのような切っ先が、しゅるりと俺の頭を撫でていった。


 角の下に潜り込むと、間近に牛顔がある。

 まるでサンドバッグのように「打ってください」と言わんばかりの、ちょうどいい位置だな。


 俺は、そのアゴめがけて……。


 あらかじめ準備しておいた右拳を、アッパーのようにさらに潜り込ませた。

 そのまま全身をカエル飛びのように、一気に伸び上がらせつつ、さらに……。


 一撃必殺の、気合いを放つっっ……!



「 暴龍ボウリュウ ッッッ……!!」



 ……ドガアァァァァァァッッッ!!



 突き上げた拳が、レイジング・ブルのアゴにクリーンヒットした。

 裂帛の気合いとともに、拳を力いっぱい押し上げる。



「 昇撃ショウゲキ ッッッ……!!」



 ……グググググググググッッッ!!



 目を血走らせていたレイジング・ブルの牛顔が、万力で潰されるように醜く歪んでいく。

 目玉は飛び出さんばかりに押し出され、歯は粉々に砕け散っていく。


 俺は最後の激声とともに、一気に拳を振り抜いた。



「  ェェェェェェェェェーーーーーーーーーンッ!!!」



 スドォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!



 拳を天に掲げたまま、空高く舞い上がる。


 首の骨が外れたかのように、大きくのけぞるレイジング・ブル。

 ヤツはきりもみしながら、キリキリと宙を舞っていた。


 水中散歩をしていたようなゆったりとした時間が、ようやく元通りになる。



「な……なんだ!? 何が起こったんだ!?」



「てっきりセージが、跳ね飛ばされたと思ったのに……!?」



「跳ね飛ばされたのは、レイジング・ブルのほうだったぞ!?」



「そ、それも、あんなに高く……!?



「し、しかも、たったの一撃で……!?」



「レイジング・ブルを、ブッ吹っ飛ばしただと……!?」



「あ、あの無宿生ノーランは、な、なにを……!? いったい何をしたんだっ!?」



 騒然となる従者サーバトラー候補生たちのなかで、この技の正体を見抜いていたのは、やはりひとりだけであった。



「あ、あれはっ……!? あれはまさか……!? 風神流秘奥義『暴龍昇撃拳ぼうりゅうしょうげきけん』っ……!? 暴れ龍が空に昇るように、たとえゴロゴロ転がってくる大岩でも、メキメキ倒れてくる大木でも……それどころか、ゴウゴウ空から降ってくる星ですら、一撃でその動きを止め、ドッカンと空に舞い上げる技……! ボクどころかお兄ちゃんでも使えない、バリバリの秘奥義を、なぜ……!? なぜセージがっ!?!?」

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