第33話
33 荒ぶるブルと、お嬢様
昼食を終えた俺とシトロンベルは、塔内の探索を再開する。
彼女の剣術は体育の授業で見た時以上の華麗さと鋭さで、つい見とれてしまうほどに美しかった。
今も複数のゴブリンをあっという間に瞬殺、
「ああ、やっぱり木刀よりも、軽いこの剣のほうが扱いやすいわ!」
爽やかな汗と笑顔を浮かべていた。
「真剣が木刀より軽いだなんて、相当だな」
「うん、10歳の誕生日の時に、パパが作ってくれたの。ミスリルを使ってて、とっても軽量なの」
シトロンベル愛用の剣は、鍔が風に乗る翼のようなデザインで、刀身はレイピアのように細かった。
武器というよりも装飾品のようで、ちょっと力を加えると折れてしまそうなほどに繊細。
しかしミスリルという特別な銀でできているので、岩を斬っても傷ひとつつかないだろう。
軽さも驚異的で、まるで鳥の羽毛が手に乗っているかのようだった。
「いい剣だな」と、俺はそれを返す。
「ありがとう。そういえばセージちゃん、剣はどうしたの? それに鎧も着けてないみたいだけど……先生に言えば、学園のを貸してもらえるはずなのに……」
「ああ、俺のぶんはドレスとハイヒールしか残ってなかったから、断っちまった」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからの探索も順調に進む。
前日の俺が踏破していた4階を抜け、5階もあと少しという所まで来ていた。
そして大きな部屋に出る。
部屋の奥には鉄格子のようなものが降りていて、その前には人垣ができていた。
ここが安全地帯だとわかったシトロンベルは、部屋の入り口あたりでしゃがみこんで、ブーツの紐を結び直しはじめる。
俺は人垣に近づいていった。
……ゴゴゴゴゴ!
という地鳴りのような音が奥から響いてきて、鉄格子にはりついた生徒たちが観客のように沸く。
「おらおら! しっかりしろよ!」
「いつもの格闘術はどうしたんだよ!」
「逃げてばっかりじゃなくて、少しは立ち向かえよ!」
「俺たちには強気のくせに、強いヤツには弱気なんだな!」
どうやら鉄格子の向こうで、誰かが戦っているようだな……。
と思って人垣の間から覗き込んでみると、それは……。
あばれるちゃんだった。
鉄格子の向こうは通路になっていて、その先はコロシアムのような円筒状の部屋になっているようだった。
通路の隙間から見えるあばれるちゃんは、強敵相手にひとりで戦っているのか、ボロボロになっていた。
『風神流武闘術』の使い手の彼女が、ここまで苦戦する相手とは……?
黒い巨大な塊が、ものすごいスピードで横切っていった。
それを寸前でかわすあばれるちゃん。
ドリフトしつつ、通路側に全貌を向けるようにして、滑り止まったそれは……。
なんと、巨大な暴れ牛っ……!
フォークリフトのフォークみたいにぶっとい角に、クレーンの鉄球みたいに重々しい蹄。
身体は戦車みたいにバカでかく、噴出する鼻息は、機関車の蒸気のように荒々しい……!
「ブモォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
そして、けたたましくひと鳴きっ……!
あの、牛の化け物みたいなモンスターは……。
もしかして、『レイジング・ブル』……!?
それで思い出した。
塔は一定階ごとにボスキャラ的なモンスターがいて、ソイツを倒さないと上の階には行けないって授業で習った。
。
ボスのいる部屋はいちど入ると外界からは遮断され、そのうえ外からの応援もできなくなる。
ボス部屋から出るためには、ボスを倒すか、中に入った人間が全員、戦闘不能になるかのどちらか。
塔での死因ナンバーワンが、このボスフロアらしい……!
かなりの緊急事態だと思うのだが、まわりにいる観客は気を揉む様子はない。
それどころか、心ないヤジを飛ばしている。
「さすがの暴風小龍も、ボスには手も足も出ないみたいだな!」
「今日はいつも一緒の兄貴がいないから、大変だなぁ!」
「風紀委員だからって、俺たちに威張り散らしやがって! いい気味だ!」
「でもまさか、こんな単純な手に引っかかるとは思わなかったな!」
「ああ! これなら兄貴のほうも、同じ手で行けるんじゃねぇか!?」
俺は気になる一言を耳にしたので、観客どもに問いただした。
「おい、ちょっと待て。もしかしてお前らが、あばれるちゃんを鉄格子の向こうに追いやったのか?」
「なんだお前? ……あ、お前もしかして……
「なんで落ちこぼれのお前が、こんな所にいんだよ!?」
早速ナメきった態度をとっていたので、ちょっと睨みをきかせてやる。
すると、わかりやすいほどにうろたえて、後ずさった。
「うぐっ……! な、なに、怖い顔してんだよ……!」
「お、お前みたいなチビに凄まれたって、こここ、怖かねぇんだよ!」
「……俺のことはどうでもいい、答えろ」
「ううっ……! う……うるせーよ! アイツが悪いんだ!」
「そそっ……そうだ! 風紀委員だからって、何かっていうと俺たちに指図しやがって……!」
「な……生意気だから、みんなで懲らしめてやろうってことになったんだ!」
全員、一発ブン殴ってやろうかと思ったが、その時間すら惜しい。
俺は鉄格子の隙間に、ズボッと頭を突っ込んだ。
俺が今いる安全地帯と、あばれるちゃんが孤軍奮闘しているボスフロアは、刑務所の門みたいな鉄格子によって遮られている。
ボスはもちろん、人間も格子が邪魔をして通ることはできない。
だが、身体の小さい俺なら、ギリギリすり抜けられそうな幅だったんだ。
なんてことを思っている間に、なんとか腹のあたりまで抜けられた。
あとは腰と尻だ。
なおも格子に挟まったままウンウンともがき、足をバタつかせている俺を、
コイツは、何をしようとしてるんだ……?
みたいな顔で見ている、観客ども。
俺の身体が半分くらい鉄格子から抜けたところで、背後から鋭い声がおこり、その場を貫いていった。
「どうして!? どうして風紀委員の彼女が、ボスとひとりで戦っているの!?」
シトロンベルだ。
靴紐を結び終えた彼女が、後からやって来たんだ。
お嬢様で通っている彼女が、いつになく声を荒げていたので、観客たちは硬直していた。
高嶺の花の機嫌を損ねないよう、なんとか言い繕おうとしている。
「ししっ、シトロンベルさんっ!?」
「そそっ、それが、それがそれが、あのっ、そのっ……!」
「こっ、コイツです! コイツがやったんです!」
そして全員、ナチュラルに俺を指さしてきやがったんだ……!
「このセージが、アバレルを中に突き飛ばしたんです!」
「シトロンベルさんはご存じないかもしれませんけど、このセージってヤツは、今この学園で噂になってる、極悪人の
「だから俺らがこうやって中に押し込んで、懲らしめようとしてたんです!」
無数の手でアシストされて、俺は鉄格子をスポッと抜け、ボスフロアに入った。
俺の姿を認めたシトロンベルは、サッと青ざめる。
まるで動物園ではぐれた我が子を、ライオンの檻の中で見つけた親のように。
「きゃああああーーーっ!? な、なんてことするの!?」
鉄格子にガシャンとぶつかるほどの勢いで、血相かえて俺のそばまで走り寄ってくる。
「止めないでください、シトロンベルさん! これはれっきとした制裁なんです!」
「そうです! このセージというチビは、悪魔の落とし子のようなヤツなんです!」
「風紀委員のアバレルには気の毒ですが、ここで一緒にセージがやられる様を応援しましょう!」
「そうすればきっとセージも反省して、心を入れ替えて……俺たち
すっかり罪を俺にかぶせた気でいるヤツらは、どいつもこいつもドヤ顔で語っていた。
しかしシトロンベルはキッと彼らを睨みつけると、
「ウソばっかり! 私はさっきまでセージちゃんと一緒にいたのよ!? それだけじゃない! いっしょにお昼ご飯を食べて、いっしょに戦って……! それどころか、キ……!」
激しい口調で言い立てていたが、急に口ごもった。
しばらく口を波線のようにして、モニョモニョと動かしたあと、
「と、とにかく! セージちゃんは悪魔の落とし子なんかじゃないわ! それは平気な顔をしてウソをつく、あなたたちの方よっ! セージちゃんはぶっきらぼうだけど、曲がったことは絶対にしなかったわ! だって……だってだって、私はセージちゃんに何度も守ってもらったんだから! だからよく知ってる! あなたたちなんかより、ずっとずっと知ってるんだから!!」
シトロンベルはおそらく、この学園では文武両道、清廉潔白の優等生キャラで通ってるはずだ。
そんな彼女が半狂乱になって声を荒げていたので、観客たちはすっかり引いていた。
「だって……だってだって、だってっ……!! セージちゃんは私の、パートナーなんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
そして……彼女は興奮すると、とんでもないことを口走るクセがあるらしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます