第24話

24 魔法のクリーム

「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ちょっとそこ行くお兄さん! ちょっとそこいく美人さん! ここにちょちょいと座ってみれば、あっという間に、素敵なおみ足!」



 俺が声を張り上げると、行き交う人々が足を止め、何だろうと覗き込んでくる。


 あっという間に人だかりができた。

 この『呼び込み』というやり方は、俺が予想していた以上に、この世界では珍しい行為らしい。


 俺はその勢いを利用して、いかにも金持ちそうな、身なりのいい婦人に向かって手招きした。



「そこのお姉さん! いい革のブーツを履いてるねぇ! でも、ちょっとくたびれてる! 若くて美しいお姉さんには似合わないないなぁ! ちょっとここに座ってみてくれよ! そうしたらピッカピカにしてやるよ! なぁに、特別にタダだ!」



 お世辞とタダという言葉が効いたのか、彼女は半信半疑ながらも、俺が用意していた高い椅子に腰掛けてくれた。

 俺は脚ごと差し出されたブーツにうやうやしく手をかけると、手早く作業にかかる。



「まずはこの白い『魔法の布』で、表面を、サッとひと拭き! そして、取り出しましたるこの『魔法のクリーム』を、サッとひと塗り! そして仕上げに、黒い『魔法の布』で、ひとこすり……! そうすれば、ジャジャーンッ!」



 ブーツを覆っていた布を、手品のように取り払ってみせると……。

 取り囲んでいた観衆から、ワッと驚きの声があがる。



「すごい……! 本当に、ピカピカになったぞ!?」



「革靴の汚れって、なかなか落ちないのに……!?」



「まるで新品みたいに綺麗になったわ!?」



 思った以上のリアクションだ。

 やっぱりこの世界には、まだ『無い』んだ……!


 俺はさらに強烈な印象を与えるべく、声を大にする。



「驚くのはまだ早いよ! この『ピッカピカの魔法』には、こんなすごい効果もあるんだ! そーらっ!」



 かけ声とともに、背後にあった噴水の水を手ですくって、ブーツめがけてぴしゃりと掛ける。

 すると椅子に座っていた婦人は、足元にネズミが来たみたいに飛び上がった。



「な、なにすんのよっ!? 革に水なんて掛けたら、染み込んでシミに……!」



「なってるかい? そうなってるなら、新しいのを弁償してやるよ」



「もちろんなって……なぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!?!?」



 打てば響くようなテンポの良さで、婦人は仰天した。

 その嬉しい悲鳴に、人だかりはどんどん増えていく。



「か……革が、水を弾いてるぞ!?」



「そんなバカな!? 革は水に弱いはずなのに!?」



「ど……どういうことなんだ!?」



「あの子供、本当に魔法使いみたいだぞ!」



「でも、水に強くなる魔法はともかく、ブーツをピカピカにする魔法なんてあったか!?」



「ブーツを汚さないように履くのに苦労してたんだが、あの魔法があれば……!」



「お、おいっ! 俺の靴にもその魔法をかけてくれ!」



「私も! 私もお願いするわ!」



 想像以上の反響だった。

 大人たちに詰め寄られたので、俺は思わず噴水の縁にあがって、まぁまぁと鎮めた。



「いーけど、次からは有料だ! 1回、10万エンダー!」



 エンダーというのはこの世界の通貨の単位だ。

 俺が調べた限りであるが、価値はほぼ日本円と同じといっていい。


 だから、1回10万円というわけだ。

 やはり案の定、どよめきが返ってくる。



「じゅ……10万エンダーだって!?」



「安い革靴が10足は買える値段じゃないか!」



「高すぎる! もっと安くしてくれよ!」



 しかし俺は、ピシャリと言ってやった。



「みなの靴は、どれも30万エンダーはくだらない高級品だろう!? 見た感じ、50万エンダーはする最高級品もある! でもどんなに高価な革靴だったとしても、汚れは拭いても取れないから、汚くなったら買い換えるしかない! でもこの魔法があれば、またピカピカになるんだ! 半分以下の値段で、新品同様になるんだぞ!?」



 ぐっ……と声を詰まらせる金持ちたち。



「それに知ってるだろう!? 革靴というのは使えば使うほど、表面がいい風合いの色になるんだ! しかし途中で汚してしまったり、水に濡れてシミができたら台無しになる! でもこの魔法をかけりゃピカピカになるし、しかもしばらくの間は水濡れからも守られるんだ! 10万エンダーでも安いと思わないか!?」



 この一言が聞いたのか、金持ちたちは「そう言われてみれば……」と納得しはじめる。



「た、確かに……革靴を綺麗に使い続けてると、いいカンジで色が変わっていくんだよな……」



「エージングといって、我ら貴族の間では、乗馬と同じくらいの嗜みなんだ……」



「そ……そう考えると、たしかに安いな! わ、わかった! 10万エンダー払うぞ! 今すぐやってくれ!」



 ひとりが落ちれば、あとはあっという間だった。



「高いだなんて言って悪かった! やっぱり俺も! 俺もやってくれ!」



「私も! 私もお願いするわ! これから賢者様に会いに行くの! 靴がピカピカだったら、きっと目立てるわ!」



「そうか! 靴が綺麗なら、他の貴族に差をつけられるな! こっちも頼むっ!」



 金持ちたちは、我も我もと財布を握りしめて叫ぶ。

 とてもひとりでは捌ききれなさそうだったので、白昼夢を見ているように立ち尽くすふたりに声をかけた。



「おい! なにボーッとしてんだ、手伝ってくれ! オヤジは客の整理! ヒナゲシは俺のアシスタントだ!」



 「はっ、はひぃ!?」と動き出すふたり。

 そこから先は、目の回るような忙しさだった。


 ……俺は、この飛行船発着場に初めて降り立ったときに、いくつかのことに気付いていた。


 まず、利用客の大半が身なりのいい者たちであること。

 これは飛行船というものが、金持ちだけが利用できる乗り物であることを意味する。


 さらに服装を観察したときに、革靴がツヤツヤでないことに気付いた。

 これはヌメ革といって、ワックスや染料などで表面仕上げがされていない革だと気付いたんだ。


 そして、今回の商売を思いついた、決定打となったのは……。

 『靴磨き』する子供がいなかったこと……!


 金持ちが集まる、治安があまり良くない雑多な場所においては、『窃盗』と『靴磨き』はセットみたいなもんだ。

 それが観光地であれば、『靴磨き』が『物乞い』か『押し売り』に変わる。


 『窃盗』は俺が実際に被害にあったので言わずもがなだが、ほとんどが革靴か木靴のこの世界で、『靴磨き』がないのはおかしいと思ったんだ。


 そして調べてみたら、意外な理由が明らかになった。

 この世界にはまだ『ワックス』が存在していないから、『靴磨き』も職業として存在しない……!


 なぜワックスが無いのか、試しに蜜蝋を使ったワックスを手作りしてみて理解した。

 蜜蝋にも毒が含まれていて、毒抜きをしない限りはワックスにならなかったんだ。


 だからこの俺が、この世界で初めて『ワックス』を作ったことになる。


 製法は誰も知らないから、競合他社が出てくる心配もない。

 したがって、値段も好きに決められる。


 前世では1回で千円も取れればいいはずの『靴磨き』を……。

 100倍もの価値にして、この世界に持ち込むことができたんだ……!


 この世界の人々の前に、初めてお目見えした『靴磨き』という商売。

 その、初日の稼ぎはというと……。


 200人ほど相手にして、なんと2千万エンダー……!

 ちなみにこれは『ワイルドテイル』が悪事を働いていた時の、1日の稼ぎの20倍以上だそうだ。


 本当はまだまだ客がいたのだが、ワックスが切れてしまったので、その日は途中で閉店となってしまった。

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