第25話

25 風紀委員登場

 俺は次の日から『のらねこ団』のメンバーに靴磨きのテクニックを伝授し、彼らを『まっとうな仕事』に就かせた。

 あれほど反対していた大人たちも、俺のすることにはもはや何も言わなくなった。


 なにせ、飛行船発着場のあちこちに靴磨き屋を開設させ、1日に何千と訪れる金持ちたちを相手にさせれば、悪事を働いていたころの何十倍もの稼ぎが入ってくるんだからな。


 200人もの団員たちを抱えていても、満足に食べていけるだけの金が安定して得られるのだから、文句のつけようもないだろう。


 俺はさらにワックスのレシピも、のらねこ団たちに教えた。

 そもそも秘密にするようなもんじゃないし、そんな難しいものでもないしな。


 のらねこ団たちは感激して、稼ぎの大半を俺に収めようしたが断った。

 せっかく搾取の輪から抜け出せたというのに、俺に払ってたんじゃ前と一緒だろと皆を叱る。


 そのかわりというわけではないのだが、俺はワックスの材料である蜜蝋などを毒抜きして、彼らから買ってもらうことにより利益を得た。

 ちまたで扱われている材料は品質がかなり悪く、しかも法外な値段だったからだ。


 「こんな新鮮な蜜蝋をどこで!?」と彼らは驚いていた。

 しかし、俺が毒抜きできることは隠しておきたかったので、「ちょっとツテがあってな」と誤魔化しておく。


 そしてのらねこ団は、ワックス製造班と現地作業班に分かれて本格的に靴磨き業務を開始する。


 しかしそれでも人手が余っていたので、俺はさらに彼らに、いままでの悪事の精算を命じた。

 自警団のような役割をやらせ、『のらねこ団』のナワバリである島の南側を24時間体制でパトロールさせたんだ。


 ようは、悪事を働く側から抑止する側に回らせたってわけだ。

 これは彼らも、以前から似たようなことはやっていたようだが、あくまで『ショバ代』をせしめるための大義名分にすぎなかった。


 しかし今度は無償で、誰にでも分け隔て無く、困った人を助けるのを主目的とさせる。


 暴力や恐喝、窃盗や万引きなどに目を光らせるのはもちろんのこと、ケンカの仲裁や酔っ払いの世話。

 果ては捨て子の保護や、老人宅の壊れた屋根の修繕まで、多岐に渡って対応させたんだ。


 そうすると……犯罪が激減、治安が改善。


 まぁ、それはそうだろう。

 いちばん悪さをしていたワルどもがいなくなったんだからな。


 のらねこ団はナワバリ内の人々から感謝されるようになり、かつてのワルどもにも善意の心が芽生えはじめる。



「人から感謝されるのが、こんなに気持ちのよいものだったなんて……! 長いこと、忘れていたよ……! ううっ……血も涙ないと言われたこのワシに、まだこんな感情が残っていただなんて……! いいねぇ! 本当に素晴らしいねぇ! これも全部、セージ君……いいや、セージ様のおかげですっ! セージ様、ばんざーいっ! ばんざーいっ! ばんざーいっ! うぉぉぉぉぉぉーーーんっ!」



「あ……兄貴……! やっぱり兄貴はクソすげえよ! おいらたちだけじゃなく、大人たちまでクソ改心させるだなんて! も、もう決めた! おいらは一生兄貴についていく! そしておいらの涙は、兄貴のために流すことに決めたんだ! ううっ……! あ……兄貴ぃ! 兄貴ぃぃぃ~! うわぁぁぁぁぁーーーんっ!!」



 オヤジとヒナゲシは憑きものが取れたようになり、わんわん泣きながら俺に感謝していた。


 まあ、無理もないだろう。

 いままでは社会に悪意で接し、世間から嫌悪されていた彼らが、今は善意で接して感謝されているんだからな。


 人間ってのは、食うのに困っている間は、他人のことを考えている余裕なんてない。

 自分が満たされたとき初めて、他人のことを気遣うことができるようになるんだ。


 ……って、何言ってんだ。

 俺って、こんな陳腐なことを考えるようなヤツだったか?


 でも……まーいっか。

 たまにはこういうのも、悪くはないだろう。


 そんなことよりも、『のらねこ団』の活躍はやがて広く島中に知れ渡ることとなる。

 島の南側だけは異様に治安が良くなったので、噂が噂を呼んで、金持ちたちは南の飛行船発着場を利用するようになったんだ。


 そうなると……島で悪さを続けている、他の組織のヤツらが黙っちゃいなかった。

 そこでまた新たなるトラブルが生まれるのだが……それはまだ、もう少し先の話だ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 のらねこ団の件が落着したあとの、ある日の朝。


 俺はいつものように屋根裏のベットから起きだし、アクビをしながらログハウスを出て、登校しようとしたのだが……。


 家の前にある広場にふたりの生徒が立っていて、俺が出てくるのを待っていたかのように声をかけてきた。



「おはようございます。あなたが、セージ・ソウマさん?」



 ひとりは、白いローブをまとった小柄な女の子だった。

 まあそれでも、俺よりは背が高いんだが。


 顔は知らなかったが、服装はどっかで見たことあるなぁと思っていたら、思い出した。

 ミルキーウェイと同じデザインのローブだ。


 しかし顔や、醸し出す雰囲気ははあの女神サマとは似ても似つかない。

 口調は丁寧っぽかったが、顔から滲み出している活発さと強気さは隠しきれていない。


 髪はベリーショートで、パンダの耳のような飾りを頭に乗せている。

 俺と目があった瞬間に、瞳はギラリと輝き、目尻がキッとつり上がった。


 例の女神サマのほんわかムードとは程遠い、戦闘種族のような好戦的オーラがバシバシ伝わってくる。



「おはよう。我々は、君に用があって来たんだ」



 続けて声をかけてきたもうひとりは、背の高い男の子だった。


 こちらもかなり頭はサッパリしていて、短く揃えた髪をツンツンに立てている。

 ワンポイントのつもりなのか、一本だけ長くした前髪をちょろりと垂らしている。


 顔は、女の子と兄妹かな? と思えるほどに似ていた。


 とりあえず俺は、「なんだお前ら」とだけ返す。

 すると、女の子のほうが一歩前に出て、シンプルな胸に手を当てながら言った。



「あら、自己紹介がグダグダと遅れてしまいました。わたしは従者サーバトラー候補生のアバレル・チャン。この学園で、風紀委員をドスドスとしている者です」



 ……服装もミルキーウェイっぽいが、口調もなんだか似てるな。

 でも擬音のチョイスが本家とは違って、なんだか不穏だ。


 男の子のほうも、続けて名乗り出てきた。



「そして私は、クリス・チャン。同じく従者サーバトラー候補生の風紀委員だ」



 ははぁ、やっぱりこのふたりは兄妹なのか。



「あばれるちゃんにクリスチャンだな。で、俺に何の用……」



「あばれるちゃんじゃない! アバレル・チャン! ちゃんと呼ばないと、ボッコボコにするぞ!?」



「落ち着け、アバレル。お前はミルキーウェイ様を見習って、おしとやかになるんだろう?」



 あばれるちゃんは急にキレだしたが、クリスチャンに注意されて、あっ、となっていた。



「……そ、そうですね。お兄様。ついビッキビキになってしまいました。ミルキーウェイ様であればこんな時でもきっと、広い心でバカスカとお許しになっていたことでしょう。ボク……いいえ、わたしも、この無宿生ノーランをギタギタに許したいと思います」



 なんだかまた、面倒くさそうなヤツらが出てきたなぁ……と、俺は思っていた。

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