第18話

18 裏社会へ

 ちょうど証拠隠滅の真っ最中だったので、俺は不覚にもちょっとドッキリしてしまった。



「なんだよ、ビックリさせんなよ……。ってお前、いったいどうしたんだ?」



 ヒナゲシの身体は熱湯をかけられたみたいに赤くなっていて、顔は目も開けられなさそうなほどにボコボコになっていた。

 俺の足元にすがりついてきて、必死の訴えをはじめる。



「兄貴の命令どおり、おいらたち『のらねこ団』はクソまっとうに生きようとしたんだ! そのためには、今の『のらねこ団』がクソ所属する『ワイルドテイル』からクソ足抜けしなくちゃならなかった……! だからおいらは兄貴にもらったリュックをクソ最後の上納金として、クソぜんぶ渡したんだ! でも、兄貴に比べたらクソみてぇなボスが、クソ許してくれなくって……! このクソみてぇな有様さ!」



 とうとう、涙声になるヒナゲシ。



「ううっ……! それでもクソ抵抗したんだ! でも相手はクソ大人だから、子分どもも全員クソクソにやられちまって……! 今はまた飛行船発着場で、盗みをクソやらされているんだ! おいら、おいら……やっとクソまっとうな人生を送れると思ってたのに……! おいらみたいなクソ半端物は、一生こうして生きていかなくちゃならないだなんて……! クソ悔しい、クソ悔しいよぉ、兄貴ぃ!」



 俺はその頭を、よしよしと撫でてやろうかと思ったが……。



「ちょっと待て、顔を擦り付けてこようとするな。コイツは一張羅なんだぞ」



「あ……兄貴はおいらより、その服のほうがクソ大事だっていうのかい!?」



 ヒナゲシは、最後の希望にまで見捨てられたような顔をした。



「そうじゃない。俺の服を涙で汚したければ、もっと重大な悩みの時にしろ」



「おいらのこの悩みが、クソ重大じゃないって!? やっぱり兄貴は他のクソ賢者フィロソファーどもと同じだったんだ!? 見損なったぜ! このクソセージ!」



「そうでもない。いいかヒナゲシ、よく聞け。そしてよく覚えとけ。涙っていちいち出さなくても、必要になったら勝手に出るもんだ。その時まで大切にとっておけ」



 俺にそう言われ、潤んだ瞳から雫が溢れ出すのを、グッとこらえるヒナゲシ。

 彼は意外と素直だ。



「お……おいらが涙するのは、今じゃないってことかい? でもおいらはみなし子で、失う親だっていない……。それなら、どんな時に涙を流せばいいんだい?」



「アクビの時にでも流しとけ」



 キョトンとするヒナゲシに、俺は続ける。



「よし、じゃあその『ワイルドテイル』について詳しく聞かせろ」



「えっ? ……あ……兄貴がなんとかしてくれるってのかい!?」



「少しの力くらいは貸してやるよ。だが、実際になんとかするのはお前らだ」



 俺はヒナゲシから、この島の裏社会について話を聞いた。


 この島には、


 ワイルドヘッド

 ワイルドファング

 ワイルドネイル

 ワイルドアーム

 ワイルドフット

 ワイルドテイル


 という6つのワルの組織があるらしい。

 元々はひとつの組織だったらしいが、分離していまは敵対関係にある。


 この島は、記号の『*』っぽい形をしており、6つの地区に分かれているのだが、それぞれの区画をナワバリとしているそうだ。


 島の南側が、『ワイルドテイル』のナワバリとなっている。

 ナワバリ内にある飛行船発着場は、俺がこの世界で初めて降り立った場所だ。


 さらに説明するまでもないかもしれないが、他の飛行船発着所や港は、他の組織のナワバリとなっている。


 そして島のどこかに『ワイルドワイズ』という組織があり、そこが6組織を管理統制しているそうだ。

 各組織が『ワイルドワイズ』に、会費という名の上納金を納めることにより、この島の裏社会の秩序は保たれている。


 それぞれの組織は、ナワバリ内で『犯罪スレスレ』の仕事シノギをし、金を稼いでいるらしい。

 スレスレではない『犯罪そのもの』は、下位組織として飼っている子供たちにやらせる。


 『のらねこ団』のように、いっぱしのワルを気取らせて、いいようにこき使い、そのあがりを掠めているというわけだ。


 彼らに賢者学校への紹介状のひとつでも盗ませれば、かなりの稼ぎになる。

 それにたとえ捕まったとしても、罰せられるのは実行犯である子供たちなので、リスクもゼロ。


 そう考えるなら、ワルどもは子供たちを何があっても離そうとはしないだろうな。

 子供たちにやらせている窃盗こそ、組織にとっていちばん大事な飯の種なんだろうから。


 次に、ワルどもの武装について話を聞いた。


 ヤツらは剣やナイフなどを常に帯同しているらしいが、それはあくまで見た目で威圧するためのもの。

 やり合いになったときの主力武器は、『タントラシード』という植物の種らしい。


 『タントラシード』は衝撃を与えると爆発する性質がある。

 ようは、癇癪玉の威力がさらに強くなったものといえばわかりやすいだろうか。


 組織間の戦争ともなると、これが飛び交うらしい。

 『のらねこ団』も抵抗したときに用いたらしいが、ダメだったそうだ。



「だって、タントラシードはクソ強い力で相手に叩きつけないと不発になるんだ! おいらたちが投げるのはクソ不発ばっかりで、大人たちのはバンバン爆発するし……。そのうえ大人たちのほうがクソ遠くまで投げられるし、コントロールもクソいいから、クソ勝負にならないんだ!」



 なるほど、ヒナゲシの身体に火傷の跡みたいなのがあると思ったのは、そのせいだったのか。

 俺は大きく頷いて、ヒナゲシに命令する。



「よし、大体分かった。子分を全員、ここに集めろ。もう『ワイルドテイル』の命令なんて無視していい。これからは俺だけに従え、いいな?」



「わ……わかった! クソわかったよ! 兄貴っ!」



 元気を取り戻したのか、さっそく飛び出していくナゲシ。

 小一時間後には子分たちとともに、ログハウス前に整列していた。


 俺は高床のテラスから、『のらねこ団』たちに向けて本格的に命令を下す。



「よーし、じゃあ今から森に入って、ありったけの『タントラシード』を集めてくるんだ。あとは握りやすいサイズで、Yの字の形をしている木の枝を、ひとり1本ずつ! 集めたら戻ってこい、いいな!」



 「おーっ!」と号令一下、森に向かって走って行く少年少女たち。



 俺はその間に、別の仕込みをする。


 まずは森の木の中からゴムの木を探す。

 その前に木製のボウルを置いて、授業中にもやった逆三角形のポーズをとる。


 すると、幹から白い液体が滲み出てきて、あっという間にボウルにたまった。

 これは、『ラテックス』という樹液だ。


 本来は幹に傷を付けて、垂れてきたものを時間をかけて採取するのだが、錬金術の『抽出』を使えば一発だった。

 ボウルを抱えてログハウスに戻り、リビングの床で砂山のようになっている、湯の花の隣に置く。


 次は融合だ。

 両手をで丸を描くポーズをすると、砂山が崩れ、ボウルの中の液体がプルンと固まった。


 よし……!

 思ったよりずっと簡単だったな……!


 俺はボウルからプルプルの塊を取り出し、太い紐くらいの大きさに切り分ける。

 たくさんできあがった束を抱えてログハウスの外に出ると、ちょうどヒナゲシが採取を終えて戻ってきたところだった。



「兄貴、タントラシードと棒をクソ取ってきたぜ! ……って、なんだいその変な紐は?」



「コイツはな、『ゴム』っていうんだ」



「ゴム? わっ、なんだか、フニャフニャしてる!? こんな紐、クソ初めて見た!?」



 この世界にはまだ、ゴムというものは存在しない。

 もちろん、俺の知る限りではあるが。


 なんにせよ、コイツがあれば……。



「コイツがあれば、大人たちの投擲力と命中率を上回れるほどの、すごい武器が作れるんだ……!」



 Y字の形をした棒と、ゴム紐……。

 それで作るものといったら、ひとつしかないよな……!

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