第19話

19 パチンコの威力

 俺はログハウスの前の広場に腰掛けて、さっそく作業を始める。

 と言ってもあっという間だった。


 ヒナゲシが採ってきたYの字の形をした棒、その二股のところに、できたてのゴムの両端を結びつける。

 これで完成。



「兄貴、なんだいそりゃ?」



 と不思議そうなヒナゲシ。



「コイツはな、『パチンコ』っていう武器だ」



「それが武器だって? クソ弱そうだなぁ!」



「まあ見てろって」



 ちょうど他の子供たちも採取を終え、森から戻ってきていたので、パチンコのデモンストレーションをすることにした。


 観客のように集まった『のらねこ団』たちを背に、タントラシードをひとつつまむ。

 タントラシードは茶色くて硬い種で、大きいものになるとクルミくらいのサイズをしている。


 しかしどれもクルミのように丸くなく、歪な形。

 形の悪さはこの後でなんとかするとして、まずは実射だ。


 俺はつまんだ種をゴムに挟んで、パチンコ本体を横に倒しながらグイと引き絞った。


 グググ……! とさらに伸ばしながら、遠くにある木の枝に狙いを定める。


 ……シュバッ!


 撃ち放たれた種子が空を切り、


 ……ズバァーーーンッ!!


 と幹に当たって爆散、抉るように枝を吹き飛ばした。


 ……うん、なかなかいい出来のようだ。



「どうだ?」



 と振り返ってみると……。

 のらねこたちは、初めて火を見たかのような表情になっていた。



「すっ……すげえええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 そしてにゃあにゃあと騒ぎ出す。



「兄貴、クソすげぇよ!? いったい何をしたんだ!?」



「狙った枝までは、50メトルはあったぞ!?」



「大人だってあんな遠くまで投げるのは無理なのに!?」



「それどころか、あんな小さな的に当ててみせるなんて!?」



「なぁなぁ、兄貴っ! 本当にどうやったんだ!? 兄貴は賢者フィロソファーだから、魔法をクソ使ったんだろう!? そうだろう、なぁ!?」



 驚きのあまり、目を剥いて詰め寄ってくる子供たち。

 といっても身長は俺のほうが低いので、まるでゴールデンレトリバーの仔犬軍団にジャレつかれる成猫みたいな気分だ。


 ちなみにパチンコ……スリングショットの初速は、改造エアガンなどよりも速い。

 たとえ大人であったとしても、人間が投げるよりは威力も命中精度も圧倒的に上だ。



「これは魔法じゃないし、ましてや俺は賢者フィロソファーなんかんじゃない。俺自身の腕前と、このパチンコの力でやったんだ。そしてこのくらいなら、お前らも練習すればすぐにできるようになる。教えてやるからさっそく作って、練習してみるんだ」



「お……おおーっ!!」



 いままでは半信半疑のようだったが、デモンストレーションのおかげで子供たちは急に奮い立った。


 俺が配ったゴムを使ってパチンコを組み上げる。

 そしてタントラシードはもったいなかったので、ひとまずは小石を使って練習させた。


 横一列に並んで、森の木めがけて石を飛ばす子供たち。

 その後ろで行ったり来たりしながら、俺はアドバイスを飛ばす。



「まず足は肩幅に開き、右手と左手が水平になるように構えるんだ」



「狙いは必ず片目を閉じてすること、そのほうが狙いやすくなるからな。閉じる目は状況によって変えるのではなく、常に同じ目を閉じるようにするんだ」



「そのために、自分の『利き目』を知るんだ。手に『利き手』があるように、目にもメインとサブに分かれているんだ」



「調べ方は、右目と左目、交互に閉じてみて、両目との差異が少ないほう。それがお前の『利き目』だ」



「そしてパチンコのグリップは、利き目と同じ手で構えるんだ。そのほうが視差が少なくなるからな。手をまっすぐに伸ばし、その伸ばした手の上に利き目が来るようにするんだ」



「ゴムは親指とひとさし指で摘まんで、捻らずに引張れ。捻ってしまうと弾道が安定しないし、ゴムが手に当たってしまうことがあるからな」



「引き絞っている最中も、ゴムは見るな。常に狙う対象だけを見続けるんだ。ゴムの強さは身体で覚えろ」



「そして狙い方も同様だ。パチンコには照準器などないから、同じパチンコを使い続けて、身体に叩き込むんだ」



「狙う時は息を止めろ。呼吸をすると肩が動いて狙いがズレてしまうからな」



「ゴムを離すときは、親指のほうを離すんだ。そのほうがブレずに飛んでいく」



「そして撃ったらすぐに次弾装填。ポケットから弾を取り出すのも、ゴムに込めるのも、ターゲットを見据えたままできるよう練習するんだ」



 ログハウスを建てたときもそうだったが、子供たちは飲み込みが早かった。

 短時間の練習で、静物にはかなりの命中率を出せるようになる。


 しかし今回の相手は木偶の坊じゃない。

 動き回っているだろうし、反撃もしてくるだろう。


 だからパチンコの基礎ができあがったところで、次は対人戦闘についてのレクチャーをする。

 これは1日では終わらなかったので、数日間にわたって行う必要があった。


 ちなみにこの講義は、学園の授業中を狙ってやった。

 もしシトロンベルに見られたら、きっと首を突っ込んでくるだろうと思ったからだ。


 あのお嬢様には、裏社会なんて似合わない。

 下手に関わって、将来の汚点にでもなったら困るからな。


 あとこれは偶然だったのだが、体育用具入れに黒板を見つけた。

 それを拝借して、木の下に子供たちを集めて青空教室を開催する。


 みんな勉学とは無縁の者たちであったが、俺の講義に熱心に聞き入っていた。



「まず、相手は大人だから、接近戦に持ち込まれたら如実に力の差が出るだろう。だから必ず遠距離戦を心がけるんだ」



「それも5メートルや10メートルじゃない。30メートル以上、理想は50メートルほど離れた超遠距離戦が望ましい」



「50メートルであれば、たとえ大人の投擲でも当てるのは難しいだろう。それに当たったところで、タントラシードが爆発するほどの衝撃はないはずだ」



「パチンコは練習を重ねれば、100メートルのターゲットだって狙える。この命中精度こそが、今回の勝負の鍵なんだ」



「鍛えた命中精度があれば、偶然と手数に頼らない戦いができる。なぜならば的確に弱点を狙えるようになるからな」



「人体は大雑把に5つの部位に分かれているが、パチンコを当てていちばん殺傷能力が高いのは頭だ。爆発するタントラシードならば、パチンコの威力もあわさって、1発当てるだけで戦闘不能にできるだろう」



「しかし頭は的が小さい。それに相手も動いているし、動体視力のあるヤツならばかわすこともできるだろう」



「そこでまず、ターゲットの立っている足元を狙うんだ。足に当てなくてもいい。すぐ近くの地面に着弾させるんだ。そうすれば爆発により、足止めができる」



「そして足止めしたところで、頭を狙うんだ。もちろんひとりじゃそんなことはできないから、ふたりひと組になって、それぞれ足を狙う係と頭を狙う係に分かれて、役割分担をするんだ」



「いいか、作戦行動と、連携射撃……それをこれから、徹底的に練習する」



「そして練習を通じて、自分のパチンコにいちはやく馴染むんだ。肌身離さず持って、寝る時も身に着けていろ。自分の身体の一部になるくらい、使いこなすんだ」



 それから俺は、のらねこ団のメンバーたちを使って、『ワイルドテイル』のアジトについての情報を調べさせた。


 『ワイルドテイル』のアジトは、ナワバリと同じ島の南側。

 飛行船発着場のはずれにある屋敷らしい。


 子供たちは日々の稼ぎをそこに収めに行っているので、簡単にスパイさせることができた。

 人員の配備やまわりの状況などをつぶさに調べて報告させる。


 ボスのいる位置や、狙撃に適したポジショニング、屋敷にいる手下どもがいちばん少ない日などを割り出した。

 さらにその情報をもとに、特殊部隊顔負けの特訓を子供たちに施したんだ。


 そしてついに、その日がやって来た。

 のらねこ団がワイルドテイルに反旗を翻す、『復讐の日ジョルノ・ディ・ヴェンデッタ』が……!

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