第17話
17 はじめての錬金術
『錬金術』とは、卑金属を貴金属に変える術のこと。
俺のかつていた世界では、試みだけで終わっていたようだが、この世界ではちゃんとした技術として確立されているらしい。
俺はこの『錬金術』を、賢者学園で学べるのを心待ちにしていた。
ただの鉄が
別に
学校の授業が楽しみだなんて、小学校1年生以来のこと。
俺は修繕されたばかりの真新しい教室のなかで、担任のリバーサー先生の説明に熱心に聞き入っていた。
「……では、今日の授業は『錬金術』なんですねぇ。
一般的な『錬金術』というのは、様々な物質、金属や木材や石を対象とします。
それらをより完全な存在に、『錬成』するための技術なんですねぇ。
ちなみに
さらには賢者の石があれば、魂をも対象とすることができるんですねぇ。
錬金術は、主に3つの要素……。
術の対象となる、『被術物』。
被術物に対して作用を及ぼすための、『触媒』。
そして術本体に相当する、『
『練陣』というのは、魔法に例えるなら呪文詠唱と同じものなんですねぇ。
具体的にどんなものかというと、教科書に描かれているので見てみてくださいねぇ」
俺を含めた生徒たちは黒板から視線を落とし、手元の教科書を見た。
開かれた『錬金術』のページには、◇と○と▽、3つの形状に分かれた魔法陣のようなものが載っている。
「……はい、いいですかぁ。
練陣は、大きく3つの種類に分けられるんですねぇ。
◇の形をしているのが、ひとつの被術物を『変質』させるための錬陣。
○の形をしているのが、ふたつ以上の被術物を『融合』させるための錬陣。
▽の形しているのが、ひとつの被術物から別の物質を取り出す『抽出』のための錬陣なんですねぇ。
これらの図形を、触媒である羊皮紙の上に描けば、『錬金術』が行使できるというわけなんですねぇ」
俺はウェッとなっていた。
その『錬陣』というのが、あまりにも複雑な幾何学模様だったからだ。
こんな面倒くさいのを、いちいち描かなくちゃいけないのかよ……!
「……では手はじめに、いちばん簡単な『抽出』をやってみましょうかねぇ。
みなさんの手元には、瓶に入った水がありますよねぇ。
それはこの学園にある山の、温泉から採取したものなんですねぇ。
そこから『
『
前世では、『湯の花』と呼ばれていたヤツだな。
温泉の水から湯草を抽出するのは、錬金術の初歩の初歩らしい。
錬陣もそれほど複雑ではなく、触媒も羊皮紙だけでいいので、入門にはもってこいらしい。
先生に指示され、クラスメイトたちは全員、羊皮紙にペンを走らせはじめた。
教科書のお手本を凝視しながら、熱心にカリカリと。
俺は想像と違っていたので、だいぶやる気を無くしていた。
『抽出』の錬陣のベースとなる、逆三角形の記号 ▽ を紙に大きく描いたまではよかったのだが……。
その中に模様を描く途中で、めんどくさすぎてペンを投げ出してしまった。
……あーあ。錬金術っていうから、なんか手と手を合わせるだけでスパーンっていくようなのを想像してたのに……。
見本をせっせと紙に写さなくちゃいけないだなんて、これじゃあ漢字の書き取り同然じゃないか。
なんて思いながら教科書をむっつりと眺めていると、ふとページのすみっこにコラムを見つけた。
『かつて賢者の石を持っていた歴史上の偉人たちはみな、錬陣を描くことなく錬金術をなし得ていました。両手を使って、錬陣の外側を描くようなポーズを取るだけで、錬金術が使えたそうです』
俺はなんとなく、そのコラムのイラストにあるとおりに両手を動かしてみる。
変身ポーズのように、両手を使って ▽ のマークを描いた途端、
……ずももももっ……!
なんて音が聞こえてきそうなくらいの勢いで、俺の机にあった温泉の入った瓶が、黄味がかった粉になったんだ……!
しかもすぐに溢れ出し、栓を抜いたシャンパンのように、あたりにこぼれ落ちはじめて……!
なんていっている間にも、机はどんどん粉まみれになっていく。
どうしようかとワタワタする俺をよそに、教壇の上の先生は言った。
「錬陣を描くので今日の授業は終わりですねぇ。たとえ描けたところで抽出には一晩ほどの時間がかかるので、これは宿題にしましょうかねぇ。明日までに、できあがった
先生でも10
でも今ここで溢れているのは、1000
見つかったらヤバいと思った俺は、
幸いこのコートには大きな内ポケットがいくつもあったので、なんとか全部収めることができた。
ほぅ……と一息ついていると、俺の隣にいたヤツが手をあげて急に立ち上がる。
「先生っ! セージくんの机にあった、温泉が入ってた瓶がカラッポです!」
そして言いつけるように、批判的に俺を指さす。
「はぁ……きっと抽出がうまくいかなかったんでしょうねぇ。錬金術に失敗すると、被術物は消えてなくなりますからねぇ」
あきれ果てたように溜息をつく先生。
「ああ-っ!? 見ろよ! 書きかけの錬陣で抽出しようとしたみたいだぜ!」
前の席にいたヤツが振り返り、俺の机から羊皮紙をひったくると、『勝訴』みたいにクラスメイトたちに見せつけはじめた。
どっ、と爆笑がクラスを包む。
「あははははは! あんな錬陣でうまくいくわけがねーだろ!」
「あの
「そりゃそうだよ! 魔法や錬金術は学問なんだから、偶然が入り込む余地なんてないんだから!」
「やっぱり落ちこぼれの
クラスメイトは剣術授業での一件以来、俺を避けるようになった。
でもすぐに、一部のヤツらは見えない圧力に背中を押されるように、ビビりながらも俺をバカにしてきて……。
今じゃ俺のクラスの立場は、
こうやって授業中に晒し者にされて、笑い者になるのも珍しくなくない。
でも、まーいっか。
どんな形であれ、この俺が笑いを届けるなんて、1周目の人生では考えられなかったことだからな。
「あれ? でもアイツ、なんか急に太ったような……?」
「うん、顔は変わらねぇけど、身体だけは妙に膨らんでねぇか……?」
俺は肉厚のダウンジャケットさながらに、モコモコに着ぶくれた格好のまま……気付いたヤツらに手を振ってやった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
はじめての錬金術を終えた俺は、次の授業そっちのけで、えっちらおっちらと自宅に帰った。
湯の花を処分しなければヤバいと思ったからだ。
学園の敷地内にある森、その入り口に作った新築のログハウスにどたどたと駆け込む。
リビングでコートを脱いで逆さまにして、中に詰め込んであった湯の花をドサーと床に落としていると、
「あ……兄貴! あにきぃぃぃ~!!」
情けない声とともに、『のらねこ団』のリーダーであるヒナゲシが転がり込んできた。
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