第16話

16 はじめての家

 メンツは子供だけではあったものの、50人以上もの大所帯。

 さらにシトロンベルブーストが加わって、作業はかなり順調に進んだ。


 子供たちはみな読み書きすらできない子たちであったが、地頭はいいのか飲み込みが早く、いちど教えただけですぐに理解していた。


 やる気が伴ってくると楽しくなったようで、誰もがイキイキと木を削り、力をあわせて足場を組み上げ、リズミカルに釘を打ちはじめる。

 一緒になって汚れ、一緒になって汗まみれになっていると、奇妙な連帯感のようなものまで生まれてくる。


 衛兵のおっちゃんはもう大丈夫だと判断したのか、いつの間にかいなくなっていた。

 そのうえ途中から、足首の石も外れてしまって、いつでも逃げ出せる状態になっていたのだが……ひとりも欠けることはなかった。


 そして日も沈みかけた頃に、ついに完成する。

 小さいながらも、立派なログハウスが……!


 高床式でオープンテラスがあり、中には暖炉まである。

 1階はリビングで、屋根裏が寝室になっている。


 狭いながらも楽しい我が家。

 できたてほやほやの屋敷に長い影を落としながら、関係者たちは潤んだ瞳でそれを見つめていた。



「す……すげえ……!」



「まさか本当に、家が作れちゃうだなんて……!」



「俺たちが……他人から盗むことしかできなかった俺たちが……!」



「奪って壊して、泣かせてばっかりの、俺たちが……!」



「まさか、何かを作り出すことができるだなんて……!」



 俺はログハウスのエントランスに立ち、真っ黒になった少年少女たちに向かって言った。



「よぉし! これでお前たちは無罪放免だ! それとリュックは中身ごとぜんぶお前たちにやるから、持っていけ!」



 すると子供たちは「ええっ!?」と目を丸くしていた。



「な、なんで!?」



「あの中には、セージがこの学園で暮らすためのものが入ってるんだろ!?」



「それを俺たちにやったんじゃぁ、困っちまうだろ!」



「そうそう! なんか革張りの本とか入ってたし、札束とかも入ってたぜ!」



 中になにが入ってるかは知らなかったが、別に困ることもないだろう。


 用意してくれた女神サマには悪いが、それナシでも俺はやってこれた。

 ということは俺には必要のないものだから、くれてやってもいいだろう。


 みんな驚いていたが、ひとりだけ納得いかない様子の者がいて、前に歩み出てくる。



「おい、おいらたちはクソ乞食じゃねーんだ! クソみたいな施しなんて、クソくらえだぜ! せっかく少しは見直したってのによ、このクソセージ!」



 彼は『のらねこ団』のリーダーであった。

 ぼさぼさの髪を後ろでひとつにまとめていて、育ちは悪いが表情はりりしく、また誰よりも強気である。


 そして今までの作業を通じて、彼が納得のいく理由がなければがんとして受け入れないであろうことも、俺は承知していた。



「お前、勘違いするなよ! 俺はお前たちに頼んで『仕事』をしてもらったんだ! リュックはそれに対する報酬だ!」



 まさかこんなカウンターが返ってくるとは思わなかったのか、ハッ! と青天の霹靂のような表情をするリーダー。

 突っ張っているようだが、驚いた顔は年相応で、なんだか可愛い。



「おいらたちがやったのは……『仕事』……!?」



「そうだ! 仕事に報酬が発生するのは当然のことだろう! もし受け取らないっていうんなら、お前は、お前自身が嫌っている『クソみたいな施し』を俺にしたことになるんだぞ!」



 ガーン! と音が聞こえてきそうなくらいショックを受けるリーダー。

 偶然、隣にいたシトロンベルまで似たような表情になっている。なんでお前がビックリしてんだよ。


 リーダーはクッ、と唇を噛んでうつむいたあと、しばらくワナワナと震えていた。

 そしてパッと顔をあげると、昔のヤクザが仁義を切るかのように腰を低くして、手を前に出してきた。



「おいらはこいつら全員を預かる、クソケチな盗っ人集団『のらねこ団』の頭領……“ヒゲナシ”のヒナゲシ、と申しやす! 猫のクソみてぇなケチな野郎であります! おいらはこのクソ賢者学校のヤツらをクソ気に入らなくて、クソ盗みを働いてきたが……まさかセージの兄貴、そしてシトロンベルの姐さん! アンタらみてぇなのがいるとは……!」



 「し、シトロンベルの姐さん?」と面食らうシトロンベル。



「おいらは今、心底、セージの兄貴の心意気にクソ惚れちまった! おめーらもクソそうだろう!? なぁ!?」



 ヒナゲシと名乗ったリーダーは、後ろに控えていた子分たちに声をかけた。

 すると「おおーっ!!」と全員が諸手を挙げる。



「よし、クソ決まりだ! これからは『のらねこ団』は、兄貴のためにクソ働きますぜ! 兄貴のクソおそばで、男を学ばせてください!」



 そして巻き起こる、兄貴コール。

 シトロンベルはふざけているのか、山びこを叫ぶみたいに口に両手を添え、彼らと一緒になって「あにきー!」とはやしたてていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 なんにしても俺はその日以降、野宿から解放され、快適な寝床を手に入れた。

 シトロンベルによると、下僕ペットレイヴ候補生の寮どころか、従者サーバトラー候補生の寮の部屋よりずっといいらしい。


 彼女は放課後や夕食後のたびに家に訪れては、「あーあ、私もこっちに引っ越してこようかなー」などと、冗談めかして言っている。

 放っておくと屋根裏のベッドで勝手に眠りこけるので、都度叩き起こして帰らせるのが大変だった。


 そして『のらねこ団』は、なし崩し的に俺の配下となる。

 俺は別に子分なんて持つつもりはなかったのだが、彼らにひとつだけ命令した。


 それは、『盗みをやめて、しっかりとした仕事に就くこと』。


 リーダーであるヒナゲシはそれを承諾した。

 しかしそのためには、のらねこ団を支配している上位組織から足抜けしないといけないらしい。


 ようは、大人たち……。

 彼らを支配している『本物のワル』と決別する必要があるというわけだ。


 ストリートチルドレンなどに物乞いや盗みをさせておいて、そのあがりを大人たちが掠めるというのはよくある図式だ。


 そこから抜けるのは、かなり骨が折れる事だろうと思っていたが、俺は何も言わなかった。

 子供たちにとっては、真人間になるために避けては通れない儀式だからな。


 ……って……。


 なんで俺、こんなに子供たちのことを気に掛けてるんだろう。

 前世ではまるで考えられないことだ。


 うーん、まーいっか。

 そんなことよりも俺は、ついに授業で『錬金術』が出てきたので、そっちのほうに夢中だったんだ。

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