第15話

15 ふたつの名案

 俺はシトロンベルから突き飛ばされた格好のまま、ひとり芝生に寝っ転がっていた。

 後ろでんぐり返しを失敗したような体勢で。


 天地が逆になった視界で見ていたのは、『剣の塔』。

 『盾の塔』と対になっている教室棟だ。


 昨日、俺が発火ファイヤリングの魔法で吹っ飛ばした屋根には、お菓子に取り付くアリのような大工たちが何人もいた。

 レンガを積み上げたり、壁を塗り直したりして絶賛修繕中である。


 俺はぼんやりとその様子を眺めていたのだが、ふと閃く。


 そうだ……!

 彼らの知識があれば……!


 ヘッドスプリングで飛び起き、すぐさま駆け出す。

 始業のチャイムが鳴っていたが、たしか体育のあとは『死の魔法デス・スペル』の授業だったから、サボってもいいだろう。


 『剣の塔』に入り、階段を3段飛ばしで一気に駆け上がる。

 なんだか心まで子供の頃に戻ったような気分で。


 そして修繕中の教室に飛び込んで一言、



「おっちゃんたち! 俺と握手してくれ!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺はその後、昨日寝床に使った森の前に立っていた。



「知識はバッチリだし、道具も借りられたし……これで家が作れるぞ!」



 そう、俺は賢者の石の力を使って、大工のおっちゃんたちから建築の技術をもらった。

 ノコギリや金槌などの道具も貸してもらったから、この森の木を使ってログハウスなんかを建てることを考えたんだ。


 そうすれば、野宿とはオサラバだ……!



「よぉし、やるぞっ!」



 袖まくりをして、さっそく木を切り始めたはいいものの……。



「だ……ダメだぁ~」



 数分後には、すぐにへばってしまった。


 ノコギリを使っても、非力な俺では木の1本すら倒せないだなんて……。

 刃の両側に持ち手のある、二人用のノコギリもあるのだが、俺ひとりじゃ無理だし……。


 ああ、せっかくいい考えだと思ったのになぁ~。


 なんて大の字になって寝っ転がっていたら、校舎の敷地のほうから、人がドヤドヤとやって来るのが見えた。


 威圧感のある制服に身を包んだ、コワモテのおっちゃんが先頭。

 その後ろには、縄でぐるぐる巻きにされた身なりの悪い子供たちが、数珠繋ぎとなって続いている。


 おっちゃんの制服はおそらく、この島の治安を守る衛兵のものだろう。


 衛兵のおっちゃんは、俺の姿を認めると近づいてきて、声をかけてきた。



「キミが、セージ・ソウマ君だね」



「はぁ」



「昨日、飛行船場でリュックサックを盗まれただろう? 盗んだコイツらが白状したんだ」



 おっちゃんが親指で示した背後の子供たちは、ざっと数えて50人ほどいた。


 おそらく窃盗団なんだろう。

 俺より歳下そうなヤツもいれば、シトロンベルよりも上そうなヤツもいる。



「コイツらは『のらねこ団』と名乗っている、身よりのない悪ガキどもなんだ。島の南部をナワバリにしていて、島に来た人たちから盗みを働いているんだよ」



「でもどうして、俺のリュックだとわかったんだ?」



「ああ、リュックの中のものに、キミの名前が書いてあったんだよ。キミのお母さんは几帳面な人なんだね。本からハンカチから、それどころか下着にいたるまで、ぜんぶ丁寧な字で名前が入っていたよ」



 「そうか……」と俺はつぶやく。

 まさかあの女神サマが、そこまで心配性だったとは……。


 衛兵のおっちゃんは背負っていたリュックを、俺の前にドサリと置いた。



「取り戻したリュックは確かに返したよ。それと、この島では犯罪被害にあった場合、加害者を鞭打ちできる権利があるんだけど、どうするね?」



 そう問われた俺は、またしても名案を閃いていた。



「じゃあ加害者たちの身柄を、この俺が預かってもいいか? 鞭打ちが終わったら、どうせ釈放になるんだろう?」



「それは別に構わんが……。いったい、何をするつもりなんだい?」



「オッケーなんだな。じゃあ、ちょっと見ててくれ」



 俺は、ロープとそのへんにあった大きな石を使って、昔の囚人が引きずっていたような鉄球モドキを作り上げる。


 それを子供たちの足首に巻いたあと、拘束から解放してやった。



「よーし。それじゃ、俺の家を作るのを手伝ってくれ。それが鞭打ちのかわりだ」



 俺は子供たちに命令したが、さっそく逃げ出そうとする者がほとんどであった。

 元々はすばしっこいのだろうが、重しを引きずっていてはそうはいかない。


 誰もが駆け出そうとした瞬間に足を取られ、ずべしゃっと地面にすっ転んでいた。



「う、うまく走れねぇ!?」



「こ、この石のせいだっ!」



「ちくしょう!? なんだこの結び方!? ぜんぜん外れねぇじゃねぇか!?」



 ひっくり返った虫のようにもがく子供たちを見下ろしながら、俺は刑吏のように言う。



「簡単にはほどけない結び方をしてあるからな。わかったら逃げようなんて考えず、さっさと仕事を始めるんだ。でも、それでも逃げようってんなら……」



 俺は弄んでいた手斧を、



 ……ブォンッ!



 近くの木めがけて投げ放った。



 スカァーーーンッ!



 と小気味のよい音で、斧はリンゴの木の幹に突き立つ。

 斜めに刺さった刃先には、ちょうど舞い落ちてきていた木の葉が挟まっていた。



「あの葉っぱみたいになりたくなければ、さぁ、きりきり働けっ!」



 この脅しがよほど効いたのか、子供たちはカミナリオヤジに叱られたかのように、キビキビと動きはじめる。

 その様子を、「ほぅ……」と興味深げに見守っている衛兵のおっちゃん。


 子供たちはブツブツ文句を言っていたが、俺は気にせず指示を飛ばした。



「よし、まずは力のありそうなお前たち! ふたりで木を切るんだ!」



「木なんて切ったことねぇよ!」



「そうだよ、ふざけんなよ、このチビっ!」



「いいからやるんだ! 切り方は俺が教えてやる! そして切り倒したのを、そこにいるお前らが運ぶんだ! そっちのお前たちは、枝を落とす係! 以上が男の仕事で、女の子たちは全員、樹皮を削る係だ! 道具の使い方から何から、ぜんぶ俺が教えてやるから、お前たちは黙って手を動かせ! いいな!」



「なんだよ、あのガキ……チビのくせして、偉そうに……!」



「やっぱり賢者学校に通ってるのなんて、ロクなヤツじゃねぇんだよな……!」



 子供たちは作業が始まってからもブツブツ言っていたが、急に大半の者たちがハリキリだした。


 理由は実に明快。

 学園が放課後になったあたりから、いつの間にかシトロンベルが作業に加わったからだ。


 シトロンベルは偉ぶる様子もなく彼らと接するうえに、自らすすんで作業をしていた。

 そのうえあれだけの美少女に笑顔を向けられたら、誰だってイチコロだろう。


 マセた男どもは、彼女にいい所を見せようとする。



「し、シトロンベルさん! ぼ、僕が持ちますから!」



「あっ、大丈夫よ。私こう見えて力持ちなんだから」



「いやあ、シトロンベルさんみたいな、美しくてやさしい賢者フィロソファー様がいるだなんて、感激だなぁ!」



「ううん、私は賢者フィロソファーじゃないわ。目指してはいるけれど、まだ従者サーバトラー候補生なの」



「シトロンベルさんだったらきっと賢者フィロソファーになれますよ! 俺たちが応援します!」



「うふふ、ありがとう!」



 ひたすら愛想のいいシトロンベルだったが、俺と目が合うと、なぜかフンとそっぽを向いていた。

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