第13話

13 動きだす心

 俺は賢者の石の能力で、シトロンベルの記憶を受け取っていた。

 昨日に続いて、二度も……。


 一度目はこの世界の言語や常識を頂いたが、つい今しが起こった二度目で、俺の中には剣術の極意のひとつが宿っていた。



 『第三者の身体に触れると、その触れた者の思考が読み取れ、その者の記憶や、身に付けている技術なども取り込める』



 俺は、昨晩読んだ『賢者の石ハンドブック』の内容を思い出していた。

 しかしシトロンベルの驚きようからするに、彼女以上の剣術の腕前になったようだが……。


 でも、まーいっか。

 考えるのは後にしよう。


 それよりも、今は……。

 目の前に拡がっている、火の海をなんとかしないと。


 ガラにもなくムキになってしまったせいで、俺はさらに悪目立ちしてしまったからな。

 以前は十数人に囲まれている程度だったが、今では輪の外にいるヤツらも次々と参戦してきている。



「くそっ! あんな無宿生ノーランのチビに、10人斬りなんてできるわけがねぇ! ただの偶然だっ!」



「そうだっ! 無宿生ノーラン風情が出しゃばったらどうなるか、教えてやるっ! 相撲部そうぼくぶっ! フォーメーションDだっ!」



 デブふたりがデブデブとやって来て、さらにデブを呼び集める。

 この世界には相撲そうぼくという、相撲すもうによく似たスポーツがあるのだが、その部員たちが呼び集められたらしい。


 っていうか、全員敵のバトルロイヤルのはずなのに、もう誰も斬り合いをしていない。

 絶対悪が現れたかのように、体育に参加しているすべての生徒が俺をにらみつけている。


 シトロンベルだけは「ちょっと! 2人以上で協力するなんて、ずるいわよ!」と抗議してくれているが、空しく響く。



「この『戦場稽古』は、敵と敵が組んでも良いことになっている! 敵の敵は味方だからな! いけっ! あのチビをブッ潰せーーーっ!」



「どぉーーーーーーーーーーーーーすこいーーーーーーーーーーっ!!」



 横一列になった肉の壁が、へんな蛮声とともに、脂肪を揺らしながら突っ込んでくる。


 ……同じ脂肪でも、ミルキーウェイのとは全然違うな。


 そんな軽口のような思いとは裏腹に、俺は不思議と身体が熱くなるのを感じていた。

 そして気がつくと、「逃げて! セージちゃん!」と背後から追いすがる悲鳴を、振り払うようにはしっていた。


 スクラムを組んだデブどもは刑務所の壁ばりに高く、逃げ場を塞ぐように広がっている。

 鎧もごっついのを身に付けていて、俺の木の枝なんかでは歯が立たないだろう。


 でも……顔面には防具がなくて無防備。

 しかも威嚇をするみたいに突き出してたんじゃ、意味ないんだよなぁ……!


 俺は横一文字に、枝を一閃させる。

 すると空気が震えるような衝撃波がおこり、壁の鼻っ面を叩いた。



 ズパパパパパパパパパァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 ヤツらの鼻が弾ける音とともに、捻られた蛇口のように歪む。

 そして、



 ドシュバァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!



 配水管が壊れたような勢いで、どす赤い鼻血が噴出した。

 続けざまに、



「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 デブどもは先輩力士のかわいがりに堪えかねたような、情けない悲鳴とともにブッ倒れ、



 どずっ、しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!



 土煙を舞い上げつつ、横転したダンプトラックのように滑り込んできた。


 刑務所の壁が、公園に埋まってるタイヤくらい低くなったな。


 俺がそれを軽く飛んでかわしていると、さらなるざわめきに包まれた。



「ま……また……! また、やりやがった……!?」



「今度は相撲部そうぼくぶのヤツらを、一瞬にして倒したぞ……!?」



「しかも、ただ木切れを横に振っただけなのに……!?」



「な、なんで!? なんで横に並んだヤツらをいちどに倒せるんだよ……!?」



「も、もしかして……もしかしてアレが、『剣圧』ってヤツか……!?」



「バカを言うな! 俺たちだって無理な『剣圧』を、無宿生ノーランができるわけがないだろう!」



 そしてやっぱり、誰よりもビックリしていたのはシトロンベルだった。



「あ、あの剣圧は……!? 間違いない、パパが得意だった『波紋流水剣はもんりゅうすいけん』……!? どうして、どうしてなの!?」



 しかし、その疑問に答えてやっているヒマはなかった。



「くそおっ! これ以上、無宿生ノーランに好き勝手されてたまるかっ! 野球部のだまぶっ! 投石開始っ!」



 いよいよヤツらは木刀を捨て、投石攻撃までやり始めたからだ……!



「ちょっと! 木刀以外の武器を使うのはルール違反よっ!? 先生っ! せんせーいっ!」



 シトロンベルが助けを呼んでも無駄だった。


 リバーサー先生は校庭の隅っこにテーブルを置いて、何やら化学実験みたいなのに夢中。

 ぜんぜんこっちを見ていないし、聞いてすらいない。


 俺は飛んでくる投石を見切り、片足立ちの打法で打ち返しまくる。


 カキン! カキン! カキィーーーン!


 ライナーで、石の持ち主の顔面に返してやると、


 バキッ! ドカッ! グワッシャー!


 ピッチャーどもは次々と、もんどりうって倒れていった。



「えええっ!? あれは、パパの『雫返し』!? ほ、本当にセージちゃんって何者なのっ!?」



 そして矛先はついに、彼女にまで向けられることになる。



「くっ……! くっそぉぉぉぉーーー! こうなったら、あの女を襲えっ! 人質に取るんだ!」



「ええっ、シトロンベルさんを!? そんなことをしたら、あのお方が……!」



「うるせえ! これ以上、無宿生ノーランにやられっぱなしでたまるかよ! むしろ手土産にしたほうが、あのお方も喜ばれるはずだ!」



「そ……そうだな! もしかしたら俺たちも、おこぼれにあずかれるかも……!? ヒヒヒ……!」



 ナチュラルに悪役に身をやつすヤツらに、俺は確信した。

 この世界で2周目の人生を始めてから、自分のなかでわだかまっていた、モヤモヤの正体を。


 そして、気付くと同時に……。

 自分では抑えきれないほどに、身体の内がカッと熱くなるのを感じていた。


 この学園のヤツらは、みんなみんな、腐ってやがる……!

 これもすべて、賢者フィロソファーのせい……!


 一部の特権階級だけが幸せになるために、大多数を犠牲にしているせいで……!

 この学園は……いいや、この世界は狂っちまってるんだ……!


 シトロンベルのような、世の中の大多数を助けるために、賢者を目指すようなヤツらを嘲笑し……!

 くだらない階級のプライドを守るために、少女の純粋な気持ちすら汚そうとする……!


 俺は、1周目の人生では抱かなかった感情を、激しく燃え上がらせていた。


 激怒・憤怒・噴心……!


 そんなものでは表し足りぬほどの激情が、怒髪を衝くほどに吹き上がってくる。


 もはや力の制御など、できそうもなかった。

 しかしその気持ちとは裏腹に、



 ……バキィィィィィィィーーーーーーーンッ!!



 度重なる酷使により、俺の唯一の武器である木の枝は砕け散ってしまった。

 シトロンベルはゴロツキような男たちに囲まれ、今にも斬りかかられようとしているというのに。



「くっ……! ま、負けない! 負けるもんですか! 卑怯なあなたたちになんて、絶対……!」



 彼女は気丈に振る舞っているが、構えた木刀の切っ先は震えていた。


 俺は疾風かぜとなる。


 まるでそうするのが、当たり前のように……。

 いや、そうしなくてはならないように。


 絶対に……!

 絶対にアイツを、守ってみせる……!


 アイツは、アイツは……!

 父親のような賢者になるために、この学園に来たんだ……!


 私利私欲のためでなく、純粋に……!

 世のため人のためになりたいと……!


 それを……よってたかって踏みにじろうだなんて……!

 許せねぇ……っ!!



「よーし! まずは頭をカチ割って、動けなくするんだ! ボコボコにしたあとは、保健室に連れていくフリをして……! ヒヒヒ……! さあっ! やっちまおうぜぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」



「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ……ドグワッ……!

 シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!



 俺は……彼女を庇い……。

 降り注いだ十数本の木刀を、頭で受け止めていた。


 額がぬるりとした熱さに覆われ、見開いたままの目が、赤く染まる。

 どうやら、頭をカチ割られてしまったようだ。


 ゆっくりレッドアウトしていく視界は、仰天する野郎どもの顔。


 残念だったな……!

 お前たちが狙っていた、あの女じゃなくて……!



「せ……セージ……ちゃんっ……!?」



 背後にいるはずのシトロンベルの声が、水の中にいるかのように遠くに聴こえる。


 俺はどうにか正気を保ちながら、手をゆっくりとかざした。

 そして、ヤツらをこれでもかと睨みつける。


 赤いヴェールに覆われた、俺の目の前には……より赤い心臓が。

 レントゲンのようにいくつも浮かび上がり、脈動していた。


 伸ばした手に、ちょっと力を込めて、ソレを握るだけで……。



 ……ビクンッ!

 ビクビクビクンッ!!



 まるで俺の手に捕らえられた魚のように、まるで許しを請うように暴れはじめる。

 俺の頭に乗っていた木刀が、バラバラと地面に落ちた。



「ぐ……グエッ!?」



「しっ……心臓がっ……!」



「ぐっ……ぐぐぐ……!? 苦し……いっ!?」



 本当に魚になってしまったかのように、どいつもこいつも、口をパクパクさせて苦しんでいる。

 俺は、最後の力と声を振り絞った。



「いいか、貴様ら……! 俺にはなにをしてもいいが……! この女には、手を出すな……! もし何かしたら、ブッ殺す……! 絶対に……絶対にブチ殺してやる……!! 何度でも、何度でも……!! たとえお前らが2周目の人生に逃げ込んでも、探し出して……!! 永遠にブチ殺してやっからなぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 そしてついに、意識を手放してしまう。

 薄れゆく視界の中で、最後に見たのは……。



「ひっ……!? ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 悲鳴の大合唱とともに、股間から汚いシャワーを撒き散らしながら、ひっくり返り……。

 腰を抜かして這い逃げていく、男たちの姿だった。

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