第12話

12 剣の極意

「では『戦場組手』、始めてくださいねぇ。最後に残ったペアは、先生のところまで来てくださいねぇ、ご褒美をあげますからねぇ」



 リバーサー先生はそれだけ言い捨てて、くるりと背を向け校庭の隅へと歩いていく。

 俺のまわりにいた他のペアたちは、蜘蛛の子のように一斉に校庭全体へと散っていった。


 俺はその場でボケっと突っ立っていたのだが、



「私たちも行きましょう! 校庭の中央にいると、囲まれて不利になるわ!」



 とシトロベルから鋭く言われ、彼女の後についていった。


 清流のように長い髪をなびかせ、リンスらしき爽香を振りまき走る彼女。

 それは戦乙女ヴァルキリーのように実に絵になっていて、敵はみんな見とれていた。



「セージちゃん! あなた、剣術の心得は!?」



「あるわけないだろっ!」



「だったら、私のそばから離れないようにしてね!」



「わかっ……」



「ゲコォォォォォォォーーーーーーーーーーーーッ!!」



 俺の返事を遮るように、怒声が向かってくる。

 声のした方角に目をやらなくても誰だかわかった。


 イボガエルと、ペアの下僕ペットレイヴ候補生が、真横から突っ込んできて、俺たちに……。

 いや、ふたりとも俺に斬りかかってきたんだ……!


 大上段で飛びかかり、斬り降ろしてくるイボガエルの一撃を飛び退いてかわす。

 続けざまの下僕ペットレイヴ候補生、俺のクラスメイトの走り突きも身体をそらしてよけた。



「ゲコッ! ゲコッ! ゲコッ! 死ねこのチビゲコッ! お前がミルキーウェイ様のお気に入りだなんてゲコ、ありえないゲコッ! 昨日見たのは、きっとまぼろしに決まってるゲコッ! お前を殺して、その幻影をブチ殺すゲコ! 俺の幻影をブチ殺すゲコ!」



 カッコいいんだかカッコ悪いんだか、よくわからないことをわめき散らしながら木刀をブン回すイボガエル。

 しかし俺はそのすべてを見切り、上半身の動きだけで回避する。


 剣術の心得のない俺が、なぜそんな芸当ができたのかというと、賢者の石のおかげ……。

 そう、石の力のひとつ、



『意識を集中する、または危機を察すると、すべてのものが遅く見えるようになる』



 が発動していたから……!


 だからイボガエルの太刀筋は、例えるならバルーンアートとかで使う長い風船。

 それを子供が水の中で振り回しているかのように、ありえないほどゆっくりと見えていたんだ。


 その場で待ってやらないと、当たる日は来ないのではないかと思えるほどにスローモー。


 しかしこのままではラチが明かないので、反撃をしてみる。

 振り終えて無防備になっているところを、洗濯物のごとくバシバシ叩いてみたのだが、



「なんか叩いてるゲコッ!? でも効かないゲコッ! お前のようなチビの攻撃が、このゲコに通用すると思っているのかゲコっ!」



 逆に俺のほうが子供扱いされてしまった。

 まぁ、今の俺は6歳だからその通りなんだが。


 こっちは非力に加えて、武器はただの木の枝。

 しかし相手は、金属で補強してある革の防具を身に付けている。


 これじゃ、竹槍で戦車と戦うようなもんじゃないか……!


 かたやシトロンベルはというと、流れるような動きで襲い来る者たちを次々と沈めていた。

 本来は俺に向かってくるはずのヤツらを、彼女が一手に引き受けてくれていたんだ。


 自分よりも力のありそうな、男の従者サーバトラー候補生の一撃を、木刀を滑らせるように受け流しつつ、



 リリーン……!



 と涼やかな音色とともに、クルリとターン。

 そして、



「ハアッ!」


 ズバアッ!



 と華麗なる袈裟斬りの一撃を与え、敵を跪かせていた。


 その身のこなしは戦いというよりも、神楽鈴を持った巫女舞のよう。

 水が流れているかのように淀みがなく、流星のように美しかった。


 しかし敵は減るどころか、増えていく一方。



「このチビ、すばしっこいゲコ! みんなでやっちまうゲコっ!」



 悪代官のようなイボガエルが、仲間を呼び集めていたからだ……!


 俺はヤツから一時撤退する。

 シトロンベルが息を切らし、動きが鈍りかけていたので、その背後を守るために。


 いつのまにか十数人という敵が、輪になって俺たちを包囲していた。

 さすがにこれだけの相手をするのは辛そうだ。


 俺は背中合わせになって、彼女に尋ねる。



「おい、大丈夫か!?」



「こ……このくらい平気っ! 私がセージちゃんを守ってあげるから、安心して!」



 ……瞬間、彼女のその想いが、合わせた背中を通じて流れ込んでくるかのように……。

 俺の首筋がチリチリと熱くなり、脳がスパークした。



 ……シュバァァァァァァーーーーーーーッ!!



 ま、また、アレ●●かっ……!?


 俺の頭の中には、水色のローブを着流しのように着こなす長髪の男がいた。

 彼は静かなる湖のような、穏やかな表情で俺に向かって語りかけてくる。



『シトロンベルよ、剣の極意は、流れに逆らわぬこと……。渓流に漂う落花のごとく、流れに身を任せるんだ。そうすれば相手の太刀筋は流れの中にある岩となり、自然とそれていく。そして己の太刀筋は自然と、相手の弱き所を捉えるだろう。さぁ、やってみなさい』



『うん、やるっ! パパ!』



 幼い声のシトロンベルが応じた。



『それに剣の極意は、賢者フィロソファーの極意にも通じているんでしょう!?』



『いいや、似ているところもあるが、本質は全然違う。賢者フィロソファーは流れに身を任せるのが、いちばんいけない事なんだ。低きに流れるのではなく、高みを目指して流れに逆らう。下流で苦しんでいる者たちのために、流れをせき止め、みんなを上流に導いていくんだ』



 男は俺の頭に手を伸ばし、やさしく撫でながら続ける。



『すでに上流にいる者たちは、いろんな手を使ってそれを妨げようとしてくるだろう。しかしそれに負けず、妨害を一身に受け止め、傷だらけになりながら、下流のものたちを導いていく……。それが賢者フィロソファーなんだ』



『わかった! パパが他の賢者フィロソファーと違って街の人たちに人気なのは、流れに逆らってるからなんだね! 私も流れに逆らう! 街の人たちに威張ったりしないし、困ってたら助けてあげるんだ!』



 シトロンベルがどんな表情をしているかは、俺からは見えなかった。

 しかし爛々らんらんとしているのは声でわかる。


 彼女の持ち前である、静かなる海のような瞳が……。

 太陽に照らされているかのように、キラキラと……。



『……私、パパみたいな賢者に、絶対なるんだから!』



 その希望にみちあふれた一言に、俺は我にかえった。


 そして気付く。

 大勢の敵に囲まれている窮地だというのに、身体の力が抜けていることに。



「もらったゲコォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



 イボガエルを先頭に、列をなして襲い来る敵たち。

 5つのペアで、総勢10人。



「これだけ大勢でかかれば、よけらま……い……ゲ……コ……!」



 ヤツの動きはとうとう、一時停止しているかのように鈍くなる。

 俺は地を蹴って、すれちがいざまにイボだらけの鼻を薙ぎ払ってやった。


 そのまま後続のヤツらも同じようにして、鼻っ柱を叩く。

 列の最後尾を叩き終えたところで、時は動き出す。



 ……ズシャァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!



 俺は振り切ったポーズのまま、地面を滑る。

 背後では、鼻が折れる破裂音が断続的に続く。



 パン! パン! パン! パン! パンパンパンパンパンッ!

 パァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 同時に水芸のように、鼻血が吹き出していた。

 列をなしていた者たちはドミノ倒しのようにバタバタと倒れ、



「ゲコッ!? ゲコォォォォォォーーーーーーッ!?!?」



「鼻がっ!? 鼻がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?」



「いでえっ!? いでえよぉーーーーーーーーーーっ!?」



「鼻血が、鼻血がっ……止まらねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」



「おがあぢゃん、おがあぢゃぁーーーーーーーーんっ!?」



 赤い汚水にまみれながら、鼻を押さえて悶絶していた。


 まわりのヤツらは何が起こったのかわからず、呆気に取られている。



「な……なんだ……今の……!?」



「い、一瞬にして、10人を……!?」



「ぜ、ぜんぜん太刀筋が、見えなかったぞ……!?」



「あ、あんなチビが、どうしてあんな力を……!?」



 中でもいちばんビックリしていたのは、シトロンベルだった。



「あ……あれは……!? パパの剣の極意……『落花流水らっかりゅうすい』……!? わ、私もまだぜんぜん体得できていないものを……どうして、セージちゃんが……!?」

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