第8話
08 斎妻のミルキーウェイ
今日の体験授業を終える頃には、日も沈みかかっていた。
クラスメイトたちは全員首輪持ちだったので、これから
俺はその群れには入る資格がなかったので、しょうがなく晩飯まで時間を潰すことにする。
オレンジ色の光を背に、道に長い影を伸ばしながら校庭沿いの道を歩いていた。
何をするのかというと、図書館に行ってみることにしたんだ。
目的は、賢者の石について調べること。
この世界で、賢者の石がたいそうな力を持っていることだけはわかったのだが、もっと詳しいことを知りたかったんだ。
えーっと、図書館って確か、10時の方向だったよな。
案内板を思い浮かべながら、その方角に向かって歩いていく。
今は寮内でのオリエンテーリングが行われているのか、道には人気がまったくない。
貸し切りのような広々とした道、そのど真ん中を進んでいると、
……ぱた、ぱた、ぱた……。
と何者かが駆け寄ってくる足音が背後から近づいてきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……せ、セージさん……はぁ、はぁ、はぁっ……セージさんっ……」
ソイツは長い距離を走ってきたのか、かなり息が荒かった。
そしてなぜか、しきりに俺の名前を呼んでいた。
この学園で俺の名前を知っているのは、今のところシトロンベルか、自己紹介をしたクラスメイトだけ。
いったい誰だろうと思って、歩きながら振り返ってみると……。
俺は思わず、息を呑んでしまっていた。
まるで、俺がかつていた死後の世界のように……。
燃えるような夕陽を、後光のように携えた何者かが、近づいてきていたんだ……!
それはあの時のように、だいぶゆるやかな速度だった。
しかし当人は全力疾走しているつもりなのか、激しく息切れしている。
本人の努力に比例しない鈍足の理由は、すぐにわかった。
大きな胸がパンチングボールのように揺れ、その重さに振り回されて千鳥足になっているのだ。
俺はその場で立ち止まり、待ってやる。
そのまま歩いていたら、アキレスと亀のように永遠に追いつけないであろうと思ったからだ。
彼女はのたのたと近づいてきたかと思うと、
「セイジさんっ、やっと見つけ、あっっ」
よろめいて前のめりになったかと思うと、急に射出されたかのような勢いで俺に向かってダイブしてきた。
躓いたんだというのはすぐにわかった。
暴れる太陽のような、エネルギッシュな物体が急速接近。
しかし世界はなぜかスロー再生のようにゆっくりで、迷うだけの時間はじゅうぶんにあった。
俺は高波のような影に覆われながら、選択を迫られる。
避けるのは簡単だが、そうすると、この女は地面にバストスライディングをかますことになるだろう。
ならば、受け止めてやるしか……!
意を決して両手を広げたが、無理だった。
よく考えたら今の俺は、6歳の子供だったんだ。
……ぼっ、いーんっ!
マシュマロのボクシンググローブで殴られたような衝撃が、ダブルで顔面を襲う。
視界がブラックではなくホワイトアウトしたのは、彼女の着ているレース編みのローブの白さのせいであろう。
肌触りのいい生地と、その向こうにある無限の弾力に顔を包まれる。
もしこんなエアバッグが車に搭載されていたら、衝突事故が続発するだろうと思えるほどの感触だった。
……どっ、しーん!
まるで今朝の出来事を再現するかのように、押し倒される俺。
またしても衝撃に目を閉じてしまった。
背中側は硬くて痛いのに、上に乗っかっている感触は何もかもが過剰なほどに柔らかかった。
俺が咥えていたパイプを押しのけ、割り入ってくるムニュっとした柔らかさと、ミルキーな味わい。
膨らみすぎた救命胴衣を着ているかのような、もっしりとした感触が首に乗っかっていて、ミルクのような甘い香りがたちのぼってくる。
うっすら瞼を開けると、先ほどまで目にしていた純白の世界はそこにはなかった。
かわりに、冬の合間のお日様のような、控えめながらもあたたかい瞳が。
その瞳孔が、驚きに満ちあふれるようにパアッと開いたかと思うと、
「ぷはっ……あっ、ごめんなさい。本当に久しぶりに走っちゃったから、ついケンケンしちゃって……。シッカリ、シッカリして、ねっ?」
彼女は身体を起こすと、困ったようにオロオロして、そしてなぜか当たり前のように俺を抱き寄せようとしてきた。
俺は手を伸ばして、それを押しとどめる。
「いいから気にするな」
彼女の上半身はほぼ胸だったので、当たらないように手を突っ張るのは大変だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺の2周目の人生は、始まって半日ほどでセカンドキスを終えた。
そのお相手の少女は、日差しから伸びる光のような色のロングヘアをしていた。
つむじのカナリヤ色からはじまって、毛先に向かって流れる薄レモン色のグラデーション。
自らが光を放っているかのように輝き、近くで洗濯物を干したら乾くんじゃないかと思えるほどのぬくもり。
トップは翼を休める鳳凰のようにふわりと広がっていて、後ろ髪は白いリボンで結って前のほうに垂らしている。
瞳は夕陽に照らされる柿のようなバーミリオンカラー。
見つめているとなんだか引き込まれ、田舎で暮らす子供に戻ったような気分にさせられる。
顔は目が醒めるほど整っているのに、おばあちゃんみたいな安らぎがあって、トキメキくような安らぐような……。
しかし本人はどこか物憂げなので、それがまた、抱擁力がありそうなのに庇護欲を刺激されて……。
そして年の頃は高校生くらいなのに、もう何年も生きているかのような落ち着きっぷりで……。
でもどことなく、童女のようなお茶目さも残していて……。
だんだん言ってる俺も混乱してきたが、ようは本当に、不思議な雰囲気の女性だったんだ。
格好はウエディングドレスのような、全身レースの純白ローブで、もうそれだけで身分が高いのがわかる。
というか、まさしくその通りだった。
たしか彼女は入学式の祝辞のときにいた、生徒会役員のメンバーの中のひとりだったはず。
お偉いさんのはずなのに偉ぶることもなく、彼女はホンワカした困り笑顔を俺に向けていた。
「わたしは、”
その声音と独特の口調は、否が応にもあの女神サマを想起させる。
でもまあ、女神と彼女が同一人物だなんて……いくらなんでもそれはないかな。
「セージさんを探して最初は
……いや、そうでもないか。
俺のなかにムクムクと湧き上がってくる疑惑をよそに、彼女は俺に語り続ける。
「そうしたら、
言い直したところで、もはや確定的。
このミルキーウェイは、女神ディルミルギウアだ。
でも本人は隠しおおせている気マンマンのようだったので、とりあえず突っ込まずにおく。
「何枚か持ってたんだけどな、無くしたっていうヤツらに全部くれてやった」
「えっ……」
豆鉄砲を口で受け止めた鳩みたいな表情で、面食らうミルキーウェイ。
その反応がちょっと可愛かったので、なんだか意地悪をしたくなってしまった。
「でも見ず知らずのお前が、なんでそんなことを気にするんだ?」
「え、えーと、チョッピリ気になったの。いまセージさんの噂で、この学園さんはモチモチの持ちきりなのよ。
彼女が言いつくろっている途中、横の植え込みがガサガサと揺れた。
そして、
「そうゲコ! そのチビは、未来の
コルセットを首に巻いたアクマアクネが、まるで野生のポ○モンのように飛び出してきたんだ……!
「ようやく見つけたゲコッ! ここで会ったが百年……ゲコォォォォーーーッ!?」
しかもヤツは飛び出す途中で縁石に躓いて、俺に向かってダイブしてきた。
さすがにサードキスまで自分の意思とは無関係に、しかも男に奪われるのは嫌だったので、遠慮なく避ける。
するとヤツは見覚えのある、首を下にした体勢で、
……グシャッ!
と地面に叩きつけられていた。
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