第7話

07 従者ざまぁ

 入学式が終わったあとは、学園内のオリエンテーリングとなった。

 従者サーバトラー候補生の上級生がどやどやとやってきて、まるで犬みたいに追い立てられながら出発する。


 しかしオリエンテーリングというのは名ばかりであった。

 それとは逆に、扱いはまさに犬同然であった。


 上級生は行く先々で、とんでもない無茶振りをしたんだ。

 校庭に着いたら、



「ゲコッ! なんか急にボールが蹴りたくなったなぁ! ボールはどこかなぁ~?」



 手をひさしのように額に当てて、わざとらしく俺たち新入生を見回す。

 すると新入生たちは先を争うようにして、身体を丸めて上級生たちの足元に転がった。



「おっ、ちょうどいいところにボールがあるな! ゲコォーッ!」



 ……ドガ!



 と思いっきり、顔や腹を蹴り上げるんだ。

 蹴られたヤツらは、



「ぐはっ!? ごっ、ごろごろーっ!」



「ぎゃっ! ぼっ、ぼいーんぼいーんっ!」



 と擬音を口にしながらでんぐり返しをする。

 見ていた新入生は、



「な……ナイスシュート!」



「さすがアクマアクネ先輩! 目の醒めるような鋭い蹴りですね!」



 必死になっておべんちゃらで、盛り上げるんだ……!

 それで上級生が気を良くすると、



「ゲコココ……! よーし、お前気に入ったぞ! 下僕ペットレイヴとしての素質じゅうぶんだ! ゲコから、首輪をつかわそう!」



 犬が使い古したみたいな、ボロボロの首輪を渡される。

 しかし受け取る側は表彰されたみたいに感激し、「ははーっ、ありがたき幸せ!」と平伏しながら、さも大事なもののようにそれを手にしていた。


 ……これは、紹介状なしで入学した新入生に対する、この学園の伝統儀式のようなもの。

 無宿生ノーランは、従者サーバトラー候補生から首輪を授かることにより、下僕ペットレイヴへと昇格できる。


 新入生は首輪欲しさに上級生に必死で媚びを売り、上級生はその気持ちをオモチャにして遊ぶ。


 ようは従者サーバトラー下僕ペットレイヴの力関係を、このオリエンテーリングを通じて俺たちに仕込もうってわけだ。

 まるで犬を躾けるみたいに。


 その中でも特にタチが悪かったのは、アクマアクネとかいう上級生。

 最初の校庭でだけは首輪を寄越したものの、あとの場所では最悪だった。



「ゲコッ! そろそろ昼飯時だな! ほら、あの木の上にある葉っぱ! あれがお前らのメシだ! 取れたらいいものをやるぞ!」



 本来は新入生に配るはずの弁当を貪り食いながら、木の上を指さすアクマアクネ。


 首輪がもらえると信じて、蜘蛛の糸にすがる亡者のように木に登る新入生たち。

 重さで枝が折れ、ボトボトと落ちていく彼らを、ヤツは腹を抱えて見ているんだ。


 何度も落ちては何度も再挑戦し、アザと土埃にまみれながらも葉っぱをゲットする者が現れても、



「よぉーし! じゃあ約束どおり、いいものをやろう! ゲコココ……! ゲコのニキビ汁だ!」



 ブツブツだらけの顔から垂れている黄色い汁を、指ですくってなすりつけるのみ。

 もちろん嫌だなんて言えるわけがない。



「あ……アクマアクネ様のお身体から出た、ありがたいエキスを頂けるだなんて! ありがとうございます、ありがとうござますぅぅ~!!」



 からかわれた悔しさを押し込め、泣きながら土下座する新入生たち。



「ゲコココココココココ! そーかそーか! じゃあ次こそは首輪をやるとしようかなぁ! あのドブみたいな池に一番長く潜れたヤツに、いいものをやるぞぉ!」



 脱兎の如く駆け出し、服のまま池に飛び込んでいく幼気いたいけな彼らを見て、さらに大爆笑するアクマアクネ。


 俺は付き合ってられるかと、その一団から離れようとする。



「……ゲコッ!? おい、そこのチビっ! まだオリエンテーリングは終わってないぞ! 途中なのに抜け出して、どこに行くつもりだ!? 規律を乱すヤツには首輪はやれんぞぉ!? それでもいいのかぁ!?」



 大変なことになるぞぉ、と脅すような口調のアクマアクネ。

 俺は歩みを止めず、それどころか振り向きもせず言ってやった。



「いらねーよ、そんなの。特にお前のはな。顔のイボが伝染うつるぜ、イボガエル野郎」



 ブフッ! と吹き出す他の上級生たち。

 それどころか、新入生たちまで鼻水を吹いている。



「ゲコッ!? なっ……なんだとぉ!? 聞いたか今の!? あのチビ、未来の従者サーバトラーであるゲコに向かって暴言を吐いたぞ! もう首輪はいらんらしい! バカなヤツめ! この学園じゃ、首輪がなけりゃ無宿生ノーランのままで、寮にも入れねぇ……まさに野良暮らしだってのによ!」



 そう。そうなのだ。

 無宿生ノーランは寮に入れない。


 まるで学園に寄生する浮浪者のように、敷地のはずれで野宿するしかないのだ。

 だからこそ、新入生たちは必死なのだ。


 しかし俺にとってはどうでもよかった。

 こんなヤツらの飼い犬になるくらいだったら、野良犬のほうがよっぽどマシだと思ったからだ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 オリエンテーリングを終えた午後からは、明日からの本格的な授業に向けての体験授業。

 教室へと集まってきた新入生たちは、俺以外みんな首輪を着けていた。


 そのあとは、例の発火魔法の授業。

 俺が校舎の屋根を吹き飛ばして、現在に至る。


 ちなみにあの大爆発は、俺が触媒の量を間違えたのと、触媒に宿る精霊が暴走オーバードライブしてしまった事による事故として片付けられた。

 教室は修理のため使えなくなってしまい、俺は先生方からげちょげちょに怒られたが。


 そして俺たちのクラスは、校庭の隅で授業を続行していた。



「今日最後の体験授業は、教室が使えなくなってしまったので、外で行うことになってしまいましたねぇ。みなさんも、触媒の扱いにはじゅうぶん注意してくださいねぇ」



 リバーサー先生が当てこすりのように前置きすると、クラスメイト数人がわざわざ振り返ってまで俺を睨んだ。



「次に教えるのは、『死の魔法デス・スペル』ですねぇ。対象の心臓を握り潰し、即死させるという怖ろしい魔法なんですねぇ。しかも成功すると、被術者には死神の姿が見え、それはそれは怖ろしいらしいんですねぇ。この魔法にかけられて死んだ者が、みんな血も凍ったような表情をしているのは、そのためなんですねぇ」



 次に教わった魔法は、いわゆる即死魔法というやつだった。

 前の授業は、ロウソクくらいの火を起こすだけの魔法だったのに、ずいぶんレベルアップしたなぁ。



「といっても、成功率は限りなく低く、対象の大きさによってそれはさらに低くなるんですねぇ。人間サイズの対象ですと、大賢者ハイ・フィロソファー様でも10回に1回成功すれば良いほうでしょうねぇ。呪文の文言も長いので、戦闘での実用性はほとんどありませんねぇ。それに失敗すると被術者に察知されてしまうことがあるので、奇襲や暗殺にも使いづらいですねぇ」



 なんだ、じゃあ何に使うんだよ、と思っていたら、



「ではなぜそんな魔法を教えるかというと、蚊やハエなどの害虫を退治するためなんですねぇ。賢者フィロソファー様のお供として冒険する場合、キャンプ中に賢者フィロソファー様にたかる害虫の駆除は、あなたたち下僕ペットレイヴの役目なんですねぇ。虫くらい小さな対象であれば、未熟なあなたたちでも何回かやれば即死させられますしねぇ」



 虫よけかよ……!


 リバーサー先生は『死の魔法デス・スペル』のコツについてひととおり説明したあと、触媒である『カラスの遺灰』と、対象用としてガラスの小瓶に入ったハエをみんなに配った。

 でも俺だけは、前の授業のお仕置きとしておあずけだったが。


 クラスメイトたちが熱心にハエの呪殺に挑戦している最中、俺は特にすることもなかったので、空をボンヤリと眺めていた。

 すると突然、



 ……ギャォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 遠くから、怪鳥の鳴き声のようなものが聞こえてきた。


 音の方角へと視線を向けると、俺たちの野外クラスからかなり離れた所で、翼の生えたちっちゃい竜みたいなのがホバリングしていた。

 竜にはアクマアクネのヤツが跨がっていて、その下では違うクラスの下僕ペットレイヴ候補生たちが逃げ惑っている。


 ざわめくクラスメイトたちに向かって、リバーサー先生は事もなげに言う。



「ああ、あれは飛竜ワイバーンですねぇ。従者サーバトラーの乗り物のひとつです。ああやってあなたたち下僕ペットレイヴにけしかけて、乗る練習をする授業なんですねぇ」



 校庭の果てのほうから、アクマアクネの悪魔のような笑い声と、多くの悲鳴が響いてくる。

 アクマアクネは飛竜ワイバーンを操り、新入生たちを容赦なく追い立てていた。


 「おらおら、逃げろ逃げろぉ! ゲコココココココココ!」と急降下。

 竜の身体で体当たりして突き飛ばしたり、竜の爪で掴んで放り投げたり、やりたい放題だ。


 まるでショベルカーに襲われているかのように、宙を舞う下僕ペットレイヴたち。


 ……あれが、従者サーバトラーの授業って……

 おいおい、この世界じゃ下僕ペットレイヴってのは、モルモット以下の扱いなのか……!?


 驚きを隠せない俺たちに向かって、先生はノンビリと言ってのける。



下僕ペットレイヴにとっては、あれが体育の授業でもあるんです。逃げていれば足腰は鍛えられますし、やられれば打たれ強くもなれますからねぇ。明日にはあなたたちにも同じことをやってもらいますから、よく見ておいて……ええっ?」



 しかしその言葉は、途中で驚きに変っていた。



「ピギャァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 空の覇者のようだった飛竜ワイバーンが、突然心臓発作を起こしたかのよう苦しみだし、墜落……!



「ゲコッ!? ど、どうしたんだよ、おいっ!? ゲコォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 乗っていたアクマアクネは振り落とされ、落下……!



 ……グシャアッ!!



 と、首を下にしたへんな体勢で地面に叩きつけられていた。


 飛竜ワイバーンは途中で体勢を立て直し、まるで死神に追い立てられるかのように大空へと消えていく。


 その姿を目で追いながら、俺はなるほど、と思っていた。


 卵を掴むくらいの感覚で、力を抜いてやれば……。

 『死の魔法デス・スペル』でも、心臓を握り潰さずにすむのか……。

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