第4話
04 賢者の石の力
俺は朝の散歩のような気持ちで歩き出す。
地図で見た限りなのだが、俺が今いる場所は島のようで、現在地である飛行船の発着場は島の南側に位置しているようだった。
お目当ての賢者学園は島の中心部にあり、まるでランドマークのような白い尖塔がそびえていたのですぐにわかった。
アレを目指せばいいわけだから、もう地図は要らなさそうだな。
発着場広場を出ると、大通りの市場に出た。
たくさんの露店と人で賑わっていて、かなり活気がある。
なんとなく興味が湧いてきたので冷やかして回ってみた。
床敷きにずらりと剣を並べて売る店、壁に盾をたくさん掲げて売る店、まるでロールプレイングゲームの最初の街みたいで楽しい。
前世の俺だったら素通りするはずなのに、いちいち足を止めてしまう。
身体だけじゃなく、好奇心までもが若返ったような気分で。
いろんな店を見物してみたが、不思議と食べ物を売っている店だけは、どれも美味しそうには見えなかった。
パンはふっくらしていないし、肉や野菜は色が悪く、魚にいたっては目が濁っている。
それに扱われている種類も少なくて、専門店であっても片手で数えられるほどしか置いていない。
ここは島なのだから、魚くらいは種類が豊富で、新鮮であってもいいはずなのだが……。
なんて感想を抱きながら歩いていると、ふと煙草屋が視界に入った。
紙巻き煙草ではない、キセルやパイプを使って吸うタイプのものを扱っているところだ。
麻を張り巡らせて作ったタープテントの奥には、地べたに座り込んで水煙草を吸っている男たちがいた。
彼らを眺めていたら、急に口さびしさを覚える。
俺は前の世界では相当なヘビースモーカーだった。
2日で1カートンを空にするくらいの。
ちょっとこの世界の
言葉はわからなかったので身振り手振りで交渉したのだが、オヤジは野良犬を追い払うようにまるで相手にしてくれない。
俺はそれでもあきらめなかったので、とうとうオヤジはキレてしまったのか、
「そんなに欲しけりゃ、これでもしゃぶってな!」
と言わんばかりに、コーンパイプをよこしてきた。
これは、売ってくれたのだろうか……?
いくらするかは知らなかったが、有り金ぜんぶ渡したところ、お釣りはなかった。
しょうがないので店を出て、ちょうど道端に生えていたミントの葉っぱをパイプに詰め込んで、吸いたかった気持ちを紛らわせる。
気がついたら市場のはずれまで来ていた。
しかしもうちょっとこの世界を寄り道したくなったので、大通りをそれて海のある方角に足を進める。
前世では海なんて長いこと行ってなかったから、久しぶりに見てみたくなったんだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
手すりもない海沿いの崖道を、ひとり歩く。
パノラマで広がるオーシャンブルーは目にも楽しく、吹いてくる潮風も気持ちいい。
こういう所に来ると、自分がなんだかちっぽけになって……あくせく働いてのが馬鹿らしく感じるよなぁ。
なんて人並みな感想を噛みしめながら進んでいると、ふと、遠巻きに女の子の姿が目に入る。
それは中学生くらいの女の子で、崖っぷちギリギリに立ち、思い詰めた表情で佇んでいた。
……まさか、身投げ……!?
まだ若いのに、何考えてんだっ!?
俺は反射的に大地を蹴って、彼女に飛びかかっていた。
「おい、やめろっ!」
……ガシイッ!
羽交い締めにしようとしたが、身長差があって難しそうだったので、腰にしがみついた。
「“#$&□★(●`□´●)☆□※wくぁwせdrftgyふじこ!」
彼女はよくわからない悲鳴をあげ、振りほどこうとしてくる。
ものすごい力だ……! いや、単純に子供の俺が、貧弱なだけなのか。
しかし俺はあきらめず、子猿のように食らいつく。
すると彼女の細い腰を通して、
……バチイッ……!
俺の手に、電流のようなものが流れた。
それがさらに腕を伝って肩まで這い上がり、脳天を突き上げたかと思うと、
……シュバァァァァァァーーーーーーーッ!!
俺の頭の中に、マグネシュウムが燃焼しているかのような強い光があふれた。
まるでジェットコースターに乗って走馬灯を見ているかのような、おびただしい数の情景が次々と現れ、消えていく。
それがおさまった途端、
「ひゃあっ!? な、何すんのよっ!? 物盗り!? これ以上何を奪おうっていうの!? 離して! 離してよっ!?」
彼女の言葉ははっきりと理解できる形となって、俺の頭の中に響いていた。
俺は混乱したが、それよりもこの場をおさめるのが先だと判断し、叫び返す。
「死ぬなんて、馬鹿なことはよせ! 若いうちはなぁ、生きてたほうが花実が咲くんだよっ!」
「えっ!? 死ぬ!? 私を殺そうっていうの!? いやーっ! 離してぇ!」
……どっしーん!
もつれあって倒れ、押し倒される形になった俺。
衝撃に目を閉じてしまった。
背中側は硬くて痛いのに、上に乗っかっている感触は何もかもが柔らかかった。
俺が咥えていたパイプを押しのけ、割り入ってくるプニュっとした柔らかさとレモン味。
両の
うっすら瞼を開けると、先ほどまで眺めていた海を凝縮したような、無限のクリアブルーを讃える瞳が。
その瞳孔が、驚きに満ちあふれるようにパアッと開いたかと思うと、
「ぷはあっ!? な、なにすんのよ!? 押し倒したうえに、無理やりキスするだなんて……! あなた、女の子でしょう!? しかも、まだ子供のクセして……! って、なに胸まで触ってんのよっ!?」
バッ! と手を払いのけた少女は、マウントポジションのまま俺を睨みつける。
突っ込みどころは沢山あったのだが、とりあえず俺はこれだけ言った。
「まずはそこから、どいてくれないか……」
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