第3話
03 降り立った世界
眼下にある惑星めがけてどんどん落ちていった俺は、大気圏のあたりで白い光に包まれ、意識もホワイトアウト。
喧噪に
「ここは……!? ……うわっ!?」
見回した途端、後ろから走ってきた男とぶつかって、前に引きずり倒されるようにべしゃりと転倒。
ぶつかってきたヤツに注意してやろうと思ったが、背中に重い何かがのしかかっていて、声が出なかった。
子泣きじじいに取り憑かれているかのような異様な重みは、俺の身体ほどもある、大きなリュックによるものだった。
でも、いくらデカいリュックを背負ってたからって、こんなにあっさり倒れるだなんて……。
一度死んだから、身体が弱ってるのか……?
地べたに伏したまま毒づいていると、視界が妙に低いような気がした。
さらに連鎖的に、スケール感のおかしさにも気付く。
手も足も……触れてみた顔や身体も、どれもなんだかこぢんまりしているのだ。
「まさか……!?」
俺は殻から這い出すようにリュックから抜け出すと、人ごみをかきわけて近くにある噴水に走った。
そして水面を覗き込んで、絶句する。
「なんだよ、これ……!?」
ゆらめきながらそこに映っていたのは、妙に物わかりの良さそうな顔だちの、かわいらしい
俺の頭の中に、女神の言葉が蘇ってくる。
『転生にあたり、特別にボーナスをホイホイあげちゃいます。ひとつ目は、前世での記憶の保持。ふたつ目は、年齢の選択権。赤ちゃんからオギャアとやり直すのが面倒だという場合に、好きな年齢から生まれ変わることができるの。お勧めは6歳からだけど、それでいいかしら?』
ってことは、俺はいま6歳っ……!?
いや、それは生返事とはいえ承諾したことだが……! なんでこんな女の子みたいな……!?
嫌な予感が頭をよぎったので、慌てて身体をまさぐってみた。
……ああ、付いてる。
どうやら、顔の作りが女の子っぽい、というだけらしい。
俺は嬉しいような残念なような、複雑な気持ちになった。
どうやら、あの宇宙空間のような場所で
女神が言っていたとおり、前世の記憶を持ったまま。
なんでそんな配慮がされたのかは、よくわからないが……。
とりあえず深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、改めて今いる場所を確認する。
人で賑わうこの広場は、どうやら飛行船の発着場のようだった。
色とりどりの飛行船がふわふわと着陸しては、中から多くの人を吐き出し、また浮かび上がってく。
すっきりとした青空には順番待ちの飛行船が浮いていて、入れ替わりたちかわりしていた。
まわりにある建物はレンガづくりで、かつて旅行したヨーロッパの田舎町のような趣きを感じさせるが、古臭い感じではない。
人々の服装はもっと変わっていて、身なりの良さそうなヤツは昔の貴族みたいな格好。
広場で働いてそうなヤツや、それほど金を持ってなさそうなヤツは、丈が長めの上着……。
チュニックっていうんだろうか、それに簡素なズボンを履いている。
そしてひときわ目を引いたのは、ファンタジーの世界から飛び出してきたかのような、戦士の鎧や、魔法使いのローブをまとう者たち。
戦士っぽいのは腰や背中に剣を携え、魔法使っぽいのは樫の木の杖を持っている。
それはさながら、コスプレ会場か映画の撮影か……。
はたまたロールプレイングゲームの中に迷い込んだかのような光景だった。
ちょっといろんな事が起こりすぎていて、理解がまだ追いついていないが、まあいい。
とにかく今は情報を集めよう。
ふと目に入った時計塔。
文字盤は何を書いているのかさっぱりだったが、針の位置からするに、今は朝の7時くらいというのがわかった。
……あれ、待てよ……。
俺はさっきからずっと、異国に来たような感覚に囚われていた。
何もかもが以前いた世界とは違うので、そのせいだと思っていたのだが……。
決定的な違和感に、やっと気付いた。
言葉が、まるでわからない……!
まわりにいるヤツらが話していることも、張り紙の文字も……。
そう、時計の文字盤にあった数字ですら、読めやしない……。
おいおいおいおい……。
こんなんで一体、どうやって生きていけっていうんだ……?
6歳からスタートさせるんだったら、この世界の知識もそれ相応に、一緒に脳みそに入れといてくれよ……。
前世の知識を残してくれるよりも、むしろそっちのほうが……。
うーん……。
……でも、まーいっか。
2周目の人生なんだし、のんびりいこう。
前世が生き急いでたようなもんだったから、なおさらだ。
ずっと憧れてたひとり旅に、出たと思えば……。
楽しいもんじゃねぇか、うん。
俺は気を取り直して、ひとまずこれからの計画を練ることにする。
そのためには、持ち物を確認しなきゃな。
そう思って、脱ぎ捨ててきた荷物のほうに視線をやると……。
「……ないっ!?」
大型犬くらいあるリュックが、鎖が外れたかのように忽然と消えていた。
あたりを探すと、すぐに発見する。
俺と同くらいの歳のヤツらが、角砂糖の欠片を運ぶアリのようにリュックを担いで、えっちらおっちらとどこかへ運んでいる真っ最中。
「おいっ、待て……!」
と駆け出し、それを追いかけようとする。
だいぶ遠くに持ち去られてしまったが、あんなヤツらが行く先なんて、大体見当がつく。
ひとけのない路地裏だ、そこで観光客から奪った
あんなボロキレを着ているようなヤツらの行動パターンなど、お見通し……!
しかし俺の脚は正反対に、勢いを失っていた。
……まーいっか。
ヤツらは今の人生を、強くたくましく生きてるんだ。
こちとら人生2周目なんだから、目先のモノにこだわる必要はない。
リュックの中に何が入ってたかは知らないが、くれてやってもいいだろう。
俺はさっぱりした気持ちでいたが、ちょうど俺のことを見ていた子供たちは、指までさしてゲラゲラ笑っていた。
白くてむくんだ顔に、蝶ネクタイにサスペンダーで、いかにも金持ちのお坊ちゃまっぽいヤツらだ。
言葉がわからないので何を言っているのか分からなかったが、荷物を盗られた俺を馬鹿にしているのだけはわかった。
……まーいっか。
心の中でつぶやいて、噴水のへりに腰かける。
俺の服装は、最下層のボロキレでも、中流のチュニックでも、上流のサスペンダーでもなかった。
大きなフードのついた、黒のゆったりしたコート。
その中はシャツに、ごつい革ベルト、そしてハーフパンツという、全体的にラフな格好。
コートの中にはポケットがいっぱいついていて、そのどれにも紙切れが入っていた。
大半が、同じデザインのチケットのようなもので、それが100枚ほど。
あとは地図と、コインが少々。
地図の文字は読めなかったが、いかにもココに行けとばかりに目印が付けられていた。
またしても俺の脳裏に、女神の言葉が蘇る。
『あとは、当面暮らすのに必要な荷物さんがギッシリ入ったリュックさんと、賢者学園さんまでの地図さん、賢者学園さんに
……ああ、多分この地図に記されている場所が、賢者学園なんだろう。
それとこのチケットみたいなのは、入学するための紹介状ってわけか。
しかしいくら無くしたらダメなものとはいえ、100枚は多過ぎだろうよ、女神サマ。
でも、これからすべきことはできた。
とりあえずこの賢者学園とやらに、行ってみることにするか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます