第10話 真琴の弓

「ああ。弓を持っておいで」

「はい!」


 うれしそうに真琴が自分の部屋に向かって駆け出す。

 走っていく真琴の背中を見つめながら、北星は自分の長い髪を指で巻いた。


「……そんなにうれしいものかなぁ」


  ほどなくして、真琴が弓を持って戻ってきた。

 真琴の手にあるのは大きな和弓ではなく、節句に飾る破魔弓のような小さな弓だった。


「先生、矢は必要ないんですか?」

「矢は自分で作るんだ」


 誰か来ても気づくだろうからと、北星は店を開いたまま、真琴を中庭に連れていった。


「頭に矢を思い描いてごらん。真琴も、もう13歳だから出来るはずだ」


 なぜ13歳だからなのか不思議に思いながら、真琴は矢を頭に浮かべてみた。


(矢、矢……)


 しかし、うまく出てこない。


「真琴は実際に弓矢を使ったことがないんだったか?」

「はい。父が使っているのを見たことは有りますが……」

「そうか。それではうまく形が作れないね。ちょっと待っていなさい」


 北星が家に入り、本物の矢を持ってきて、真琴に見せた。


「見てごらん、これが本物の矢だ。これと同じような感じを頭に浮かべて」

「はい」


 実物を見て、想像がつきやすくなったのか、真琴が意識を集中して矢を作り出す。


「あ……」


 光のようなものが真琴の弓に輝いたかと思うと、その光は先ほど見た矢と同じ形を作った。


「どうして、こんなことが……」

「その破魔弓はおまえの力に反応して矢を作り出す」


 光の矢を見て驚く真琴に、北星はそう説明した。


「霊力で出来た矢だ。お前の霊力が尽きることがなければいくらでも矢ができるだろう」

「すごい、それでは無限に矢が射ることが出来るのですね」

「理屈上はそうだよ。でもいいかい、真琴。おまえはまだ妖から自分の身を守る手段を持たない。仮に何かと遭遇してもすぐに逃げるんだよ。 その矢も今は逃げる隙を作るのに使うくらいが精一杯だ」


 北星が真剣な眼差しで見つめ、真琴の肩を軽く叩く。

 同時に玄関先から物音が聞こえてきた。


「おや、お客さんのようだ。それでは戻ろうか」

「はい」


 返事をしつつも、真琴はちょっと残念な気持ちになった。


(もう少し色々と教えて欲しかったなあ。先生またいつ教えてくれるかな)


 北星がまた早く気が向くように、真琴は祈るのだった。

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