第6話 アメリカの……

「ダメですよ、先生。お昼はちゃんと食べないと」

「食べたくない……」


 ぐだぐだとする北星を励まし、真琴は昼食を摂らせようとする。


「先生が何か好きなものでも食べに行きましょう。きつねうどんでもいいですから」

「朝はきつねうどんって気分だったけど、今はそうじゃない……」


 めんどくさいことを言い出す師匠に、真琴がどうしようかと悩んでいると、外から声がした。


「アメリカの~」

「……アメリカの?」


 なんだろうとぐったりしていた北星が体を起こす。

 真琴はこれ幸いと北星を誘った。


「僕も何なのか気になります。行ってみませんか」

「そうだね、行ってみるか」


 うまく先生を動かせたと思いつつ、それを隠して、真琴は靴を履いた。


 二人が外に出てみると、天秤棒を肩に担いだ男性が歩いていた。


「パン~、パン~、アメリカのパン~」


 声を上げる男性に、さきほどのだるさはどこへやら、北星が軽快な足取りで近づく。


「アメリカでパン修行をしてきたのかい?」

「あ、いやぁ……」


 北星の問いかけに、天秤棒を担いだ男性は曖昧な笑みを浮かべた。


「アメリカっぽいパンを売っているということでして……」

「あはは、そのほうがなんとなくありがたみがあるものね」


 北星は怒るでもなく、くすくす笑い、籠の中を覗いた。


「どんなパンを売ってるんだい?」

「食パンです」


 男性が駕籠にかけている布を取ると、中から山型のパンが出てきた。


「ああ、これはふっくらとよく出来たイギリスパンだね」


 明治になると日本人向けにあんパンなどもパンも出来たが、外国人向けの山型あるいは角型の白いパンも作られていた。


 ただ、日本人にはまだまだ浸透せず、売れ行きはあまりだった。


(さっき、アメリカのパンって言って売り歩いていた気が……)


 真琴は気になったが、北星も男性も気にした風もなく、話している。

 このあたりはだいたいみんな適当なのだ。


「それじゃ、これを一斤」

「まいどあり」


 パンを買い、北星と真琴は家に戻ったのだが、真琴が家に帰ってからあることに気づいた。


「パンと……何を食べるんですか?」

「そうなんだよね。パンってきっとそこが問題で売れないんだろうね」


 返事をしながら、北星が皿を用意する。


「まだまだ家だと魚とか野菜が多いから、そうなると、ご飯になるしね。だから甘いパンが流行ってるのだと思う」


 北星は皿にパンを乗せ、笑顔を浮かべた。


「ま、いいじゃないか。このまま食べよう」

「パ、パンだけですか」


 真琴はどうなのかと思いつつ、北星の前に座って、一緒に食べ始めた。


「……あ、おいしい」

「うん。風味がいいから美味しいね。これだけでたくさん食べられそうだ」


 ほくほく顔の北星と一緒に、真琴もパンを食べたが、どこか浮かない顔だった。


「どうしたんだい、真琴」

「あ、いえ……」


「お昼がパンは嫌だったか? それとも、何か気になることがあるのかい?」

「あ、パンは美味しいです。そうではなく、その……」

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