第5話 憑き物の最期

 真琴がそんな感想を抱く中、北星が憑き物の根本を、辰吉の背中から剥ぎ取った。


 そして、間を置かず、その取った憑き物を両手で挟み、パンッと除霊した。


「お、何の音だい?」


 音が高く響いたため、辰吉が体をひっくり返して、北星に顔を向けた。


 両手で挟んで憑き物を潰した北星は冷たい目をしていたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「施術完了の合図です。どうですか、少し軽くなっていませんか?」

「ん……? お、おおっ、すごいや、先生。肩も背中もすごい軽くなってるぜ!」


 辰吉がぶんぶんと腕を回して見せる。


「それは良かった。これからお仕事でしょう。どうぞ頑張ってくださいね」

「おう! いや、本当にありがとうな、先生」


 快調になった体を起こし、辰吉は籠に入れた自分の荷物を取った。


「ここ最近、実入りがいいんだ。受け取ってくれ!」


 真琴が釣銭を用意する暇も与えず、辰吉はお金を払って、風のように去って行ってしまった。


「受け取ってしまって、良かったのでしょうか……?」

「いいんじゃないかな、辰吉さん、最近は儲かってるみたいだし、それに憑き物を祓う代金としては、うんと安いくらいだしね」


 ご機嫌で仕事に向かう辰吉を見送ったものの、真琴のことはどこか表情がさえなかった。


「……」

「どうかしたかい?」

「あ、いえ。儲かっている分、辰吉さん忙しそうだなぁて」


「そうだね。何せ今の東京はどこもかしこも新建築を作るのに大忙しだ。二月の半ばには偕行社かいこうしゃの新築落成式があるそうだしね」


 偕行社とは陸軍将校の集会所・社交場である。

 明治十年に東京九段に偕行社の建物が出来たのだが、年々、会員が増加し、煉瓦造りの新しい建物が建てられることになったのだ。


 今の東京はあちこちでトカトントンと金槌の音が止むことがない。


「すごいですよね。学校でも今度、上野公園である博覧会の……」


 真琴の話の途中で、カタカタと玄関のほうで音がした。


「あ、どなたかいらっしゃいました」

「朝早いから菊さんかな」

 

 菊さんも常連のお客さんである。


「扉を開けるのに難儀なんぎしているのかもしれないから、行ってあげなさい」

「はい!」

 

 真琴が元気にお迎えに行く。

 

 その後は菊さんも他のお客さんも、憑き物ではない普通のお客さんだったので、北星は肩を揉んだり腰を揉んだり普通の対応をした。


 お昼どきは一時閉店である。

 北星はお客さんがいなくなると、急にぐったりした。


「あ~、もう何もしたくない」

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