第3話 真琴の見たモノ

「ん、どうした?」


 振り返った辰吉に、真琴は慌てて表情を繕う。


「ちょっとしゃっくりが出そうになって」

「あはは、ひゃっくりは百回すると危険らしいから、気をつけなよ」


 辰吉が笑いながら履き物を脱いで、店に上がる。

 真琴は少し離れて付いて行きながら、辰吉の背中を見て、ぞっとした。


(べったりと何かが張り付いてる……)


 辰吉の背中には黒い何かがくっついていた。


 汚れではない。憑き物だ。


 真琴にはハッキリとは見えないが、何かがついているくらいはわかる。

 辰吉の背中についていた憑き物の一部がゆらぁっと動いた。

 

 一瞬、自分のほうに向かって来そうな感じがして、真琴はその憑き物から目を逸らした。


 出来るだけ見ないように目を逸らしたまま、辰吉と一緒に診察室に入ると、北星が仕事用の上着を着て、準備を整えて待っていた。


「よう、先生。悪いなぁ、朝から。今日も仕事なんだけどよ、どうにも肩と背中が凝っちまって」

「大変ですね。どうぞ、揉みほぐしますので、横になってください」


 畳の上に敷いた施術用布団の上に、辰吉が寝転がる。

 敷布は昨日洗ったばかりで綺麗なのに、憑き物のせいで薄黒く見える。


 憑き物は辰吉から離れないと意思表示でもするかのように、ベタッと寝転がった辰吉の背中いっぱいに広がった。


 北星は赤みがかった黒の瞳でじっとその憑き物を見据えた。


「辰吉さん、ずいぶんと肩も腰も凝りがひどいでしょう」

「おー、さすが狐森先生。見ただけでわかるのか。そうなんだよ、なんとかしてくれねえか」

「ええ、なんとかいたしましょう」


 北星が辰吉の肩に触れると、その北星の手を払おうと、辰吉に張り付いた憑き物の中から小鬼が出てきた。


 一匹ではなく、小さな角を生やした、腹の出た赤い小さな鬼が、ぴょこぴょこと黒い憑き物から出て来る。

 

(どれだけいろんなものが溜まってるんだろう……)


 真琴はそばで見ていて怖くなったが、北星は柔らかな口調を崩さず、辰吉と話している。


「肩のあたりも今日は凝りがひどいですね」

「そうなんだよ。この間、普段と違う現場に行ったからかなぁ」


 話してる間にも小鬼が増えていく。


(あっ……!)

 

 小鬼のうちの一匹が、北星の白い指に噛みつこうとした。

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