第3話 この想いは裂けないで
「やっぱりいた」
「……もう来なくてもよかったのよ?」
口裂け女さんと出会ってから三日目。
僕は昨日と同じように彼女のもとに来ていた。
それまでと何ら変わらない態度で挨拶をする僕とは対照的に。
彼女の方は少しうんざりしたような感じだ。
さすがに「来なくてもいい」はちょっと傷つくじゃないか。
「そっか、じゃあ帰ります。せっかく、またべっこう飴買ってきたのにな……」
「スト――ップ‼よく来たわ!」
べっこう飴を見せると彼女は昨日と同様に目の色を変える。
フリスビーを投げる前の犬のような反応するな、この人。
彼女は尻尾を振って僕の前まで歩いてくる。
「今回はすぐにくれるのね?」
べっこう飴を手渡すと、今回は何も間に挟まなかったことを彼女に指摘される。
ぐっ……。
僕は絞り出すような声で彼女に告げた。
「ハイ〇ュウ忘れたんだよ……」
ここに来る途中、残りのハイ〇ュウを昨日食べてしまったことを思い出して絶望した。
まさに痛恨の極みだ。
彼女にもハイ〇ュウの良さを分かってもらおうと思っていたのに。
だが僕が悔しがっているのとは裏腹に、彼女の方は昨日と変わらないほど嬉しそうにべっこう飴を胸に抱えている。
「何か餌付けみたい……」
ボソッとこの光景を見た自分の感想を言ったら、彼女の耳がぴくっと反応し。
「何ですって?」
聞き捨てならない、といった風にガンつけてきた。
「いや……餌付けみたいだなって」
「誰が餌付けよッ‼」
そしてもう一度さっき言ったことを繰り返すと、いきなり彼女は声を荒らげきた。
餌付けという言葉にイラっとしたようだ。
ちょっとデリカシーがなかったな。
「ごめん、言い過ぎた」
素直に謝ると彼女は思い出したように。
「そういえば私、口裂け女なのにあんたを怖がらせてないじゃない……」
「えっ、今頃?」
彼女の言葉に素っ頓狂な声を出してしまう。
まだ怖がらせようとしてたんだ……。
「だけど私ったら、あんたを怖がらせてないどころかこんな風になめられて…………」
だが僕のそんな声など耳に入っていないように独り言をつぶやく彼女の顔は悔しさにゆがんでいる。
べっこう飴がメインになりすぎて、実は本業忘れてたでしょ。
「でももう怖くないし……」
昨日ハイ〇ュウをあげたばかりにどう猛な獣と対峙することになった僕にとって、今の彼女がどうとしたところで怖くはない。
というかそもそも貴方をあんまり怖がっていないでしょ、僕。
だが、「怖くない」と言った僕を鋭い瞳で射抜いた彼女は。
「こ、こうなれば私の恐ろしさ、あんたに見せつけてやるんだからっ‼」
ちょっと焦ったようにしつつも思い切りマスクを外し。
「さぁ、私の顔を見て恐れおののきなさいっ‼」
盛大に声を出して自分の顔を見せつけた。
彼女の、口裂け女の噂が登場したのは1970年代末と言われている。
ということは、彼女は今の動作を40年以上繰り返しているという訳で。
こちらとしてはこの職人技はさすがというほかなかった。
スムーズなマスク捌きだ。
「って、そこに注目するんじゃないっ!」
彼女のマスクの外し方に感心していると、彼女からツッコまれた。
「小〇知事のようなスムーズさだったよ?」
「だ、だからっ……!」
怖がらせるはずが、的外れなことを指摘された口裂け女さんは。
自分の思い通りにならない展開にヤキモキしているようだ。
調子がくるって焦る彼女を見るのも意外と乙なもの。
「こ、これでもっ、私を綺麗と言える?」
このままでは埒が明かないと、彼女は無理やり一昨日の続きを始めた。
耳元まで裂けた口を見せながら、僕に問いかける。
でもこれには僕の答えはもう決まっていて。
「きれいじゃない」
「なっ……」
僕は即答した。
この早さはさすがに予想外だったのか、彼女の方は言葉に詰まっている。
そこまで言ったところで。
「……って言ったら?」
彼女に時間差で逆質問をした。
彼女の方は虚を突かれて、一瞬ポカンとしている。
もちろん、口裂け女に「きれいじゃない」と言ったらどうなるのか、知っている。だけど、彼女の口から直接どうなるのかを聞いてみたかった。
昨日感じた本当の彼女をもう一度見てみたかった。
「そ、そん時はあんたを……」
緊張した面持ちになって僕の質問に答える。
「僕を?」
「せ、背中に隠し持った鎌で切り刻んでやるわっ」
さらに追及すると、「どうだ、参ったか」と言わんばかりのドヤ顔で鼻を鳴らし、得意げにそう言い放った。
「……じゃあその鎌、見せてよ」
「な、何で?」
「もし殺られるんだったら、どんなもので殺られるのか気になるから」
「鎌なんて全部一緒よ……」
「じゃあ、見せてくれてもいいでしょ?」
「そ、それは……」
口裂け女さんの顔が明らかに曇った。
ぐぬぬ……、と僕を見つめながら顔をしかめている。
――分かりやすいなぁ、もう。
「きれいじゃない」
「えっ……」
彼女がハッとしたような表情になった。
「ほらっ、言ったよ。だから鎌見せて?」
僕からの追撃に。
口裂け女さんは裂けた口を閉じてそっぽを向いたかと思うと。
「………………持ってない」
「やっぱり」
僕の追及に被疑者は小さく口を開き、正直に自供した。
「ふふっ」
そんな姿を見て、思わず吹き出してしまう。
「な、何がおかしいのっ?」
「口裂け女さん、実は優しいでしょ?」
「なっ……何ですって。私は……」
「きれいじゃないな~?」
「うっ…………」
鎌がない口裂け女を弄る。
彼女は鎌がない代わりに抵抗しているつもりなのか、ポカポカと僕の腕を軽くたたいてきた。
顔は口が裂けている部分まで真っ赤だ。
「でも僕はきれいだと思うよ」
「へっ……⁉」
僕がマスクを取った彼女を見て思った事を正直に伝える。
「な、何を言っているんだか……?」
惚けたように僕から視線を外して、腕をたたき続ける口裂け女さん。心なしかさっきより叩くスピードが速くなって、その強さも増している気がする。
「目鼻立ちも整ってるし、……口元も僕は気にならないよ?」
「あ、あなたねぇ……っ⁉」
「だって、きれいだから仕方ないじゃん」
もう一度、自分の気持ちを伝える。
彼女の目が点になった。
マスクを外してあらわになった彼女の顔。
耳元くらいまで大きく裂けた大きな口にすぐ目が行くけれど。その目鼻立ちはとてもよく整っていて。
それは間違いなく美人の部類で。
「そ、そんなこと言って……は、早く今日もバイトに行きなさいよっ⁉」
慌てた彼女は昨日と同じように背中を押そうとするが。
「今日はないよ」
その彼女の手を掴み、バイトに行く必要がないことを告げる。
えっ、という声が漏れた後。
「じゃあ、……今日は何で来たの?」
素のリアクションをされてしまう。
どうして来たか、本当に分かっていないらしい。
鈍感だと、こういう時に困るな。
「今日は、口裂け女さんに会いに来たんだよ」
ちょっと自分の頬に熱が帯びたのが分かった。
「そ、それって…………」
だけどそれ以上に彼女の頬がだんだんと真っ赤になっていく姿に目を奪われた。
ようやく気付いてくれたらしい。
彼女の腕をがっちりと掴む。
ちょっと強引かもしれないけど、僕は彼女の体をグッと引き寄せ。
「僕と付き合ってよ」
こわばって瞠目している彼女に僕の想いをぶつけた。
その一言にポカンと口を開けた彼女の頬もそれに合わせて徐々に裂けていく。
「ダメかな?」
もう一回交際のお願いをすると、彼女は我に返り。
「でも、でもっ。……私、口裂け女だし」
あたふたしながらも、僕の告白を断ろうとする。
断ろうとしているはずなのに恥ずかしそうに目を背けているあたりがいじらしい。
まんざらでもないご様子だ。
その顔にホッとする。
「僕と付き合ってください」
「だ、ダメっ。私、口が裂けてるんだからっ」
「そんなの気にする必要ないよ」
「どうしてっ、私は口裂け女なのよ⁉」
どうしても交際を認めてくれない彼女に、もう一度視線を絡ませて説得する。
「僕は口裂け女なんて気にしないから」
「だから、何で気にしないのよっ⁉」
このままじゃ埒が明かない。
僕はおもむろに自分のマスクを外して答えた。
「だって、僕も口裂けてるんだもん」
裂けては通れません! 春野 土筆 @tsu-ku-shi
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