ほこりっぽく、せまくるしい刑事課第一課。

灰色の事務机が所せましと並べられている部屋に、

刑事たちは出はらっているようで人はほとんどいない。


部屋の奥には肘掛のついた椅子にどっかりと座っている大柄な男。

鬼瓦課長。煙草を吸っていて時々、灰を床に捨てている。


「ただいま戻りましたぁー」

明るく大きな声で中間は部屋に入ってくる。

中間の前にはうつむき加減の納谷がトレンチコートを脱ぎながら神妙な顔で

入ってきた。


その姿をちらりと見て鬼瓦はしゃがれた大声で声をかける。

「うぉーうぉーい!納谷ぁー。ちょっと来い、ちょっと来い!」


それを無視する納谷。中間は「はーい」と返事をして、

納谷の肘をつかんで鬼瓦の席に向かう。


「どおだった。ダム湖の件。え?どうだった?」


タバコを吸って、納谷の顔をギラギラした目で見つめる。


中間のほうがしゃべり始める。

「今、湖を捜索中なんですが…被害者の身元はまったくわからず、

自動車が湖から発見されたそうです…あと…実はですね…焦げた人の指と思われる物体…」

鬼瓦は中間をさえぎって納谷のほうを見る。

「おい!納谷に聞いてんだぞ!おい!」

そういわれると上の空だった納谷は驚いて

「ああ。そうだ。このマッチと同じ」

ポケットからいつも持っている∞マークの箱を取り出しながら

「このマッチ箱と同じマッチ箱と思われるものが落ちてたんです」

中間は納谷と鬼瓦の顔を見比べて口をはさむ。

「そうそう!そうなんですよ!」

目を見張る鬼瓦。

「ほおーう!ようやく、うごきそうか。鈴木家の神隠し」

「どうでしょう。鑑識の大崎から正式に情報は流れてくるでしょうから」


鬼瓦はタバコの吸い殻を床に捨てて靴で火を消す。

「あれから何年だ。」

「もう七年になりますな。」

「そうか…鈴木家失踪事件…そろそろ時効だな」

「ええ」


ーーーーー7年前ーーーーー

オレンジ色の夕陽が沈みそうな頃。

遺伝子治療薬の開発企業につとめる鈴木はいつものように、

定時退社して自宅に向かう。もよりの駅を降りて自宅までの道のり。


「ん?」


鼻をくんくんと空に向けて周辺をかいだ。

「最近、この辺はいいにおいがするなぁーラベンダー咲いてるのか?」

この辺にラベンダーを育てている庭も思いつかないので、

不思議に思ったが、いい香りということで軽い足取りで帰路を急いだ。


この辺りは古いマンションが立ち並んでいる。

そのマンションに囲まれるように2軒だけ、

ほとんど同じデザインの2階建の建売住宅が並んでいる。


その一軒が鈴木の自宅だ。家が見えてきたところまで来たとき、

「ゴホッゴホッ…鈴木さん…」

とせき込みながら声をかけられた。振り向くとマスク姿の隣人。

「あっ!どうも。風邪?ですか」

「ええーいま、うち、全滅なんですよぉ。息子も嫁も。風邪うつっちゃって」

「そうなんですか…気を付けて」

鈴木は自宅の門扉について軽く会釈をして別れる。


ーーーーーー


納谷はメモを読み上げて宙を見つめる。

「それでか…」鬼瓦はタバコの煙を吐く。

「ええ…」


中間はふたりの表情を見て話しを続ける。

「しかし、あれからずっと聞き込みを続けてるんですが…

近隣の住民はなにも知らないらしくて」

鬼瓦は口をはさむ。

「でも不信な点もあるんだろ。ちょうど鈴木家がいなくなった日に、

火の玉を見ただとか…地面が揺れたとか…オカルトみたいなこと」

「ええ…」

納谷は宙を見上げたまま

「それも…証拠がないんですな。消防署に連絡もないし…気象庁でも地震の記録がなかったり…」

鬼瓦は灰を落とす。

「まぁ結局、例の…∞マークのマッチだけなんだな…手掛かりは」

「はい」

「それも…マッチのメーカーや印刷所などに問いただしても…」

「まったくわからないんですよ」と中間。

「もうすぐ…だよな…時効」鬼瓦はタバコを吸う。

「はい」そう納谷は即答して天井を見つめる。



白い内装の広いキッチン。

大きなテーブルにはいくつもの皿がならべられている。

高級総菜が盛り付けられていて、ワインのボトルが2本おかれている。


テーブルでは明日香と母の泉流が向かい合って食事をしている。

55インチのテレビが壁掛けされていてニュースが流れている。


泉流はカレンダーを見つめて、思い出したかのように明日香にたずねる。

「そういえばさ。明日香ちゃん。誕生日のプレゼント…何がいい?」

そう聞くと明日香はそっけなく

「うん?なんでもいいよ」と答える。

「もうーまったく欲のない子ねー」

「あの人…パパの誕生日も…そろそろ…だよね」

「ああ。そうね。明日香ちゃん…パパ好きだったもんね…カレンダーの〇印、

毎年、書いてるよね」

「うん…好きっていうほど、覚えてないけど」


テレビのニュースキャスターは、慌てた様子で話題を変える。

「いま、入ったニュースをお伝えします。先ほどアメリカの公民党議員と思われる

議員30人ほどが集団自殺した模様…」


泉流はテレビを見つめる目に力が入り、

ワインを一気に飲みほした。


その瞬間、テーブルがガタガタと鳴って、

ワイングラスがパリーン!と大きくはじけるように割れた。

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Saint Escapeー聖女逃避行ー sori @sorie

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