空は曇り空。閑静な住宅街。

冬の峠は越したが、陽ざしのない日は風が冷たい。


昭和時代に建てられた二階建ての一軒家の前。庭は雑草が生い茂っている。

その家の前には5階建てのふるいマンションが道を挟んで建っている。


刑事の納谷五郎はトレードマークのトレンチコートの襟を立てて、

一軒家を見上げて深いためいきを吐く。

内ポケットからクシャクシャのショートホープを取り出して、

使い捨てライターで火をつけようとする。

シャカシャカ…シャカシャカ…シャカシャカ…何度も石をこするが、火がつかない。

オイルを確認するため、ライターを遠ざけて老眼の目を細めて見る。


「ちぇ」


あきらめて吸いかけた煙草とライターを内ポケットに戻す。


「あああ納谷さん~だめだめ!今どきタバコ?まだ…やめてないんですかー?」


色白で可愛い顔をした水色のスーツを着た男。30代前半のサラサラヘアーの中間が駆け寄ってくる。


納谷はこれ以上ないほどの皺を、ひろくなったおでこに寄せて男性を見つめる。


「おおなんだ。中間。車にいろっていったじゃねえか」

「何言ってんすか…僕だって刑事ですよぉ。現場見るくらいいいでしょ。しかし、まだ、あきらめてないんですね。ここの事件…そろそろ、あきらめても…」


「うっせ。鈴木家失踪事件…まったく解決できてないんだ。これほっとけないだろ!しかしなんだ、てめぇ…女みたいな甘い匂いさせやがって。そりゃ香水か。いま、はやりの…ドルチェなんたらっていう」


「は?ちがいますよ・・しかもドルチェなんたらって。ちょっと古いし…」


「うつせ」

「あっ!そっちそっち!うっせえわって流行ってますけどね」


納谷の腹がグーっと鳴る。それを見ていてニヤニヤしながら中間は納谷に聞く。


「そろそろ昼にしますか?」


冷たい風が吹き抜けてトレンチコートの裾をはためかせた。

寒さに身震いした二人は、路肩の車にそそくさと飛び乗った。


車内に入ろうとすると納谷はポケットから古いマッチ箱の入った小さなビニール袋を落とす。それを拾い上げて助手席に座った。


「あっ納谷さん。今日も持ってるんですか…あのマッチ」

「ああこれな…無限マークの入ったマッチ…」

納谷はさっき落とした小袋を中間に見せる。


「ああ、それそれ!∞のマークのマッチ。鈴木さんちの失踪事件の唯一の手がかりなんですよね。しかし、こんなマッチのメーカー、結局、見つかりませんでしたよね」

「ああ。そろそろ時効がみえてるし…オレの定年も秒読みだしな」

「そうですよね」

ブルルーと中間はエンジンをつける。

「まぁ、とりあえず冷えたからラーメンとか食わないですか」

「おっ!たまにはいいこというなバカなかまも!」

「それ辞めてくださいよ…ばかなかまって。納谷さん以外だれもいってないじゃないですか」


その一連の姿を5階建ての古いマンションのベランダから誰かが見つめている。

雲間から一瞬、太陽の光を反射して、各部屋の窓を通して無数の光がキラリと輝いた。

それを見た納谷は目を細める。



ラーメン屋の店内はカウンター席が6つ。テーブルが3つのこじんまりとした店内。

テレビが天井に備え付けられた台に置いてあるが、少ない客はラーメンを食べることに集中していた。


納谷と中間はラーメンをすすっている。テレビでは昼のニュースが流れている。

アナウンサーが淡々と原稿を読みあげている。


「本日、黒田ダム湖で釣りをしていた男性が湖で人の指と思われる物体を発見…」


テレビを見ていた中間。

「黒田ダム湖…ここから近いですねー」

「ああ」

「現場行けって連絡あるかも」

「ああ。その可能性もあるかなぁ。人の指か…」

「怪しいですね」


中間のバッグから電話のバイブレーターが震えた音がする。

ブルブルブルーブルブルブルー

バッグからスマホを取り出して耳にあてる。

「はい。中間です」

スマホからしゃがれた声の男が聞こえてくる。

その声はスピーカーじゃなくてもうるさいほどの大きな声だ。納谷と中間は顔をしかめて笑いあう。


「おお中間か。いま納谷と一緒か」

「はい」

「黒田ダム湖から人の指が見つかったらしいんだ。現場いってくれるか」

「ええ。今、ちょうどテレビで見ま…」

話している途中で電話の向こうの相手に通話を切られた


中間は、あきれた顔でスマホ画面をタップして通話を切る。


一連のやり取りを聞いていた納谷はラーメンのスープを一気に飲み干した。

「さぁ!行くか」

「えっ?まだ、僕、食べてないですよー」


霧が深く、あたりを包む湖。

数台のパトカーがパトライトを回して停まっている。

湖のほとりには黄色いロープが張りめぐらせていて、

ロープ内には数多くの鑑識員が作業をしている。


コートのポケットから白い手袋を取り出しながら、

納谷がロープをくぐって中に入ってくる。

納谷の後ろには中間が小走りでついてくる。


その様子を見ていた鑑識のひとりが声をかける。

「あっ!納谷さん」

「おお大崎か。ごくろうさん」

丸眼鏡をはめた、小柄な男。鑑識の大崎が納谷に近づいてくる。

「これ見てください」


小さなビニール袋を納谷に差し出した。

それを受け取り、見つめた納谷の顔色が変わった。


「これっ…」


鑑識は答える。

「はい…無限マークの」


そういうと∞マークのついたマッチを袋から取り出して見せた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る