第11話 落とし穴の罠④
倒れ伏している吸血鬼を膝立ちになり抱える。
もう抵抗の意思はないようで今では穏やかな様子だ。焼けた体では口を開くのも辛そうだが、構わずに呟き始める。
「案外と……強かったな、アンリは」
「本気を出していなかっただろ。何でだ?」
「……いや、我は死力を尽くした。体が弱っていてな、あれが精一杯だ。あまり……老人を虐めてくれるな……」
吸血鬼は見たことのない魔術を使っていた。まだまだ奥の手はありそうだったし、最後には戦うことすら諦めていた。あれが本気とはとても思えない。
「なにか言い残すことは無いか?」
「もう残す言葉も相手も無いさ。狩りも──児戯も終わりだ」
吸血鬼が言っていた〝ル・カイン〟がこのダンジョンの謎を握っているのだろうか。石碑──ル・カーナの血縁者であるかもしれないが、謎は深まるばかり。
「このままだと死んでしまう。アンデッドを治癒する方法を教えて欲しい」
「アンデッドに死ぬとは……面白い冗談だな」
三通の手紙の受け取り主はこの人だったのだろうか。
どこか寂しげに見える吸血鬼を見て、ある考えに思い至る。
「もし良かったら領民にならないか? 何もない所だけど、友達が出来れば楽しい……と思うぞ」
ダンジョンで治癒方法を探して助ければ、領民になってくれるかもしれない。襲われはしたがこの吸血鬼は悪人ではないだろう。
「友か……懐かしい言葉だ。だがもう全てが煩わしい、生きることに飽きたのだ」
吸血鬼の体が崩れ始める。
「おい! このままだと死ぬぞ!」
「……長い時間を過ごすうちに、いつしか願うようになった……我を殺す存在が現れることを」
吸血鬼の目に力はない。生きる気力そのものを無くしているように見える。
「最後に……一つだけアンリの質問に答えてやろう。餞別だ」
「なら……」
聞くべきことは山ほどあるが、どれも吸血鬼の事を考えれば聞きづらい。死を覚悟した者を利用するのは道理が通っていないだろう。
ならば、聞くべきことは一つ。
「名前を聞かせてくれ。知らないまま別れるのは寂しいしな」
吸血鬼は面食らったようだ。あまりに馬鹿な質問に。
「ハ……ハハハ! 大馬鹿者め……ああ、笑ったのなど何年ぶりか。そうだな、教えてやろう。我はノス・トゥーラ。誇り高きノス家のトゥーラである」
「……トゥーラか。憶えておくよ」
トゥーラの足が先から灰になっていく。止める手段は無い。
「この場は我が故郷、我が城、遥か遠くの記憶の残響に過ぎない──」
ここは古代人がダンジョンを造る際に取り込まれた場所なのか。だとすると四階層以降では違う場所も取り込まれている可能性がある。
「ダンジョンの外に、東国に吸血鬼が治める国があるんだ。そこでならトゥーラも生きていける。気を強く持ってくれ」
「その国の始祖の名は?」
「エレオノーラ。純血の殺戮者。残虐さと寛大さを備え持った、偉大な吸血鬼だ」
「そう、か……そうだったか……」
彼らの作法だろうか、三通の手紙に差出人の名は無かった。最後に一滴の血が垂らしてあるのみだ。
「本当に残す言葉は無いか?」
トゥーラの体はほとんど崩れてしまい、もう声を発することしか出来ない。
「無いさ。これで終わりだアンリ。お前が何でここに居るかは分からないが、何か理由があるのだろう。全ての命は役割を持って生まれるもの。お前のそれは……何だろうな」
「俺の役割……?」
「……ああ、我も役割を果たそう。迷宮のおぞましい化け物は、何時の世も勇士によって討たれるもの。恩寵を……受け取るがいい……心優しき、大馬鹿者よ」
「おいっ!」
言い終わるやトゥーラは灰になって崩れ落ちた。赤絨毯に残る残滓──灰は光となって消滅する。
ドクンと心臓が跳ねる。膨大な──英雄のマナが体内で暴れまわり、俺の器が弾けそうになるほどだ。
祈りを捧げる暇すら無く、彼はダンジョンで死んだ魔物と同じように、消えた。
「帰ろう。ガブリール……」
「くうん……」
玉座の後ろに光り輝く門が見えた。
《マナ回収──上昇分恩寵度の初期化──個体名アンリ失敗》
《マナ回収──上昇分恩寵度の初期化──個体名ガブリール成功》
カーナの声がしたと思うや、ガブリールの体が縮んでいき元通りに。牙や爪の鋭さは失われていき、くうーんと弱々しく唸るガブリールは残念そうにしていた。
「血……火傷が少し残ってるな」
皮膚がすこし灼けていて、そこから血が滴っている。ガブリールは心配そうに傷跡を舐めてきた。少しくすぐったい。
「俺達は今どんな感じですか?」
《刮目して御覧あれ》
アンリ・ルクスド・ボースハイト
恩寵度:〇七三(六八増加) 能力:劣化無効
三階層 累計死亡回数:〇〇三九四
ガブリール
恩寵度:〇〇五 能力:劣化無効(獲得)
三階層 累計死亡回数:〇〇〇七五
「これなら……長兄と渡り合えるかな? まだ厳しいかもなあ……」
《人外の兄をお持ちのようで》
「ボースハイト家の男ってのは人でなしですから」
やはり俺だけ恩寵度が上がっている……が、何かおかしい。能力、そう能力だ。俺の〝劣化無効〟は老化・病気・怪我などで恩寵度が下がらないという──何とも言えない外れ能力だ。それをガブリールも持っている。能力は遺伝の要素も大きい。魂の歪みと関係しているらしいが、持つ人は五十人に一人程度、特性も千差万別であるから被ること自体も稀有である。それなのに──何故ガブリールと被った?
だが彼女の恩寵度は下がっている。これは大いなる矛盾だ。
劣化無効があるなら、初期化とやらは回避される。ならば結論は──
「俺の血を舐めて能力が移った……のか」
《能力とは魂の変質。血液は魂の経路。面白いですね》
「自分の体が面白いのは面白くないです。なんだこれは……? ダンジョンの性質が影響しているのか? それとも俺の体の特性がおかしいのか……?」
《どうでしょうね。あぁ、悩む若者を見るのは良い暇つぶしになります》
ダンジョンでは効率的な魔物討伐と死のリスクの回避が出来る。何回生き返られるかは不明だが、三九四回までは大丈夫なのだ。更に古代の遺物まで使えるとなれば、これは恩恵と言える。
「血。俺に流れるボースハイト家の血か」
自分に流れる血を誇らしいと思ったことはない。母を苦しめた一族の血が俺にも流れている。さぞ優秀なのだろうが──別に俺は王族の血など欲しくなかった。母は王宮になど入らずに、どこかで幸せな家庭を築いて欲しかったのに。
握り拳と噛み締めた歯を緩める。心配そうに見上げるガブリールと共にドアを開け、草原へ続く大穴の出口を見つめる。
このままでは外に出る時に面倒くさい。
人に見つかりやすくはなるが、土を階段状に掘り進める。腕力が飛躍的に高まっているので作業は容易かった。
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