第10話 落とし穴の罠③
そうして──昼も夜も無い場所で、長い時が過ぎた。
魔物を斬り斬り斬り、くまなく城内を探索する。内部には獣の魔物とゾンビやグールがひしめいており、その全てを斬り、噛み殺し、踏み潰し、鏖殺する。
出口らしき場所は無い。
蝙蝠が居たエントランスの大階段──その先がやはり怪しい。
昼夜は分からないが──体感で図る一日ごとにベッドの柱に傷を付けてきた。今日の分の傷を剣で刻むと、その数は九十五を指し示していた。
死に死に死に、そして蘇る日々。百を超えてから死んだ数を数えるのは止めた。
「今日こそエントランスを突破する」
そう言うとガブリールは低く唸った。
魔物を倒した数が増える度に、彼女の体躯は強靭かつ巨大になっていった。ドアを通る際は横腹がつっかえるし、俺が屈まずとも目線が合う。
エントランス前──大扉を押し開ける。
俺達が城内で暴れまわったせいで魔物達も警戒したのだろうか、大階段前はさながら戦場の様相だ。涎を垂らすゾンビが陣を組んでおり、腐肉の狼が陣の両翼で唸る。天井からぶら下がる大蝙蝠は俺の首を欲しているのだろう。
「
ガブリールが風を切りつつ突貫し、ゾンビの歩兵陣を食い破る。一体を咥えて上に放り投げ、爪で切り裂く。
「
腐肉の狼がガブリールに喰い付く前に、俺も戦陣に参加する。ガブリールは援護に注力し、俺に群がる魔物の掃討に専念する。
上空から殺気。一歩後ろに飛び蝙蝠の急降下を避け、横薙に斬った。
空間に赤の点描──まるでバッと血の花が咲き乱れるようだ。
「俺が前に出る!
器に満ちたマナが煮えたぎる感覚。蝙蝠が七体同時に急降下してくるので、下段から斬り上げ一を斬り、縦の斬撃で二を屠る。勢いを殺さずに体を一回転させつつ、三から七を横薙ぎの一閃で死に至らしめる。
「ゴゥアッ────‼」
ガブリールが強く吠え、声と同速の衝撃波がグールの一群を吹き飛ばした。仰向けの彼らは強靭な狼の前肢に踏み潰されていく。
かつて王宮で見た英雄の動きを強くイメージする。あの者たちは目より先に敵を感知し、唯一無二の能力で殲滅する──のだが、俺の能力は直接の役には立たない……。
「
敵空中戦力は完全に逸失、薄布を斬るようにして、ガブリールと共に地上戦力を撃滅すれば、エントランスは魔物の血に塗れていた。
大階段を登り、大扉を開けると赤の絨毯が奥まで続く廊下。本命の奥の扉が気になるが、途中にも扉が一つある。
「敵が部屋に詰めていれば挟み撃ちになる。先に寄ろう」
寄り道となるが途中の扉を開ける。まず目に入ったのは書棚で、墓石のように部屋内に乱立していた。四方全ての壁も書棚になっているので、ここは図書館なのだろう。
「崩れた……何百年経っているのやら……」
蒼い背表紙の本を取り出すと、紙の部分が粉状に崩れた。本の内容から此処がどこなのかを調べようと思ったのだが。
書棚の林を通り抜けると、文を書くための机があった。光沢を出すための塗料が塗られていて、引き出しを開けると手紙が何通かあった。
魔力で保護された紙のようで、手にとっても崩れない。内容は。
──純血の始祖、我らが父にして母、偉大なる盟主様にご報告します。
どうやら報告書のようだ。戦争があったようで、手紙の主は上役に被害状況・戦況の見通しをつらつらと書き連ねていた。
──魔軍の侵攻速度と規模は異常であり、七カ国連合軍の死者は四百万を超える見通しです。民間人を入れれば数の桁は一つ繰り上がるでしょう。
知らない戦争だ。そもそも四百万を超える軍隊など……大陸全ての兵をかき集めても難しい。これは世迷い言か創作なのだろうか。
──我ら三名、眷属として血の隷下の名誉を浴びた者は、尽く戦場の一翼を担う勇士として、家名に恥じない軍人として尽力致します。ですが戦場の習いとして、剣が折れ、矢が刺さり、膝が崩れ落ちる事もあるでしょう。死は恐ろしくありません。我らが只々恐れるのは盟主様のご不興を買うことのみ。どうか弱く、このような情けない文を出す私めをお許し下さい。闇の眷属たる我らですら、魔の影に怯える夜が恐ろしいのです。太陽が待ち遠しいほどに。
「遺言書のようだな。世話になった人に送る、最後の手紙のような」
手紙は三通。我ら三名とあるので一人ずつ送ったのだろう。
次の一通は几帳面な角張った字で、端から端までびっしりと書き込まれていた。
──そもそもこのような体たらくは、統一国家を成し得なかった人類の自業自得なのです。世に溢れる創作では『未知の敵現れし時、人類団結す』とありますのに、各国の首脳は次の覇権国争いを水面下で繰り広げる始末。戦争は政治の延長線上にあると言いますが、滅亡は強欲の延長線上にもあるのです。私めは憤慨しております。雲霞の如き魔の軍勢も、元を正せば我らの歴史の因果。滅びは必然たりや、死は悪果なりや、だというのにあの二人はピーピー騒ぐだけで、まだ蝙蝠の方が役に立ちます。やはり思うのです……貴方様の隣にふさわしいのは私めであると! 聡明かつ理路整然。人格と人徳に優れ、文武をそつなくこなす私めは最高の伴侶となりえます! 汚泥と牛糞が層になったような戦争など私めの采配で無事集結させてみせますので、無事帰還出来た折には、正室問題について再度ご検討頂きたく存じます。
「読んだだけで性格の分かる文章だな……これは。というか女の人が書いたのか。途中まで偏屈なおじさんを想像していたんだが」
最後の一通は乱雑な文である。文脈から察するに古代の話だと思うのだが、それだと俺がこの文字を読める説明が出来ない。古代語の解読は専門家の領分だ。
──
「…………字、汚いな」
三通の手紙に返事は出されたのだろうか。性格はどうであれ……三者三様の敬愛が感じられる文だ。無事に国元に帰れてたら良いのだが。
「この文、古代歴史研究家が見たら喜びそうだが、真贋は不明か」
持ち帰ろうかと思ったが止めておく。まだ読む人がいるかも知れない。よれた手紙は何度も読み返した形跡があるので、誰かにとって大切なモノだったのだろう。
図書室を出て本命の大扉前まで歩く。
悪魔の彫りが入ったそれは重く、ギギギと音を立てながら開けば、そこは謁見の間であった。王宮に匹敵するような荘厳さであり、装飾用の騎士鎧は剣を胸に抱き、主を称えるように並んでいる。
「なんだ〝アレ〟は……? 剥製か。まさか」
「グゥルルルッ‼」
声に反応するようにして、玉座に座った〝アレ〟は硬い音を立てながら首を上げる。まるで固まりきった関節を無理やりに戻すような不自然な音だ。
「誰だ……ル・カインか?」
化け物がこちらに虚ろな目を向ける。
エントランスの肖像画にあった男だ。
肌は病的なまでに青白く、白い髪が不健康さを助長させている。見た目からすると五十歳くらいの男だが、噂に聞く高貴なアンデッド──吸血鬼に見える。
「俺はアンリと言い、領主をしております」
誰かと聞かれたらこう答える他に無い。
「領主……? 異な事を。滅びきった無人の荒野に旗を立てる愚か者が、まだこの世に居たとはな」
「人は愚かなのです。愚かだからこそ愛おしいとは思いませんか?」
「愚かすぎると同列には見れんのだ。だが……そういった見方もあるか。己を愚かと認める人間よ」
「はい」
「…………」
俺の答えは沈黙を生んだ。気を損ねてしまっただろうか?
「この城の魔物を倒してしまいました。もしや貴方の眷属だったのでは無いですか? そうであれば謝罪したい」
「些事」
「お許し頂き感謝します。我らはこの城を出たいのです。方策をご存知では?」
「…………我は待ちくたびれた。時間が止まったような迷宮で無聊をかこつのも限界だ」
けだるげな声で俺の疑問は吹き飛ばされた。男が息を吐くたびに周りの空気が凍る。
「それは大変そうですね」
勿体ぶった言葉には無難な返事しか返せない。ル・カインなる人物も知らないし、城の主っぽいこの化け物が襲ってこないのも理解できない。
「…………人間か。若々しい血の匂いなど久しくある」
やはり吸血鬼だった。血の様に赤い目がこちらに向けられる。
「アンリ……我がどれだけの夜を耐えてきたか、貴様のような脆弱な人間に理解することは出来ぬだろう」
「それは辛かったでしょう……慰めに話でもしましょうか。俺が故郷で受けた多種多様な嫌がらせの話とかどうでしょうか?」
「下らない」
大受けするかと思ったが一蹴された。嫌な思い出だが嗜虐性の強そうな吸血鬼になら受けると思ったのだが。
それに友達など居たことがないから他に楽しい話は思いつかない。
「……………………はぁ」
吸血鬼が深い溜め息をつくと周りの空気が凍る。
落ちた氷の結晶がキラキラと光を反射して美しい。
「生き飽きた。ル・カインは来ない。ならばすることは一つ」
吸血鬼は玉座から立ち上がり手を前にかざす。すると何処からともなく杖が現れて手に収まった。
「暇つぶしに狩りを始めよう。獣は貴様だ。足掻くが良い」
杖を掲げると氷槍が宙に浮かぶ。
「さあ楽しもうか」
掲げられた杖が振られる。氷の槍は回転しながら俺の体を貫かんと飛来してきた。
濃厚な死の気配──背筋に冷たい汗が流れる。
「クソ!」
横に飛び跳ねて間一髪で避ける。鎧を着込んでいるので金属が当たって少し痛い。避けた先にも氷の槍が飛んでくるので、みっともなく転がり回って避ける。
「待て。こちらに敵意は無い! 話し合おう!」
「許可しない! 狩られるのが嫌だと言うなら我を殺してみせよ!」
そう叫ぶ顔は酷く歪んでいて、愉しむ者のそれではない。
「──ッ! やるしかないのかっ!」
地面を蹴って飛ぶようにこちらに突進してくる。振るわれた杖を剣で受け止める。二合、三合と打ち合い、バックステップで距離を取った。
もう話し合いは無理だ。この場で打ち倒す他にない。
治癒ポーションを取り出して剣に掛ける。アンデッド相手ならば治癒の力は逆にその身を灼くだろう。
「次は魔術だ。耐えられるかな?」
吸血鬼がまた氷の槍を六つ射出してくる。
ガブリールが強く吠えて衝撃波を出すが、勢いを削ぐだけに留まる。
吸血鬼がボソボソと呟くと、鮮血が彼の周りを舞う。稲妻のように形を自由自在に変えつつ迫ってくる。
「
間一髪。何とか避けると装飾の騎士鎧が鋭利な断面を残したたま両断される。もし当たれば致命傷となりえる。
「なっ! 死が恐ろしくないのかっ⁉」
地を蹴って肉薄。横薙ぎに斬りつける。
「グァアアアッ!」
吸血鬼の腹部から血が溢れる。思った通りに治癒ポーションは効いているようで苦しげだ。歪めた口元から苦しげな息が漏れている。
「……興味深い。眷属を倒して力を得たか。よくぞ折れぬものよ……」
吸血鬼は顔を歪めながら杖を頭上に掲げると、雪山にいるような吹雪が部屋内に吹き荒れる。吐く息が白くなるほどに寒く、視界が極端に狭くなる。
「これを耐えられるか!」
先ほどとは比較にならない程大きな氷の槍が飛んできて、避けきれずに左腕が大きくえぐられた。穿たれた傷口から血が溢れ、熱い。
「ぐぁあああ‼」
歯を食いしばって治癒ポーションをかける。もう在庫は空っぽだ。
「ハハハハ! どうだ痛いかッ!」
「そこかあっ‼」
声のする方に突進する。吹雪を突き抜けるようにして進み、勢いのままにしがみつくと、吸血鬼は苦しげな声を上げた。
「グゥ! 何をするか⁉」
しがみついたまま〝爆炎のスクロール〟を取り出して読む。
スクロールを基点とした火炎が発生し、猛り狂う火は吸血鬼と俺を包み込んだ。炎が身を焦がす前に〝転移のスクロール〟を読み、俺だけが火中から脱出する。
奥の手として持っていたスクロールを使うのは勿体ないが、強敵に対して出し惜しみするのは愚策だろう。
「グゥウウウウウッ!」
火の中で吸血鬼が叫んでいる。アンデッドは聖なる魔術や火に弱いと聞く。
吸血鬼は苦しみながら一歩ずつこちらに近づいてくる。火に焼けただれた肌は悲痛だ。先程までの高貴な立ち振舞は既に無く、今では化け物のそれと変わりがない。
「人間……いやアンリ。もう終わらせてくれ」
吸血鬼が杖を構え、それに相対するように剣を構える。
首肯してから剣を振り下ろすが、吸血鬼は抵抗しなかった。
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