第9話 落とし穴の罠②
【二回目】
「……くそ、また死んでしまった。ガブリールは無事か」
立ち上がって見渡すと、ガブリールが耳を伏せて怯えていた。
「ここは……さっきの寝室じゃないか!」
閉じ込められた! 死ねば石碑の部屋に戻る、というのは絶対のルールでは無いのか。蘇生魔術はカーナの手によるものだと思うが、蘇生場所は一定の法則があるのか、それともこの城らしき場所が阻害しているのか。
「……この部屋で待っているんだ。剣を取り戻してくる」
ガブリールが器用に前足で目を隠しつつ怯えている。しばらく小刻みに震えていたのだが、口を閉じたまま「うぉっふ」と吠えて、すくりと立ち上がる。
「待っていなさい」
足元に首を擦り付けてくるので撫でてやると、ガブリールはドアを見て頷いた。
「…………」
ドアを小さく開けて俺だけ出ようとした所、ガブリールは鼻先を突っ込んで廊下に躍り出て来て、エントランスに続く長い廊下を見据えて、小さく唸った。
「危なくなったら……この部屋に戻るんだぞ」
「ワンッ‼」
「犬みたいに吠えたっ⁉」
「ガウガウッ!」
「やり直したっ‼ ……うん。俺よりジョークセンスがあるな」
笑うと失われていた元気が絞り出されてきた。
エントランスに続く大扉前で作戦を練る。剣を取り戻して、まずはこの場所から逃げるのだ。足の速いガブリールが剣を咥えてくれれば万々歳である。
「俺が囮になる。ガブリールは後から入って寝室まで逃げること」
こくこくと頷くガブリール。狼は群れで狩りをする生き物だから、こうやって主が指針を示すべきなのだ。
「さあ行くぞっ!」
ドアを蹴破ってエントランス中央、俺由来の血溜まりまで全力で走る。天井から弧を描くようにして魔物が強襲してきて、太ももが大きく切り裂かれた。
「──ッうう! 空を飛ぶな! 卑怯だとは思わないのかっ!」
すっ転んでしまったが何とか剣は拾えた。
走って戻るのは不可能。ガブリールは懸命に魔物の攻撃を紙一重で避けている。目線が合ったので剣を放り投げると、ガブリールは口でキャッチ。そのまま大扉まで戻ろうとしていたが──左右から迫ってきた魔物に体を三つに捌かれてしまった。
「クソがぁああっ──────!」
急降下してくる魔物に胴体を貫かれ、俺は「ぎゃー」と言いながら、死んだ。
【五回目】
「敗因だけど部屋が暗いせいだと思う。俺達は目が頼りなんだ」
「くうん……」
魔法のランタンを壁から引っ剥がして、十ほど持ってきた。開け放たれた大扉から全てをポイポイと投げ込むと部屋が明るくなる。
剣も最初と比べるとかなり近い所にある。
俺は全力疾走からのスライディングで剣を取り、高速飛来する魔物に剣先を叩き込むが──普通に力負けして死んだ。
【八回目】
「治癒ポーションを飲みながら戦おう。死んだ場所に落ちてるから」
「くーん」
全力疾走からのスライディングで剣を取り戻し、ポーションの瓶を拾って迅速に開ける。呑口を咥えつつ剣を上段に構える。
魔物の飛来──肩口を大きく切り裂かれるので、瓶を傾けて少しだけ飲む。
「
傷口が瞬時に塞がる。まずは敵の軌道を見据えるのだ。大蝙蝠の魔物達は天井や大階段の手摺に止まり、高所からの奇襲を得意としている。
上を見据えるのだ。人生の如く。
「
血で濡れた魔物が飛来してくる。前の斬撃は僅かだが傷を与えられたのだ。
乾坤一擲──瓶を噛み砕きながら、全てを込めた大上段からの斬撃を見舞う。
「っらぁああああッ──!」
「ギィッ──────‼」
当たった! 地に落ちた魔物がバタバタと暴れている。ガブリールが駆け寄って首元に噛み付くが、鉄の如き体皮は牙を寄せ付けていない。
剣を逆手に持ち、何度も魔物に突き立てる。強化された鋼鉄の剣で何度も、何度も。小さな甲高い悲鳴を聞きながら、十度目の攻撃で、魔物は死んだ。
「ぐわぁあっ!」
左肩に魔物の突撃が当たる。そうだ魔物は一匹ではない。首を上げて敵の総数を数える。骨の痛みを我慢して目を左右に動かすと──
「一、二、三──総数は十八っ!」
多くないだろうか。剣を持ったまま逃げようとした所、後ろから突撃されて、俺の胴体に大穴が開いた。
【十四回目】
「飛んできたらシーツで受け止ればいいんじゃないか?」
「ガウッ!」
妙案だと思ったが──普通にシーツを貫通した。俺は死んだ。ガブリールも死んだ。十枚もシーツを重ねたのに、ありえない魔物の貫通力を見せつけられたのだ。
【二十回目】
「一体落ちたっ! 抑えろっ!」
「ガウッ‼」
ガブリールが魔物に噛みつき、何度も振り回す。顎が砕けんばかりに噛みしめる度に
僅かに血が滴るのだ。効いている。無駄ではない!
「これで六体目っ!」
一体を斬り落とし、口中に剣先を突っ込み絶命させた。
ガブリールも仕留めたようで、これで計七体、残りは十体だ
「撤退っ──‼」
落ちていたポーションと軽鎧を大扉の方へ蹴る。追いすがる魔物達を背に遁走する。
大扉を閉めるが魔物はこちらに来ない。大扉を突き破ろうともしないのは理由があるのだろうが、今は都合が良い。
軽鎧を装着して、剣の鞘とポーション瓶を腰のベルトに下げる。ガブリールも口から血を滴らせて俺の横に立っていた。
「他のルートを探すぞ」
走り、何度か角を曲がると大食堂があった。百人は同時に食事できるだけのテーブルやキッチンがあるが、誰も居らず、テーブルにはホコリが雪のように積もっている。
人が居ないのは当然として死体も見当たらない。食堂を突っ切ってキッチンに入り、置いてある樽を開けたが、中に入っていた何かは手に取るだけで崩れ落ちた。
小麦や大麦だったのだろうか。風化しきっている。
「また魔物か……」
キッチンの奥の方からのそりと現れたのは大鼠。でっぷりと太ったげっ歯類は犬みたいに大きい。
「ジッ────!」
突進してくるので姿勢を低くして下段から斬り上げる。
「ヂュッ──────‼」
鮮血が半円の軌道を描く。蝙蝠よりはかなり弱い。前方を見ると──キッチン奥、恐らく食料庫より同じ鼠がわらわらと出てくる。誰も彼も腹が減っていそうだ。
「ガブリール、狩りだ」
「──グゥルルルルっ!」
キッチンの入口に陣取り、複数から襲われないようにし、一体ずつ斬る。ガブリールの牙と鋼鉄の剣──弱い魔物なら恐れるに足らず。
一時間ほどして戦闘が終わる。当たり前だが食料庫に食べられる物は無く、調理用のナイフは持った瞬間に柄の先が崩れ落ちた。
「この分だと武器庫があっても望み薄だな。魔法武器ならば大丈夫かもだが」
体が重たい。喉が渇く。腹の虫がうるさい。死ねば飢餓感は無くなるので、最悪の場合は死ねば良いのだが、それではガブリールが余りにも可哀想だ。
即死は幸運な死に方だ。これがもしジワジワと死ぬものだったら耐えるのはキツい。死は心の何かを変質させる。価値観の変容と言うのだろうか。
考えつつ寝室まで戻り、衣装箪笥でドアを塞ぎ、軽鎧を脱いでからベッドに倒れ込む。
「つ、疲れた……」
ガブリールが鼻先をベッドの上に乗せて、こちらを見つめている。サイドチェストにハンカチが入っていたので鼻先の血を拭い、体についたホコリを払った。
「寝よう。ベッドに登ってもいいぞ」
「わう」
ガブリールの背中を抱くようにして、二人で寝転ぶ。すこし獣臭いが温かくて気持が良い。ガブリールも満足そうにぴすぴすと鼻を鳴らしている。
「誰かと一緒に寝るのは……十一年ぶりだ……」
「くうん?」
「ガブリールも親とこうして寝てたのか?」
返事はなかった。聞かれたくなかったのだろう。
彼女はなぜ一人ぼっちで草原で彷徨っていたのだろうか。その理由を考えれば理由も朧気にわかる。群れが無くなってしまったか──それとも俺のように群れに居られなくなったか。どちらにしても、それはとても辛いことだ。
「悪かった。早くこの城から出て……美味いものでも食いたいな」
「わう……」
瞼を閉じる。
この子は俺と同じだ。
寄る辺ない風来人。帰るべき家も、出迎えてくれる家人も居ない、社会からのあぶれ者。その辛さを知るからこそ、この子をこれ以上辛い目には遭わせたくない。
「力。力が……欲しい……」
魔法の淡い光が照らす中、まどろみに溺れた。
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