第8話 落とし穴の罠①
石碑の部屋で寝ていた所をガブリールに起こされる。しこたま舐めたらしく、顔がべっしょりと濡れている。
この草原に来てから一週間以上が過ぎただろうか。不本意なサバイバルのせいで、俺は王族にあるまじき野生児と化している。
「ガブリール、おはよう」
朝の挨拶を交わす。ガブリールはウィルを大層気に入ったらしく暇があれば齧ろうとする。昨日など牙が刺さったせいで頭蓋骨のてっぺんに穴が空いてしまった。
これ以上手の届くところに置くとマズイので、草で作った紐を通して、壁の出っ張りに引っ掛けている。
《そこの可愛らしい狼ですが、そこそこに戦えるようですね》
「戦わせるつもりはないですよ。危ないですし」
《では、非常食ですか。この人でなし──と罵倒をプレゼント致します》
「人でないモノに人でなしと言われても……」
《まあ……なんて酷い……泣きそうです……》
石碑が虹色の点滅を繰り返す。俺の目を潰すのが主目的だろう。
「もしガブリールがダンジョンで強くなっても〝上昇分恩寵度の初期化〟とやらで元通りにしたりします?」
《はい》
「うーん意地の悪い」
《創造主の性格が悪いだけです。私のせいではありません》
創造主とは含みを持たした発言だ。カーナはそういう所がある。
踏破点で貰える報酬一覧を見ることにする。遺物は要求点が大きいが、スクロールやポーションはそれほど高くない。もしや……このダンジョンは力押しではなく、特殊なアイテムを使って知恵で乗り越えていくものなのだろうか。
「残り二十点くらいか。じゃあ、これとこれを下さい」
なけなしの踏破点を使って二枚のスクロールを買い、意気揚々とダンジョンの入り口へ向かおうとすると、ガブリールが俺のズボンを咥えてきた。
「危ないから留守番してなさい」
「ぐるる……」
聞き分けのない様子だ。だが狼は群れで行動する獣。寂しいのだろうか。
《ガブリールも連れていけばいいでしょう。今後を考えると、お供は必要かと》
そうなのだろうか。しぶしぶと了承すると、ガブリールが嬉しそうに吠えた。
階段を降りきれば見慣れた光景が広がる。運の悪いことに初っ端から魔物がいた。
姿勢を低くして注視するが、魔物は俺たちに気づいていない。
粘度の高い液体が地面に当たる不快な音。球体を上から落として潰したような魔物。青く透き通ったそれは、紛れもなく
忍び足で後方から近寄り、真ん中にあるコアを素早く剣で貫くと──魔物は動かなくなった。
「剣がまた傷んでしまった……」
こいつの弱点はコア──体の中心にある赤黒い球体だ。恐らく人間で言う心臓のような部位で、潰せば一瞬で死ぬ。
別の部屋に繋がる通路を覗き見ると、普通のゴブリンがこちらに気づいて突撃してくる。
剣を横一文字に振るって一体の首を斬り落とし、二体目が振ってくる棍棒と剣戟を交わす。技量も重さもない単純なもので、苦戦するほどではない。
ガブリールは跳躍して三体目の首に喰らいつく。「グギャアッ!」とゴブリンが濁声の悲鳴を上げて絶命し、俺も残ったゴブリンを斬り倒す。
狼らしい俊敏な動き。外の世界で生き延びただけあって、なかなかに頼れる相棒だ。
通路に敵影はなし。ならば今回の主目的を果たそうと思い、スクロールを二つ取り出す。
一つは苦い記憶の残る〝壁消しのスクロール〟だ。
広げると効果が顕現して階層全ての壁が消滅。だだっ広い大部屋と変質する。目に入る魔物、魔物、魔物。総数は四十は超えるだろう。
「ガウッッ!」
ガブリールが威嚇しつつ俺の前に出ようとする。魔物もこちらに気づいたようで、殺意を向けつつ俺たちににじり寄ってくる──が、秘策があるのだ。
「俺をさんざん殺した報いだ」
俺が開くのは〝雷鳴のスクロール〟だ。効果は〝同じ空間にいる魔物に雷を落とす〟というもの。
「喰らうがいい!」
雷が轟き、地震のようにダンジョンを揺るがした。全ての魔物は雷光により死に絶え、焼けた死体から出た煙が地を這うように流れている。
なんと、二つのスクロールの合わせ技により──敵を一網打尽にできるのだ。あれほど苦戦させられた一階層はこれにて攻略となった。ざまあ見ろ。人の叡智の勝ちだ。
魔物の死体が消えていき、膨大なマナが体に流れ込んでくる。恩寵度の高まりを感じつつ、周囲を見回す。次の階層へ続く階段の位置を覚えておけば、次回以降も楽が出来るだろう。
ガブリールと共に階層を徘徊しつつアイテムを回収する。
「さーて、中身はなんだろうな」
大袋は三つあり、その内の一つをごそごそと開けると武器の強化値を上げる〝鋭き剣のスクロール〟と防具の強化値を上げる〝硬き盾のスクロール〟が何枚か入っていた。
使用すると剣と軽鎧が光に包まれる。硬く、強くなったのだろうが効果の程はいまいち分からない。
試しに落ちている小石の上から剣を押し付ける。刃こぼれしないように弱くしたのだが──それでも小石は両断された。切り口は鋭利でこの分だと軽鎧も期待できる。
「二階層に行くぞ」
階段を降りてたどり着いた二階層も、無機質な通路が続いていた。
「曲がり角か。右に行くか、左に行くか」
「ぐるる」
ガブリールが軽く唸りつつ右に鼻を向けた。
だが獣や魔物を使役する際は主導権が大事だと聞く。主従をしっかりと示し、主である俺が行き先を決めるべきなのだと。
「左に行く」
「くうん……」
「すまんな。帰ったらあの香ばしい棒をやるから」
そう言ってから十歩進むと足元が消滅した。
「は?」
いや違う。地面が両開きになって──落とし穴になったのだ。
「っぁああああああああ────!」
落とし穴! 足元は闇に包まれて何も見えない!
衝撃に備えるべく、体に力を入れて目を見開く。
落下中に何かを突き破る感触があった。
これはダンジョンに入る際に感じたものと同じだ。
「っぐぇわぁああッッ‼」
強い衝撃。地面に背中から落ちて一度バウンドする。ぐえーと声を上げて痛みに悶絶していると、隣にガブリールがすとんと地面に降り立った。
「……くそ。まだ痛い。しかし、よく無事に降りてこられたな」
パラパラと何かが落ちてくるので、手に取ってみると煉瓦の欠片だとわかった。恐らく壁を跳ねるようにして降りてきたのだろう。
「さすが狼。身軽だな」
頭を撫でると満足そうに目を細められた。
だが煉瓦というのがおかしい。先程まで居た第二階層と建築様式が異なっているのだ。光る白っぽい壁は未知の技術だったが、ここら一帯はまるで普通の城の中のようだ。
「戻るのは無理か」
俺達は穴に落ちたはずなのだが、その落ちてきた穴がどこにも見当たらない。
「閉じ込められたな……」
「くうん……」
古い木の匂いがするここは、おそらく貴族の寝室だ。絹のシーツに上品な彫刻が施されたベッド。窓はどこにも見当たらなく、魔法のランタンが薄っすらと周りを照らしている。
「窓がないのは……ここは貴人を蟄居させるための部屋だったのだろうか。それとも俺達を閉じ込めるために準備していたのか。ガブリールはどう思う」
「ガウ、ガウ!」
「そっか」
ガブリールが喋れるようになる遺物があればいいのにな、と思った。
ドアを開けて薄暗い廊下を進む。窓は一切なく、外の様子は窺い知れない。
「広いな。やはり城か、大貴族の邸宅だろう」
一人と一匹でアテのない探索をしているとエントランスにたどり着いた。大階段の上に飾られた肖像画が俺達を睨んでいる。
線の細い白髪の壮年男性、そのしかめっ面は恐ろしげだ。
服装から推測するに東にある吸血鬼国家の貴族。だが見たことのない顔だ。王城に匹敵する規模のここの主なのだったら、俺は顔くらいなら知っている筈なのだ。
「まるで絵本の中に閉じ込められたみたいだな。だが心配することなかれ。魔術的な結界ならば絶対に出口や出る方法が準備されている」
「くうん?」
「口のない水瓶には何も注げないだろう。出口がないと魔力はやがて枯渇するからな」
ふふふ、と上機嫌に説明していると、ガブリールが毛を逆立たせて唸る。
「ガウッ! ガウルッ!」
吠える先を見据えると……天井が蠢いていた。何かがいるのだ。腰の剣を抜き払い、正眼に構える。
「敵か。ん……?」
刹那、目にも止まらない速さで何かが通り過ぎる。
コツンと地面に何かが当たる音がした。
「あれ……俺の腕が……」
左手が地面に落ちている。先ほどの音は肘当てが落ちた音だったのか。
「ギャウッ!」
「ガブリールッ!」
高速で飛来する何かは、ガブリールの腹下を潜るように通り抜けた。それだけなのに、ガブリールは横倒れになり、口から血を吐く。
「今、手当を──」
高熱にうなされるような気持ち悪さは出血からか、駆け寄ってポーション瓶を取り出そうとすると、今度は右腕が吹き飛ぶ。
「っぎゃあぁああああ────!」
俺を殺さんとするそれが大階段の手摺に止まる。そいつは大蝙蝠の魔物だった。
膝が勝手に崩れ落ちる。血まみれの地面、ガブリールが死んだらしく、死体が光に包まれて消える。
「──やめ、ろ!」
魔物が俺の頭目掛けて飛んでくる。
鋭い爪が俺の頭部に当たり、一瞬にして意識が刈り取られた。
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