第5話 ウィル①

 石碑を触って生息している魔物の一覧を見てから、ダンジョンに潜る。

 蘇生魔術の可否はどうにせよ、死の臭いが漂う草原で食料を探すより、このダンジョンで踏破点とやらを稼ぐの賢明だ。

 先ほど俺が死んだ場所で鉄の剣を拾う。魔物をやり過ごしつつ入口付近を散策したが、予想通りに武具等は落ちていない。鉄の剣は俺を誘い込む呼び水だったのだろうか。

「踏破点を稼いで武具を揃える。そして食糧を確保し、遺物も防衛用に集める。人生は順風満帆だな」

 目標は言葉にすると良い。強い言霊は俺を慰めてくれる。

 次の部屋に行くために通路を通る。明るい部屋に比べると通路は薄暗い。少し先は見えるが、奥の方までとなると何があるかも分からない。

 足音を殺して魔物を避け、何とか次の部屋に着く。

「魔物……」

 部屋の中には盗人子鬼シーフゴブリンがいた。緑肌の魔物は背中に大袋を担いでいた。中には何が入っているのだろうかと、疑問が湧く。死体だろうか。

「──グ、ギギィギ」

 耳触りな声。へんてこな魔物はキョロキョロと辺りを見回している。

「すまん」

 後方から忍び寄り、十歩の距離から全力疾走。全体重を乗せた突きを魔物に入れる。「グギャア」と悲鳴を上げて魔物は死に、死体が光りながら消えた。

「死ねば体が消える。カーナはマナの回収と言っていたな。特殊な手法で魔物を生み出し、死んで回収させているのか? ううん、分からん」

 全てが常識の埒外にある。古代人の秘匿された魔術なのだろうか。

「なになに『壁消しのスクロール』か」

 袋の中にはスクロールがあった。

 剣と同じように持つだけで効果が何となく分かる。なんでも壁を消し去ってくれるそうだが、これなら名前だけ教えてくれたら十分理解できる。

 壁にもたれ掛かる。すると「カチリ」と音がして、背筋に冷たい汗が流れた。

「罠だ‼ うぉおおおおおおおっ‼」

 全力で前方に飛び込んで避ける。

 後方で矢が通り過ぎ「ガツン」という音を立てて向かいの壁に突き刺さった。

「はは……ははははは……」

 二度も同じ罠を食らうわけにはいかない。立ち上がって体についた土埃を手で払う。

 それにしても、このダンジョンではスクロールも一風変わっている。世間的にはスクロールは小規模な魔術を閉じ込めたものであり、火炎弾とか雷の矢を飛ばすのが関の山なのだが。

「ひとまず読んでみよう。目の前の壁が無くなれば地形を利用できるか」

 巻かれたスクロールの封を解くと、スクロールは端の方から燃え尽きていき──


 ──効果が顕現する。爆音が鳴り響き〝階層全て〟の壁が消えさる。嬉しいことに全ての魔物が俺に気づいたようだ。爛々とした魔物の瞳は獲物を見つけた喜びからか。


「……ああ……掛かってこいっ‼」

 入口の方にも魔物はいる。逃走は不可能。

 ならばヤケクソだ。どうせ死ぬなら一匹でも多く道連れにしてやる。腐りきった王家の剣の鋭さを思い知れ。

「──っらあっ‼」

 グレートソードを持った騎士甲冑を上段から斬りつける。だが、割れた兜の中身は空っぽである。確かこいつの名前は虚騎士ホロウナイト

 しかし魔物は頭を失っても健在。グレートソードが俺の足元を狙って振るわれ、右足が切り落とされた。

「──っあぁああああ‼」

 脳の奥が痛みでビリビリと震える。体勢を崩して倒れ込むが、破れかぶれに剣を全力で投げつけた。見事に命中するが致命傷にはならない。

「俺は絶対死なない‼ 俺にはやる事が……‼」

 俺のやるべき事とは一体何だ。自問自答が終わる前に、一風変わったモンスターを見つける。太ったオークは拳大の石を振りかぶって──全力で俺に向かって投げた。

「お前は投石豚鬼カタパルト・オークか……みご──」

 最後までは言えなかった。耐え難い痛みがある。血を吐きながら胸元を見ると、左胸部分に大穴が空いている。呼吸をすれば風が通り過ぎる音がして、ゴボゴボと血が溢れる。

 もう体は動かない。目の前の虚騎士ホロウナイトが上段にグレートソードを構える。それが最後の記憶となった。

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