第3話 ダンジョン①
絶望が俺と友達になろうとしてくる。
具体的には三日経ち、パンの在庫が尽きた。水は近くにある川で何とか汲めるが、周りには魔物が多くて水を汲むのも命がけだ。
石碑がある部屋の隅っこ──俺は膝を抱えて飢えと乾きに抗っている。外の草原は恐ろしい場所であり、全存在が俺の儚い命を否定しようとしてくる。
「…………」
石碑をチラリと見る──すると淡く光る。
なんのアプローチだそれは! 見ているだけで腹が立つ‼
外で拾ってきた石を投げつけるが、硬い音がして跳ね返る。傷一つ付いていない。
「ダンジョンに入るしか無いのか……このままでは死ぬ」
石碑がひときわ強く光る。絶対聞いてる。
《どうか武運があらんことを》
石碑の声を後ろに聞きながら、ダンジョンへと続く階段を降り始める。途中で薄い膜を突き破るような感触があったが、気にしても仕方がないので無視した。
辺りに光源はなく薄暗い。足を踏み外さないように注意しながら進んでいると、次第に入り口が見えてきた。そこは階段とは対照的に、地下とは思えないくらいに明るい。
目に入るのは直方体の部屋。すべての面が石で出来ているが、それ自体が淡く光っている。
「凄いな。この石を持って帰れれば高く売れそうだ」
壁に手をついてまさぐる。足元にあった石で削ろうとしたが、傷を付けることすら出来なかった。石碑はここを神々の領域と言っていたが本当かもしれない。
「出口は二箇所あるな」
出口からは長い通路が続いている。他の部屋に行けるのかもしれない。ふと、足元を見ると剣が落ちていた。無造作に。
「なんだ……この感覚は……」
剣を握りしめると言葉のような文字のような──不思議な感覚が流れ込んでくる。剣の材質は鋼鉄であり、強化値は『+一』であると。
ダンジョンなどのマナが満ちた場所では影響を受けた魔法の武具が見つかることもある。だが強化値という概念は初耳だし、己が何であるかを伝えてくる武具など聞いたことは無い。
ここは古代人の遺跡なのだろうか。何もかもが未知である。
「あからさまに罠だな。俺をダンジョンの奥に誘い込もうとしているのか?」
靴の緩みが気になるので、壁に手をついて片足を上げた。すると「カチリ」と音がして壁の一部が凹む。
なんだろうか……とっても嫌な予感……。
──刹那、壁の穴から矢が飛んで来る。風鳴り音と共に空を切る矢は、正確無比に俺の太ももを貫いた。
「ぐううおおおおおおおお‼」
血が流れる。驚愕、血潮を踏みにじるような熱。赤熱した鏃が刺さったのかと思ったが──違う。痛みは熱なのだ。熱が来て、次に耐え難い痛みがやって来る。
「クソお! ポーションも無いってのに‼」
足から流れる血は止まらない。矢を抜くべきか? ガチガチと歯を噛みながら考えるが、どうも妙案が浮かばない。
流れる脂汗と痛みが思考を奪っている。
明確な死の気配。足をやられた兵士は長生きできないと、どこかで聞いた。足の負傷はまさに致命傷なのだ。
「ああああぁああ‼」
音がしたので顔を上げると、そこには青色のスライムがいた。進むたびにその胴体がグネグネと形を変え、粘着質な音が響く。
剣で何とか追い払おうとしたが、液状の体には効果が薄い。むしろスライムの酸により剣が少し溶けている。
「あああ‼ 鉄の剣が『-1』になった‼」
強化値とやらが下がった。だがそんな場合ではない。焦る、焦る。次の最適解は何だ。
「クソが! 待てい! 話せば分かる‼」
話し合い。古代のダンジョンであれば──魔物も知性を持っているかもしれない。
だが、期待は失望に変わる。スライムは体を縮め、反発力を頼りに飛ぶ。反撃は間に合わずに、直ぐに視界が真っ暗になった。
酸が全てを溶かしている。開けた口から粘体が滑り込んできて、喉の奥が熱い。何も見えない。俺の目はどこだ。俺は生きているのか? もう死んだのか。何も分からなくなる。
「────‼ ッッ────‼」
寒い。あんなに傷口が熱かったのに、いまでは嘘のように全身が寒い。人生──あまり良いこと無かったなあと、薄い意識の中で思い、
──そこで意識がプツリと途切れた。
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