性欲ありきのプラトニックラブ


 最初に性欲というものをはっきりと感じたのは、たしか中学二年生くらいのころだったと思う。当時好きだったサッカー部の男の子のふくらはぎと太ももが気になっていた。


 部活の時に全力疾走するフォームもすごくきれいで、それを眺めているだけで胸がときめいた。


 近くで見ると、体は全体的に細身なのに、うっすら毛の生えたふくらはぎはどんな動作をしていても筋肉の動きがよく見えた。触ったら、どんな感じがするのか。きっと力を抜いているときはホテルのベッドみたいに柔らかく、力を入れているときはごつごつした石みたいに堅くなるのだろう。感触を想像すると、自分の心臓が高鳴っていくのがわかる。あの足に触れながら……いや、言葉を選ばなければ、あの足に自分の股をこすりつけたら、どんなに気持ちがいいだろうかと想像していた。本当に自分でも変態的だと思うが、でもそうしたいと思っていたことは確かに事実なのだ。


 今思い返せば、当時私は男性器というものについての知識があまりなく、堅い筋肉に性的魅力を感じていた理由は、その想像上の男性器との類比によっていたのかもしれない。それからしばらくして、スマートフォンが与えられると、すぐに男性の体について調べ始めたし、そうすると足ではなくやはり男性器や、あるいは男性特有のたくましい腹筋や広背筋、大きな喉ぼとけ、鎖骨など比較的正常といえる部位への趣向に変わっていった。今でもスポーツ選手の鍛え抜かれたふくらはぎを見ると彼のことを時々思い出すが、彼がどんな顔でどんな性格だったかはうまく思い出せないし、卒業文集を見て彼の顔を見ても、普通の好みじゃないので私はあの時どうかしてたんだなぁと振り返って思う。


 男の足に発情していたのが、私の初恋だったのだ。情けない限りだと思う。


 私は女の子にしては珍しく、数学や理科が得意で、英語が苦手だった。物事を筋道立てて考えるのが得意で、口達者だった。


「優ちゃんが男の子だったら絶対めっちゃイケメンだっただろうなぁ」


 友達に、何度かそう言われたがことがある。実際鏡を見ても私の顔は中世的だと思う。別に女っぽくないというわけではないけれど、しかし俗世間で言われている「かわいい女の子像」からはかけ離れた顔つきだった。純日本人だが、大げさにいえば、ハーフ顔といったところで、少しほりが深かった。


 そんな自分の顔について疑問に思って、ネットで調べてみると、どうやら男性ホルモン「テストステロン」が関係しているようだったが、結局よくわからなかった。


 これは性欲や学習への意欲も関係しているらしいが、どうやらこれが多いとヒゲが生えてきたり、頭が臭くなったりするらしかった。


 しかし私の場合、腋毛は元々結構濃くて処理に苦労していたがアゴももみあげも綺麗なままだし、汗臭いと言われた経験もなかった。ただ部活には入っていなかったけれど運動は元々得意で、野球部の弟のキャッチボールに毎週付き合っていたこともあって、筋力は多い方だった。


 ネットの情報は何が正しくて何が間違っているのか本当によくわからない。ともかく、私が同世代の女の子たちと比べて少し男っぽい性格と体格、顔つきをしていたことは本当のことだ。当然、彼女たちよりも性欲は強かった。


 いい体つきをしている男の子がいれば自然と目で追ってしまうし、いつも股間が大きくなっている同級生には、いちいちドキドキしつつ目を逸らした。彼のアレは一体どんな形をしているのだろう? と、恋愛感情が全くない相手に対してもほとんど知的好奇心に近いような感情を抱いてしまうのだ。



 しかし私は、処女なのである。男の子に告白されたことは何度もあるが、一度も付き合ったことはなかった。本音で性的なことを話すこともある友達からは「優ちゃんは意外と乙女なところあるからねぇ」と笑うが、それは自分でもあながち間違っていないと思う。


 私は強い性欲を感じて、それを肯定しておきながら、恋愛というものに対して、清潔なものを求めているのだ。つまり、プラトニックラブに憧れているティーンエイジャー。それも私なのである。



 高校に入ってから一年足らず。そんな私にもついに彼氏というものができた。


 出会ってすぐに友達になったF君。成績も同じくらいで、お互い部活動もほとんどやってなくて、家も二駅しか離れていなかったから、自然と二人で登下校するようになったのだ。


 付き合うまでの間に、お互いに色々な変化があった。


 彼は中学の時からずっとジムに通っていて、私も彼の影響でジム通いを始めた。元々彼はそんなに本を読む人じゃなかったけど、私が本を勧めたら、私以上に読書が好きになってしまって、感想を語りあいたいがために「早く読み終えてくれ」と私に催促するようになった。


 一緒に勉強会をすることもあり、ずいぶん長く二人きりの時間を過ごした。どれだけ長い間ふたりでいても、退屈しないし、うんざりすることもない。居心地がいいのに、決して同性の友達と一緒にいるときみたいにぐだぐだになったり、自分をさらけだし過ぎたりしない。ほどよく自分の本音を漏らし、ほどよく自分のいい部分をもっと見てもらおうとアピールする。そんな関係が続いた。


 一年の二学期ごろにはもうすでに周りの友達からは付き合っているものだと思われていたけれど、私たちはなんだかんだいってその、ぎりぎりくっつかないくらいの距離感を維持していた。ただそれは、私たちが臆病だからということではなくて、それが私たちにとって一番過ごしやすい関係だったからだ。これ以上近づくこともやぶさかではないけれど……先を見据えれば、そのような関係は、大人になってから嫌というほど経験できることで、逆にこのような、お互い恋愛感情を抱いているのにくっつかないという関係の方が貴重で、大切にすべきものなのだという実感があった。


 そう思っているのが私だけなのではないかと不安になることもあったが、ある時彼自身の口から同じ話が出てきたときには、嬉しくて飛び上がりそうだった。彼も同じで、それに不安を感じていたのだ。


 いつまでたっても告白してこなくてもどかしい思いをしているんじゃないかと、彼がそう尋ねてきたとき、私は思わず笑ってしまった。


「いつでもいいよ。でも多分、先に私が我慢できなくなるかもね」


 私はそう答えて、頬にキスしようと思ったが、恥ずかしくてやめた。代わりに彼の手を一瞬だけ軽く握った。ゴツゴツしている手は少しだけ震えていて、緊張しているのが分かった。


 私は彼が大好きだった。



 私にも彼にも性欲はある。いやむしろ、私は女性にしては性欲が強い方で、彼の方も、おそらくかなり性欲が強い方なのだと思う。


 前にそれとなく自慰はどれくらいの頻度でしているのかと尋ねてみたら「一日一回しかしない日は滅多にない」と照れながら語っていた。


 調子に乗って、何を想像してするか尋ねたら「さすがにそれは言えない。幻滅されるから」とはっきりとした口調で彼は答えた。


 私は嬉しくなって「私もそうだよ」と耳元で囁いた。彼のソレが勃起しているのが分かった。彼は隠そうとしなかったし、私もそれを見ないようにしようとは思わなかった。


 私たちはもうちょっと想像を楽しむ。いつかきっと私たちは、一歩前に進むことになるけど、今はその一歩進むことをひたすら想像して、互いにひとりで自分を慰めている。それでいいのだ。


 彼が私のことを想像してソレを擦っている姿を想像して、私も発情する。きっと彼も、同じことをしてくれていると思う。そう思うと、私の心臓は背徳感と喜びで口から飛び出しそうになる。


 何度想像上の「はじめて」を経験したことだろうか? 喜びで満ちた場合も、失敗ばかりでお互い呆れた場合も、思っていたほど楽しくも面白くもなくてがっかりした場合も、全部何度も、何パターンも想像した。


 それだけではなくて、インターネット上で見かける楽しそうなプレイも一通り済ませている。もちろん想像上で。いつか、全部やりたいと思う。風呂でもリビングでも、全裸でも着衣でも、SでもMでも。色んな体位を試したいし、何回連続で出来るかチャレンジしてみたいとも思う。きっと何をやっても、彼となら最高に楽しいと思う。だってそうじゃないか! セックスどころか、キスもしていないのに、私たちは二人きりでこんなに楽しい日々を過ごせているのだから!


 あぁ毎朝思うのだ。彼と会うことができる。彼と言葉を交わすことができる。彼の一言一言にどきどきして、その言葉の意味を深く探って一喜一憂する。そんな生活が、楽しくて楽しくて仕方がない。


 性欲が強いからこそ、想像力は翼を広げ、想像力が自由になればなるほど、恋愛は広く深くなる。


 素晴らしい純潔! 彼は童貞で、私は処女!


 私たちはセックスに大きな期待を抱きながら、互いを精神的に深く深く愛している!

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