貴族主義者


「あいつマジでガイジだよな!」

 通学時間、時々嫌な言葉が聞こえる。その言葉を聞くたびに、私の中に何か……嫌なものが入ってくるのを感じる。吐き気がこみあげてくるが、今更それを嫌がれるほど、ピュアではない。

「それでだ、また別の話なんだけど、キョウジの奴また女孕ませたらしいぜ」

「うわっサイテー。また堕胎させんの?」

「堕胎っていうなよww」

「じゃあ中絶ww」

 吐き気を感じる。こんな連中と同じ電車に乗って、同じ社会で生きなくてはならないということが。この連中と自分が平等であるということが!!


「公平に、みんなの意見を尊重しましょう」

「○○政治を許すな!」

「差別はいけないことです」


「差別主義者の意見は尊重すべきでしょうか」

「私たちは平和主義者と平等主義者の意見しか尊重しません」


 私を苦しめているのは、結局この現実ではなくて、私自身なのだ。私自身が、思い出さなくていいことを思い出すから。

 この世界は矛盾で満ちている。矛盾で満ちていながら、皆がそれから目を背けている。そうしないと、生きていけないから。

「生きていけない?」

 私はここで生きているのに。私は目を背けないようにしていても、何とか生きていけているのに?

「それは、あなたが強いから。皆があなたのように強くはなれないし、生まれつき強いあなたは弱い人のために社会に貢献しなくちゃいけない」

 私が貢献したら、彼らが強くなるだろうか? 彼らの何に貢献すればいいのだろうか?

「幸福です。全ての人間は、幸福になる権利を持っています。人類の歴史は、弱い人たちの権利を守るために強い人たちが努力してきた歴史です」

 本当にそうだろうか? 本当にそうなのだろうか?

「真実がどうであるかは重要ではありません。大事なのは、これから私たちがどうすべきか、ということです。私たちは、世界平和と人類平等のために命を燃やさなくてはなりません」

……私は、私自身のために生きることに吐き気を感じる。そういう自己目的は、空しいからだ。でもそれ以上に、この醜くて愚かな人たちのために何かをするのは、もっと気持ちが悪い!

 この、誰かの悪口を言って喜び、勝ち負けにばかり拘り、自己目的以外の行動原理を持たない言葉を喋る畜生に快楽を永遠に貪らせることが、人類の目的だと? そんなバカな! そんなことは、断じて認められない。そんなことは……

「彼らにも長所はあります。たまたまあなたが、彼らの欠点に目がいっただけで、本当は彼らにだって優しい心があります。美しいものを楽しむだけの審美眼があります」

 本当にそうだろうか……本当に、そうであるのだろうか? 私にはそうは思えない。全ての人間が悪人だなんて思わない。でも何割かは確実に、潜在的に、悪だ。いや、悪という言葉は違う。この世界には善も悪もないのだから。

 彼らは、単純だ。低劣だ。下品だ。生きる価値のない連中だ。

「そんな風に人を見下していると、いつか自分まで見下すようになりますよ」

 言われなくたって、すでにそうしている。私は私の低劣さが、大嫌いだ! 軽蔑している! でも少なくとも、それを軽蔑して乗り越えようとしている点で、私は高貴だ。私は……



 人を憎んでいてもいい。自分を憎んでいてもいい。でもせめて、世界と未来を憎まないでいたい。


 希望。私には、希望がある。光り輝く、人類の未来がある。私はこれを信じるしかないのだ。

 光り輝く未来の中にも、蛆虫はいる。どうしようもない、改善の余地がない人間はいる。だから吐き気は、このままだ。

 でも未来は、それ以上の幸福と、美しさで満ちている。私と同じように、吐き気を抱えながらも美しさと高さを愛する気持ちを持つ人々が、武器を持って争いあっている。友とは、平和ではなく戦いによって結ばれるべきだ。私たちは互いに尊敬し合い、互いに高め合っている。好敵手でない敵など、そもそも敵として認めるべきじゃない! そんな存在を敵とみなすのは、恥ずかしいことだと思え! 

 あぁ。己が敵だと認める相手が、己と対等な存在なのだ。


 私は友達が欲しい。心の底から尊敬し、敵対できるような友達が欲しい。


 ただここにあるのは、どうしようもない不可解の沼。生ぬるい気遣い。刃を研ぎ澄まして、私は待っている。


 彼、あるいは彼女。私は私が傷つけるべき相手を待っている。

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