【対話的考察】完璧な瞬間

少年「『完璧な瞬間』について、君はどう思う?」


少女「それはつまり……『完璧な幸福』とか、そういう意味で言ってる?」


少年「うん。それ以上ない、純粋な瞬間。別に幸福に限った話ではなくて……あらゆる意味で、それぞれの『完璧な瞬間』」


少女「そんなものはないでしょ。多分、映画とか劇とかの景色のことを言ってるんだろうけど」


少年「うん。たとえば『レ・ミゼラブル』のワンシーンのような……」


少女「それは今のところ『最高度の瞬間』なのであって、『完璧な瞬間』ではないよ。多分それを『完璧な瞬間』と思うのは、この現実世界で体験するのが、不純物だらけだからなんでしょ?」


少年「その通りかもしれない」


少女「でもあらゆる瞬間は、その不純物の寄せ集めだって忘れちゃいけないし、その不純物も含めたひとつの一形式をひとつ定義すれば、それもまたひとつの『純粋』たり得ると私は思う。だから……そんなこと考えなくていい」


少年「それでも、そこにあるべき感動というか、幸福というか、そういうものが穢されてるような感じがするのはどうしてだろう? それが不快で仕方ないんだ」


少女「それを純化した形で物語化することは、かつて偉大な詩人たちがやってきたことだけど、君はそうしたいの?」


少年「そうやって自分の人生を納得することもできなくはならない。でもそれにも、空しさを感じるんだ」


少女「実際……私たちは、あえて純化させず……いや、もちろんどんな形にしろ、それをフィクションとして産み出した場合、純化せずにいられないのだけれど……」


少年「言わんとしていることは分かるよ。僕たちは何か完璧な瞬間を描こうとして、物語を描いていない。むしろ、この世界の不完全さに対して誠実であろうとして、物語を描いている。不純物も含めた感動を、ひとつの純粋な形として表出させたがっている」


少女「ややこしいことや、うっとおしいこと、吐き気を感じることも含めて受け入れることを、フィクションを通して肯定したいのかな。私たちは」


少年「肯定『したい』だけじゃなくて、肯定『させたい』んじゃないか?」


少女「確かに、そうだと思う。私たちはたくさんの人たちが、その『純化への意志』のせいで、生に背を向けたことを知っているから」


少年「でもその理屈には、欺瞞の匂いを感じる。醜いものや汚いものに目を背けたくないと僕たちが思っていることは事実だけれど、僕たちはそういうものに触れたくないと思っているのも本当なんだ」


少女「この現実の人たちは、見なかったものは存在していないことにできると思い込んでる。だから、汚物から目を背けて、その汚物の中に浸っている。私たちは、それを止めさせたいんだ」


少年「その痛みを知って、その汚物から外に出ようとしてほしいわけだ。僕たちは」


少女「そんな義理はないのにね」


少年「分からないんだ」

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