漂泊者たちの聖戦②
山間の街、ヤットナ。
三方を山々に囲まれ澄んだ空気と水に恵まれた美しい街は、今では灰色の廃墟と化している。伝統的な石造りの家々は壊れ果て、道は
ダンチョネ教が暴力によりヤットナを乗っ取ったのはごく最近のことだった。
侵略に先立ち、ダンチョネ教はヤットナの要人たちを
捕らえられた住民たちはダンチョネ教への入信を命じられ、拒んだ者はその場で
廃墟と化したこの街で、唯一元の美しい街の面影を残しているのは中央広場前にそびえ建つ巨大な教会だけだ。だが、その教会も当初まつられていた神の像は打ち捨てられ、今ではその座にダンチョネ神の像が鎮座している。
この教会こそが、ダンチョネ教本拠地だ――アデッサとダフォディルはそんな情報を掴んでいた。
「まったく……カトレアの奴、やることが魔王染みてきたな」
アデッサは瓦礫と化した家々と中央の教会を眺めながらため息をついた。
「派手に動き過ぎたかしら……待ち伏せされてるわね」
ダフォディルは天気の話でもするように、ことも
アデッサが右へ、ダフォディルが左へ視線を向けると廃墟の陰にうごめく無数の黒い影。
それは次第に数を増し、やがて隠れきれず
「いくよ、ダフォディル」
周囲の
リーダー格の雄叫びと共に、街を埋め尽くすほどのモンスターの群れが地響きをあげて一斉に二人へ襲い掛かる。
「瞬・殺ッ!」
アデッサとダフォディルは手をつなぎ指を深く絡め、息を合わせて一糸乱れずに敵の群れの中を突き進んでゆく――その
毒が塗られた粗雑な槍も、
突然、上空から突風が吹きつける。
見上げると、巨大なカギ爪が二人めがけて急降下してきた。空一面を覆う
だが――ワイバーンは二人を踏みつける直前、アデッサの一太刀で絶命し、そのままの勢いで地面へと激突した。爆発したかのような土煙が上がり、下敷きとなったゴブリンたちが
続けて、地震が二人を襲う。
目の前の地面が山のように盛り上がり、地割れが四方へ走った。割れた地面の底からは岩石を寄せ集めて造られたような巨大な手が、瓦礫を軽々と吹き飛ばしながら突きだす。ゴブリンやオーガたちが巻き添えを喰らうまいと、慌てふためき逃げまどった。そして、もう一本。突きだされた岩のような手が地面を掴む。
「わわわ……」
そのあまりの大きさにダフォディルは口をぽかんと開けたまま目を
「瞬殺」
アデッサの剣の軽い一振りでアース・ゴーレムは
◆
ダンッ!
アデッサはダンチョネ教に乗っ取られたヤットナの教会のドアを蹴り開けた。その背後には累々たるモンスターたちの屍の山が積み重なっている。一方、二人は無傷どころか息も乱れていない。
「カトレア―ッ!」
蹴り開けたドアの向こうは――祭壇まで、おもわず目を細めてしまうほど広く長い
アデッサが手入れされていない【王家の剣】を一振りして腰へ納めた。ヒュッという刃鳴りが聖堂に響く。
「やれやれ……ここもハズレだったみたいだな」
アデッサはあたりを見回しながら祭壇へ向けて身廊を進んだ。
――状況はまるで違うけど、こうして巨大な聖堂の身廊を歩くと【神の紋章】受章の
あの時の想いは今でも変わらない。
だが、自分を取り巻く世界は大きく変わってしまった……。
「ダンチョネ教に本拠地なんて必要ないのよ、きっと」
追憶に心を奪われていたところへダフォディルに声をかけられ、アデッサは我に返った。
そのとき――
「タァッ!」
並べられたベンチの脇から小さな影が飛び出し、アデッサへと斬りかかる。
だが、警戒していたダフォディルが【鉄壁の紋章】を発動させる方が早い。剣は甲高い音を立てて青い古代文字の帯に弾かれ、飛び出した小さな影はその場へひざまずいた。
「子供――、、、え!?」
ダフォディルは自分の目を疑った。モンスターがひしめくこの土地に子供が居ただけで驚きなのだが、問題は――その姿だ。
アデッサがダフォディルを押しのけて前に出る。
「ソイヤ!」
斬りかかったのは、ホイサの路地裏でアデッサの目の前で殺されたはずの少年、ソイヤ――
「違うわアデッサ! 似ているけどソイヤじゃない!」
ダフォディルは歩み寄ろうとするアデッサの手を引いた。どことなくソイヤに似ているその少年は剣が弾かれても諦めず、何度もアデッサへ向けて斬り付けた。だが【鉄壁の紋章】は軽々とその攻撃を弾き返す。
「くそっ! くそっ!」
「ソイヤじゃ……ないのか?」
アデッサはまだ、何度も自分へ斬り付けてくるその少年がソイヤでないことを信じきれていない。少年はそれほどソイヤに似ていた。
「違うわアデッサ、よく見て。それと――君ねぇ、『瞬殺姫』の噂ぐらいは知っているでしょ? そんな攻撃、私たちには通用しないわ」
まだ幼い少年であることと、攻撃が通じないとわかりつつ、なおも挑みかかるその
そこに、ダフォディルの気持ちに隙が出来た。
少年はその油断を見逃さない。
幼く見えたその目つきが突然、暗く非情な影を帯びる。
少年があえて失態を見せたのは、無知を装い必殺の間合いへ近づくためのフェイクだった。
少年は手にしていた刀を捨てると、背中に背負っていたもう一本の剣を抜く。
その剣は黒いオーラを放っていた。
先ほどまでの無謀な攻撃とはまるで違う、鋭い突きがアデッサの胸元へ向けて突き立てられた。
鮮血が飛び散る。
少年の剣を受けたのは――ダフォディル。
かろうじて短剣で受け流したが防ぎきれず、剣はダフォディルの腕を大きく引き裂いた。あと少し、ダフォディルの動きが遅れていたら、剣は確実にアデッサをとらえていたであろう。
「クッ!」
「ダフォ!」
ダフォディルが身をよじり膝をつく。
「チッ!」
少年は舌を鳴らしもう一度、アデッサへ剣を突きを放とうとするが――その時、アデッサと目が合う。
暗く
「くそッ、離せ! 離せッ――!」
アデッサはその手を緩めずに問いただす。
「答えろ。君は……何者だッ!」
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