漂泊者たちの聖戦
漂泊者たちの聖戦①
「おのれダンチョネ教、カトレア!」
エッサ国王は雷のような剣幕で拳を振り上げ、机に向けて振り下ろした。だが、その拳は机に叩き付けられる直前に、ピタリと止まる。
――この机は国民の血税で
エッサ国王の脳裏に
エッサ国王は冷静さを取り戻そうと深呼吸をするが、
彼の心の内を騒がせているのは――世界を救い、なおも人々のために命をも投げ出そうとしている若き英雄を、自分の領土でみすみす危険にさらしてしまった悔しさ。提言を得ながらダンチョネ教を
ダンチョネ教エッサ支部は復讐に燃える近衛兵団の手により、瞬く間に粛清された。
だが、エッサが出来るのはそこまでだ。
ダンチョネ教はすでに辺境の多くの町を支配している。
魔王討伐後、戦争の気運が高まるなかで、ダンチョネ教弾圧の名目とはいえ、大国エッサがそれらの国へ兵を向ければ、それが引き金となりミンヨウ大陸全体が戦火に包まれるのは明白――それこそ、カトレアの思うつぼだ。
ならば、国籍を捨ててカトレア暗殺に出る、と、申し出た者もいたが、エッサ国王はそれを却下していた。万が一、暗殺者とエッサとのつながりが明らかとなれば、結果は同じなのだ。
かと言って、このまま手をこまねいていたのでは、状況は更に悪化してゆく。
おそらく、エッサとヤーレン、それに幾つかの強国に対して、カトレアは支配の手を広げようとはしない。
大国は弱者が『憎しみをぶつけるための相手』として温存しておくのだ。その憎しみを餌に辺境から支配を拡大し、いつかその戦力が上回ったときに――。
「ええい、くそう!」
エッサ国王はもう一度、吠えた。
今にも切れてしまいそうな細い綱の上で、世界はバランスを崩そうとしている。だが大国は、その力が強大であるが故に身動きが取れない。
世界はもう一度、あの英雄に望みをたくすしかないのだ。
国を追われ、それでも、世界の幸せを望む、あの漂泊者に。
◆
魔王なき時代に『悪』などという都合のよいものは存在しない。
立場が変われば正義も変わる。
そして――
『何が正義か?』という問いへの、
『何が正義か』いう
『ナニが正義か!』と弱者があえぐ。
そう。
いくら正義の意味が変わろうと、強弱の関係がゆらぐことは決してない。結局、強者が奪い、血を見るのは弱者の役目なのだ。
「そんな
カトレア・チョイトヨイヨイはステージの上で平らな胸を張った。
とある街の広場。整然とならぶ白い修道着の男女、その数ざっと二千人。白き群衆へ向けて発せられたカトレアの声は魔法で拡声され、街中へ
「殺せ! 殺せるだけ殺せ! 殺して殺して殺して、殺し尽くしたら自分も死ね!
熱弁をふるうカトレアの背後に並んでいるのは、選ばれし『聖なる子供』たち。
「世界はいちど死に、そして
自分も死ねなどと言う幼女教皇に誰がついてゆくものか。
そう考えるのが普通、と、思われるのだが――
広場は大歓声に包まれる。
その一部は【絶望の紋章】により心を支配されたカトレアの
たとえ命と引き換えとなろうとも、正義の名のもとに時代の強者たちへ復讐の刃を突き立てたい。そんな想いを持つ弱者たちが、日々数え切れぬほどカトレアのもとへと集い始めていた。
カトレアは歓声にこたえるように、拳を天へ突きあげた。そして――
「たいせつなことなのでもう一度いいます! そんな嫌な世の中ならば――」
広場が微妙な空気に包まれた。
◆
黒煙をあげ、炎に包まれてゆく小さな村。逃げまどう村人たち。燃えさかる炎の音の狭間に聞こえてくる悲鳴と、怒声。ただの火事ではなさそうだ。
煙がただよう道端で、ダンチョネ教の白い修道着をまとった男が剣を振り下ろす。斬り伏せられた男が断末魔をあげた。
その惨劇を背に、二人の幼子の手を引きながら必死に走る、若き母親。子供は走りながら母親へたずねる。
「おかあさん、お父さんは?」
「だいじょうぶ、お父さんはきっと大丈夫だから!」
子供の声に母親は涙ながらにこたえた。
しかし、物陰からあらわれた修道着の男が母子の前へ立ちはだかり、行く手を阻む。続いて数名の男たちが現れ、親子を取り囲んだ。母親はあわてて周囲を見回すが、逃げ道はない。男たちが薄笑いを浮かべながら親子へと近寄ってくる。母親の顔が絶望に染まってゆく。
「おかあさん、こわい!」
母親の動揺を察して怯える子供たち。母親はしゃがみこみ二人の子供を抱きしめるが、その手は震え、目からは涙があふれていた。
「どうか、どうかこの子たちの命だけは!」
「はぁ?
「この村は『完全浄化』の指示が出てるんだ、生かしておく訳にはいかねぇが……へへへ、その前にちょっとだけいい思いをさせてやるぜ」
白い修道着の男たちが母親へとにじりよる。
カトレアのもとへと集まったのは自分なりに正義を目指す者、だけではない。奪い殺すことが好きなだけ。末端はそんな
男たちは暴行を働きやすいようにと、白い修道着を脱ぎ捨てた。いままで何度繰り返してきたのか、そんな動作すら手慣れている。だが――
「そこまでだ、ダンチョネ教!」
男たちは背後からの声に動きを止め、声の方へと振り返る。
そこに立っていたのは、二人の少女。
ブロンドの少女が差し出した左手に黒髪の少女が右手を合わせ、二人は深く指を絡ませる。黒髪の少女はスカートを
ブロンドの少女が長剣の切っ先を男たちへと向けると、右腕に刻まれた赤い紋章がキラリと輝きを放つ。
黒髪の少女はブロンドの少女の胸の中で目を細めると、つぎの瞬間、その左腕に刻まれた紋章から青く光る古代文字の帯が噴き出し、二人の体を包みこんだ。
「我が名は瞬殺姫、アデッサ・ヤーレンコリャコリャ! 正義を
二人の登場に男たちは顔を見合わせた。
そして一人の男が首から下げた呼び笛を取り出し、特定のリズムで吹きならす。まるで
「出やがったな、瞬殺姫!」
「てめぇの賞金だけで国が買えるぜ!」
笛の音に応じ、村に潜んでいた何人もの白い修道着を着た男たちが駆けつけ、アデッサとダフォディルを取り囲んだ。その数、ざっと百人。なかには笛の音を聞いて逃げ出した者も数名見かけられた。
母子が混乱に乗じて逃げ出してゆくのを見届けながら、アデッサはいった。
「ほぉ、こんなに居たのか。探す手間が省けたよ」
軽口をたたきながらも、その眼差しは冷たい殺気に満ちている。
「へへへ、覚悟しろ瞬殺姫。お前の弱点は知ってんだ!」
リーダー格の男がそう言うと、二人を取り囲んだ白い修道着の男たちが一斉に武器を抜いた。手にしているのは短剣に長剣、槍や弓など、そのどれもが黒いオーラを放っている。
「野郎ども、やっちまえ!」
男たちが一斉に襲い掛かった。
――瞬殺。
昇った黒煙が空にとけるよりも速く、わずか数瞬のあいだに男たちの白い修道着が血に染まり、その場へと倒れる。
「ひ、ひぃぃ」
アデッサは唯一生かしておいたダンチョネ教の男の喉元へ【王家の剣】の切っ先を突き付け、冷たく言い放った。
「カトレアへ伝えろ。『瞬殺姫が会いにゆく』、とな」
◆
そして、もう一人。
その様子を
「アデッサ……絶対に、やらせない!」
少年はそう呟くと森の中へと姿をくらませていった。
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