人類半殺し計画②
コリャサの町は街道に沿った細長い形をしている。
なだらかな草原が延々と続くこの一帯で、この場所に街道町が発展した理由のひとつは、周囲の都市からほどよい距離にあること。
そしてもうひとつが街道脇の草原にぽつりとそびえる丘、『コリャサの丘』の存在だ。目標物のとぼしい平原の街道ではコリャサの丘は良い目印となり、この地で休息を取る者が多かった。そうして旅人たちの休息の地はいつの間にか、町となった。
コリャサの丘には伝説がある。
この丘は、もともとは遥か昔に造られた『何かを封印するための施設』だった、というものだ。一説によると、封印されている『何か』とは古代の魔道兵器だという。その魔道兵器は
その封印術式の施設が時代と共に忘れられ、土に埋もれた成れの果てが現在のコリャサの丘であり、丘の地下には今でも魔道兵器が封印されている。
――それが、コリャサの丘の伝説だ。
だが、時と共に伝説さえも忘れ去られてゆく。長命なエルフたちの間でさえ、記録は風化してゆき、ことの
もし仮に、そんな伝説を信じていたとしても、そんな厄介な
あの少女を除いては。
コリャサの丘地中深く。
掘り起こされた遺跡の『封印の間』。
端が見えないほど広大な地下空洞。中央に
伝説は真実だったのだ。
巨像の正面の空中にスッと亀裂がはいり、空間が四角く切り裂かれ、中から漆黒の闇がのぞく。闇の中から歩み出る白い修道着の女僧兵。赤毛のウルフカット、サザンカ。
その腕にひょいと抱きかかえられているのは、同じく白い修道着の少女。
カトレアは待ちきれないとばかりにサザンカの腕から飛びおりると巨像へとかけよった。
その左目はいまだに鎖の眼帯に覆われているが、反対の瞳をキラキラと輝かせ、口をぽかんと開いて巨像を見上げた。
「ふわあああ……」
驚きポカンと開かれた口もとが喜びでみたされてゆき、満面の笑顔にかわる。
「ロボだ!」
カトレアは巨像を指さし、子供そのもの表情でサザンカを振り返った。自分がどれだけ嬉しいか、言葉と笑顔だけでは表現しきれず、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「カトレア様。これが魔道兵器『デージ・マギームン』です。やっと掘り当て――」
「ロボだ!」
カトレアはサザンカの言葉をろくに聞かずにキラキラと輝く
「いえ、これはロボではなく魔道兵器『デージ・マギー……」
「ロボ」
「はい。ロボでございます」
サザンカは深々と頭をさげた。
「やっと掘り当てました。少々痛んではおりますが腐ってはおりません。プロトンビームも問題なく発射可能かと」
ビームと聞いたカトレアは動きを止めクワッと目を見開くと、カクカクとぎこちない動きでサザンカを振りかえった。
「……う、撃てるのか……アレを撃てるのかッ!」
「撃てます」
カトレアは驚きとも期待ともつかぬ表情のまま、ゆっくりとデージ・マギームンの口からのぞく砲門を仰ぎ見た。そして『ごくり』と
「カトレア様。デージ・マ……いえ、ロボさえあればミンヨウ大陸全土を焼き払うことさえ
「……いや」
「……」
「ロボとアデッサ、両方だ。封印が解けたらこんどこそ、アデッサを【絶望の紋章】で私の手下にするのだ!」
サザンカはひと呼吸置いてから深々と頭をさげた。
「御意。ところで、ここを掘りあてた人足どもですが」
「……ん?」
カトレアはサザンカをくるりと振り返り、何の話かと
「ああ、殺しておけ」
◆
巨大な人型魔道兵器『デージ・マギームン』の腹部の操縦室にむけて木の
カトレアは梯子を駆け上るとぽっかり開いた搭乗口からそっと内部を覗き見る。そして計器がひしめく操縦席に『ほおお……』と、満足そうな唸り声をあげ、
「――ちょっと大きい」
と、操縦席に座って手足をぱたぱたさせる。少しどころか、どれだけ浅く腰かけても、手も足も
「そうですね。あとで座布団を持ってきましょう」
「うん……ポチッとな。あれ? あれ? うごかないよ?」
カトレアは操縦桿やパネルをデタラメに操作するがなんの反応もない。
「はい。デージ……『ロボ』はまだ封印されたままです。起動するにはあそこで緑色に光っている『封印の中枢』を破壊する必要があるのですが……通常の攻撃は一切受け付けず、難航しております」
『うわぁぁ!』
サザンカの言葉を遮るように
サザンカは
「おい!
だが、サザンカの視線の先に立っていたのは――
「サザンカ、カトレア! やっぱりお前たちか!」
ブロンドの少女が差し出した左手に黒髪の少女が右手を合わせ、二人は深く指を絡ませた。黒髪の少女はスカートを
二人の肌はツヤツヤだ。
ブロンドの少女は長剣の切っ先をサザンカへ向けた。
右腕に刻まれた赤い紋章がキラリと光る。
黒髪の少女はブロンドの少女の胸の中で目を細め、口元に
「正義を
今日こそこの瞬殺姫が決着をつけてやる!」
ブロンドの少女の、綺麗に
まるで青年のように
「おのれ……アデッサッ!」
サザンカが敵意をむき出しにした鋭い視線で二人をにらむ。
ダフォディルが涼やかな声で応えた。
「サザンカ! 悪魔と契約をしたのが命取りだったわね。今日こそは――」
ダフォディルは左の中指の先をそっと眉間へつけ、呪文を
「灰は灰に 水は水に
サザンカはチッと舌打ちをしてデージ・マギームンの操縦席から飛び降りる。着地と同時に修道着の胸を大きく開き、豊満な胸の谷間に刻まれた【審判の紋章】を露わにした。
紋章から噴き出した黒い古代文字の帯が宙に魔法陣を描く。魔法陣が【冥界の扉】を開き、漆黒の闇の中から四体のレイスが巨大な鎌を手に現れ、二人へと襲いかかった。
「――ぎ、ぎやああああああ!」
レイスに怯えたダフォディルは呪文の詠唱を中断するとアデッサの背中へリュックサックのようにピタリとしがみつく。
「瞬殺!」
ダフォディルを背負ったまま、アデッサが放った一撃でレイスたちが消滅する。
「サザンカ! 今日は二人揃ってるんだ、この前のようにはいかないぞ!」
「……
サザンカはアデッサを睨みつけ腰から剣を抜き放った。
剣が黒いオーラを炎のように放つ。
「ふん、この剣の前では【鉄壁の紋章】など無意味ッ!」
サザンカは
押し寄せるゴーストの波間から不意にサザンカの黒い剣が突き出し、アデッサのブロンドを掠める。ゴーストの群れとサザンカの変幻自在なコンビネーション。手数では圧倒的に有利――だが、アデッサとダフォディルの敵ではないようだ。
「瞬・殺ッ!」
強風に
「クッ!」
危うくアデッサの攻撃に討たれそうになったサザンカは舌打ちをして大きく飛び下がった。
「まだやるかい?」
アデッサは余裕の笑顔を浮かべて【王家の剣】をくるりと一振りし、
――その二人の目に、サザンカの背後に立つ黒い影が
サザンカが召喚したアンデットとは明らかに気配が異なる、その黒い影に二人は警戒する。
「――!」
甲高い金属音。一瞬遅れて気付いたサザンカは黒い影が突然放った攻撃を辛うじて剣で受けた――黒い影の攻撃をうけた剣が激しい火花を上げる。
「……これは!?」
その形状は中央に鎮座している『デージ・マギームン』にどことなく似ているが、大きさは人間ほどだ。黒く奇怪な
アデッサは気配を感じて振り返る。
いつのまにか、何体もの黒い影が周囲を取り囲んでいた。
その数は次々と増えてゆく。
今まで敵味方であったアデッサ、ダフォディルの二人組とサザンカは互いを警戒しつつも背中合わせとなり、新たなる異形の敵に目をみはらせた。
アデッサが叫ぶ。
「これは『グナァムン』! 古代の魔道兵器だ!」
低い振動音と共に、三人を取り囲むグナァムンが一斉に口から光線を放った。
サザンカは光線を体術でかわし切る。
一方、アデッサとダフォディルを囲む【鉄壁の紋章】が光線をさえぎるが……。
バシッ!
光線を受けた【鉄壁の紋章】の古代文字が火花をあげて焼き切れた。
「あわわわッ! アデッサ! なによこれ!」
「古代の魔道兵器だ。魔王の城で戦ったことがある。どこかに中枢がある筈だ! それを壊さねば、長くはもたない!」
アデッサは剥がれ落ちそうになる【鉄壁の紋章】を気にしながら周囲のグナァムンを瞬殺してゆく。だがその背後から新たなグナァムンが次々と押し寄せてきた。
「中枢は……どこだッ!」
一方、サザンカはグナァムンの攻撃がアデッサへ集中している隙に戦いを離れ、デージ・マギームンの操縦席へと梯子を駆け上る。
「カトレア様! 危険です! ここは一時退避をッ!」
カトレアはほっぺを『ぷっ』とふくらませた。
「NO」
カトレアは操縦席がだいぶ気に入ったようだ。
サザンカの動きがピタリと止まる。ふた呼吸後――
「御意!」
サザンカはカトレアへ頭を下げるとくるりと振り返り、赤いラインが入った修道着をなびかせて光線が飛び交う地上へと飛び降り――
「うおおおおおお!」
と、雄叫びをあげながら、押し寄せるグナァムンをなぎ倒しはじめた。
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