人類半殺し計画③

 サザンカはアンデッドの群れを召喚しつつ、次々とグナァムンを斬り伏せてゆく。だが、敵の数は限りない。グナァムンの光線はアンデッドたちを的確にとらえ、みるみるうちにその数を減らしていった。サザンカの修道着も敵の光線に裂かれ、豊満な胸や尻がこぼれそうになっている。


「クソっ!」


 ――ここは無理にでもカトレア様を連れて撤退するしか……いや、カトレア様のお言葉は絶対! これは未来のための試練……ん!? そうか!


 サザンカは意を決すると叫んだ。


「アデッサ!」


 サザンカが叫びながらアデッサとダフォディルへ目を向ける。二人は無数の光線に晒され、【鉄壁の紋章】が火花を散らしていた。いくつもの青い古代文字の破片が剥がれ落ちてゆく。アデッサが剣を振ると周囲のグナァムンが一掃されるが、すぐに、その空間へ新手が押し寄せる。流石の二人もそう長くは持ちそうにない。


「サザンカッ! 中枢はどこだ!」


 アデッサの声に先ほどまでの余裕は感じられなかった。


 ――このままアデッサを見殺しにするのも一興いっきょう。だがここは……


 サザンカはひと呼吸勿体もったいを付けてから、不遜ふそんな表情で封印の間の一角をあごで指した。その先では、壁面にはめこまれた四角い板状のものが、鈍い緑色の光を放っている。


「中枢を破壊しようにも、通常の攻撃は受け付けんぞ。どうする、瞬殺姫!」


「フッ。私を誰だと思ってる! 行こう、ダフォディル! あれを壊せばこいつらは動きを止める!」


 アデッサとダフォディルは繋いだ手を確かめ、目と目で合図をすると封印の中枢へ向け突き進んでゆく。アデッサが斬り拓き、ダフォディルが攻撃を受け、火花を散らしながら一糸乱れず流れるように。


 ――敵ながら見事なコンビネーション。だが、狙いどおりだ、アデッサ。


 サザンカは二人の進撃を横目にほくそ笑むと、目の前のグナァムンに見切りをつけ、再びデージ・マギームンの操縦席へ向かって梯子を駆け上った。



 壁面へ到達したアデッサは埋め込まれている緑色に輝く板へ剣を突き立てる。


「瞬・殺ッ!」


 アデッサの声と共に輝く板は陶器とうきのような音をたてて割れ、青白く放電しながら煙をあげた。すると同時に周囲のグナァムンが一斉に動きを止め、静けさが訪れる。次の瞬間、全てのグナァムンがその場へ崩れ落ちた。まるで地震のような地響き。


「ふう……もう大丈夫だよ、ダフォディル」


 アデッサは額に浮かんだ汗を拭った。


「ふはははは! ご苦労であった、アデッサ!」


 背後からカトレアの笑い声。


 アデッサとダフォディルが振り返ると、デージ・マギームンの操縦席の上で仁王立ちするカトレア。かたわらに立つサザンカ。


 そして、今まで石像のように見えていたデージ・マギームンが薄い光を放っている。低い振動音。熱を放ちはじめたのか、その周囲に陽炎かげろうが立っていた。今にも動き出しそうな気配がする。


「きさまが封印を破壊してくれたおかげでロボがうごくようになったわッ! お前はつくづく努力が裏目にでる運命にあるのだ! 絶望しろ、アデッサ!」


「なんだとッ!」


 アデッサは【王家の剣】の切っ先をカトレアへ向けた。

 腕の【瞬殺の紋章】が赤い輝きを放つ。


 だが、カトレアはひるまない。

 腰に手を当てて平らな胸を張った。


「アデッサ!


 魔王を倒しただけでは世界に幸せは訪れない!

 魔王だけでは殺し足りぬのだ!


 世界は一度、浄化されなければならない!

 浄化なしに、世界に幸せは訪れない!


 汚れた人間どもを殺し、殺し、殺して、殺し尽くしたあとに、

 清純な心を持った子供たちの手で世界を再生させる!

 憎しみも、苦しみも、悲しみもない幸せな世界が実現するのだ!


 それこそが【人類半殺し計画】だッ!


 アデッサ! お前のやり方では世界に平和は訪れぬ!

 今から私がこのロボで世界を浄化する。

 様子をよく見ておけ!」


 カトレアは勝ち誇った顔でニヤリと笑った

 そして――


「たいせつなことなのでもう一度いいます。

 魔王を倒しただけでは――」


「言うな、長いッ!」


 アデッサが差し出した左手にダフォディルが右手を合わせ、二人は深く指を絡ませた。ダフォディルはスカートをたなびかせながらくるりと一回転してアデッサの胸の中へおさまる。


 二人はぴったりと息を合わせてデージ・マギームンへ向けて突進した。


 カトレアはその姿を『ふん』と鼻で笑うと操縦室の中へと姿を消す。

 デージ・マギームン搭乗口のドアがパタリと閉まった。


《この威力、見るがよい! ポチっとな》


 カトレアの拡声された声がデージ・マギームンから発せられた。


 同時に周囲が真っ白な光に満ち――


 轟 音 !

 爆 風 !


 アデッサとダフォディルはお互いをかばいながら立ち止まった。押しよせた爆音と爆風、そして高熱は【鉄壁の紋章】により退けられ二人は無傷。だが……伏せた顔を徐々にあげ、驚愕きょうがくの声を発する。


「これはッ!」


 地中深くに居たはずが、空が見える。それどころか、周囲の壁面すら見当たらない。見渡すと封印の間どころか、丘一帯が完全に蒸発して消え失せ、自分たちが巨大なクレーターの底にいることがわかった。


「なんて破壊力だ……」


《どうだ、おそれいったか! あはははは!》


 頭上から拡声されたカトレアの声が響いた。驚き見上げると、デージ・マギームンは薄桃色のオーラを放ちながら空中に浮かんでいる。


「え、あいつ飛ぶの!?」


 ダフォディルは空に浮かぶ巨大な人型兵器を見て目を丸くした。


「くそ、これでは攻撃が……」


 アデッサは歯ぎしりをする。


《ふふふ、空中なら手も足も出まい――おや? ちょうど良い所に町があるではないか。まずはあの町から浄化してやろう!》


「――やめろ!!」


 アデッサは声の限り叫んだ。


 だが、その声は空中のカトレアには届かない。

 デージ・マギームンは巨大な右腕をゆっくりと上げ、コリャサの町の方角を指さした。


《……照準は……これかなぁ?》


《カトレア様、こちらでは?》


《ちょっと、私がやるから! サザンカは触らないで!》


《ハッ、申し訳ございません!》


《えーと、これがロケットパンチだから、わかった、このボタンを……ポチっとな》


 デージ・マギームンが町へ向けた右腕……ではなく、地面へ向けてだらりと下げていた左腕が輝きを放ち始める。


《あれ?》


 次の瞬間、デージ・マギームンの左腕から強烈な光線が地面へ向けて放たれ、真下にいたアデッサとダフォディルの目の前へ着弾する。


「うわあッ!」


 光線は『ボッ』と何かが燃えるかのような音をたて、二人の目の前に大きな穴を穿うがった。


「このままではッ……くそ、あいつを止める方法は……ん!?」


 ゴゴゴゴゴ……


 アデッサがブロンドをかきあげ空を見上げて歯ぎしりをしていると……地響きと共に、先ほどデージ・マギームンの光線が穿った穴の底から岩が斜面を転がるかのような音が響いてくる。


「アデッサ……この音は!」


「地中から何かが……そうかッ!」


 アデッサとダフォディルは視線を合わせ、頷き合った。



 その頃、デージ・マギームンの操縦席では――カトレアが立ったまま操縦桿を握りペダルを踏んでいた。操縦席周囲の壁には、魔法によって外の景色が映し出されている。


「てへ、間違えちゃった」


 カトレアは傍らに立つサザンカにペロっと舌を出した。


「カトレア様、やはりこちらのボタンではないかと」


 サザンカはマニュアルをペラペラとめくりながら、操縦桿に取り付けられたボタンを指さす。


「……あれ? 『熱反応接近』って書いてあるけど、なんだろう?」


「さて、何でしょうか……」


 カトレアとサザンカは計器が指し示した方向に目を向ける。すると――先ほどの一撃で地面へ開けた穴から熱泉が噴き出していた。噴き出す熱泉の勢いは強く、その高さは……デージ・マギームンの飛行高度よりもはるか上方に達している。


「……どうやら、先ほどの攻撃で地盤が割れて温泉が噴き出したようですね」


 そして、二人の目に、熱泉に吹き上げられて宙に舞う、青い古代文字の帯と、赤い古代文字の帯が映った。


 カトレアがポツリとつぶやいた。


「あの二人、飛んでる……」


「はい、温泉に吹き上げられて……こちらへ向かって落ちて来ますね……」


 カトレアとサザンカはポカンと口を開けたまま顔を見合わせた。


「「うわあああああ! 回避! 回避!」」


 カトレアとサザンカがそれぞれ別の方向へ操縦桿を倒す。デージ・マギームンは空中でくるくるとスピンした。


「「うわあああああ!」」


 そこへ空中から舞い降りてきたアデッサと、ダフォディル――



「瞬・殺ッ!」



 ちゅどーん!



 コリャサの丘があった場所は巨大なクレーターとなり、クレーターは中心から湧きだした温泉で満たされてゆく。アデッサとダフォディルはその縁に立ち、デージ・マギームンの残骸が水没してゆく様子を眺めていた。


「やれやれ……危ないところだった」


 アデッサは溜め息混じりにつぶやいた。

 ダフォディルは憂鬱ゆううつそうにこたえる。


「あの二人、どうせ逃げだしてるわ。また何かやらかしそう」


「うん……」


 アデッサは湯気をあげる水面から隣に立つダフォディルへと視線を移した。そしてダフォディルを引き寄せるとそっと背中を撫でる。


「ちょっと、アデッサ……!?」


「せっかくの美肌ローションが台無しだ」


 アデッサに言われたダフォディルはあらためて自分の手足を見た。確かに、二人ともほこりまみれだ。ダフォディルがアデッサを誘う。


「温泉、入っていく?」


 かくして、丘だけが目印だった平原の街道町コリャサは大温泉街として栄えることとなるのだが、それはもう少し未来の出来事。そこでの二人のお話はまた、いずれ。

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