鈍色の自由
鈍色の自由①
ミンヨウ大陸は踏みつぶしたジャガイモのようなかたちをしている。
大陸の真ん中にはおおきな荒れ地があり、そのまた真ん中には『
ホイサは交通の要所であり、街はそこそこにぎわっている。『俺、ホイサ出身なんだよねー』と、友達にはなしても田舎者だとバカにはされず、かといって若者が夢見るような大都会でもない。そんな街だ。
ホイサは『城郭都市』の名のとおり、周囲をぐるりと城壁にかこまれている。
もちろん、城壁は敵の侵入をふせぐためのものだ。
だが、最近は『敵』の意味が変わりはじめている。以前まで、敵とはまさに魔王がはなつモンスターをさしていた。しかし、魔王討伐以降、『新世界』と呼ばれる時代のながれのなかで、敵は『隣国』へと変わりつつある。
そんな時代のある日。時刻はお昼の少しまえ。
ここはホイサ城門、入国審査室。
開け放たれた
行商人がつめかける朝のラッシュの時間帯はとっくにすぎており、旅人が殺到する夕刻にはまだはやい。広い室内はガラガラで、入国希望者は二人しかおらず、カウンターに担当者の姿はみえない。
入国希望者のひとりは黒のショートヘア。色白な美少女、ダフォディルだ。
旅の途中だというのに髪も服もそのまま人前に出られそうなほど小奇麗にととのっている。服はバックレスのホルターネックにミニスカートの組み合わせ。
「すみませーん」
ダフォディルはカウンターのむこうのドアへ声をかけた。だが、反応はない。
そして、もうひとりの入国希望者、アデッサは……さっきからしきりに寝ぐせを気にしていた。
ボサッと乱れたブロンドのショートヘアに包まれた凛々しい
「お待たせしました!」
ようやくカウンターのむこうのドアが開き、なかから担当者があらわれた。年齢は二十代前半。人懐っこい眼差し。瞳は綺麗なブルー。ぶ厚い胸板にキリリと引き締まった顔だち。役人よりも冒険者といった
「ようこそ、ホイサへ――え!? 女性二人で旅を!?」
「……ええ。そうなんです」
アデッサは寝ぐせに手を添えたまま青年の問いかけにボンヤリとこたえ、ポーチからカードを取り出してカウンターへ置いた。このカードは旅人であれば誰でももっている身分証だ。名前や出身地などが記されており、簡素だが強固な魔法によって偽造や偽証が封じられている。
青年は差し出された身分証には目もくれず、アデッサのこたえに
「なんということを! 若い女性が街を離れるだけで危険だというのに! 知らないのですか? 魔王が討伐された影響で世界はかえって混乱してるんです! その腰の剣、多少は……おっと、失礼……技に
「は、はあ……」
てっきり事務的な入国手続きがはじまると思っていたアデッサは
一方、ダフォディルは――『私のアデッサ』に言い寄ろうとしている『馬の骨』を、切り揃えられた前髪の下から殺気がこもった視線で睨みつける。
青年はしゃべり続ける。
「ふむぅ……なるほどぉ。わかりました! お二人にはなにか、危険を
青年はそこで話を区切り、軽く咳払いをしてカウンターから身を乗り出した。
アデッサはなおもポカンとしている。
「もし、よろしければ僕に事情を聞かせてはもらえないでしょうか?」
アデッサは突然の展開に何が起きているのか付いて行けず、口を開いたまま目をパチパチとしばたたかせる。
――はて? この人は何を言っているんだ? 入国審査ではないのか? 寝ぐせを気にしてて、なにか大事な所を聞き
「あのぉ……」
「いいえ、今すぐとはいいません。滞在中、お時間があるときでいいんです! そうだ、ホイサに来るのは初めてでしょうか? 美味しいお店があるんですよ! よろしければ今夜、お食事でもしながら――」
「――審査官」
ダフォディルが落ち着き払った声で割り込んだ。
「こちらが私の身分証――」
ダフォディルがアデッサの身分証のとなりに自分のものを置くと、青年はようやくカウンターの上に並べられたカードへ視線を落とした。その顔はまだ、あきらめてはいない。まずはダフォディルのカードへさらりと目をとおし、続いてアデッサのカードを手にとる。
――さあ、自分がしたことを悔いるがよいわ、『馬の骨』。
そんな、ダフォディルの心の中のつぶやきが現実の呪いとなったかのように、青年の顔は笑顔のまま固まった。
「ヤーレン……ヤーレンの……あ、アデッサ……!?」
「そうよ」
ダフォディルの黒髪の下からのぞく蔑む視線。
その口元はサディスティックな
「しゅ……瞬殺姫!」
「ええ、そのとおり。こちらがヤーレンの第十三王女、瞬殺姫アデッサ」
顔面蒼白となった青年の視線がカクカクと身分証とアデッサのあいだを行ったり来たりする。その様子をダフォディルは満足そうに眺めていた。
そして、ダフォディルは知っていた。
アデッサの名声と共に
曰く、瞬殺姫は男の肝を喰らうだの、
そして当のアデッサは――ようやく、青年が自分に対して好意を向けてくれていることに気づく。
アデッサはひまわりの様な笑顔でカウンターに乗り出した。男子に声をかけられるなんて久しぶり。しかも相手はイケメンで、ゲイではなさそうなのだ。
「よろこんで! あの、お食事、ぜひ!」
もちろん、手遅れである。
「ひいッ!」
青年はビクッと飛び上がる。青年の頭の中でアデッサのことばは『お前うまそうだな、昼飯に喰ってやる』と言うフレーズに変換されていた。
「うあああ! にゅ、入国審査は完了です! まったく問題ありません! さようなら! よい旅を!」
青年は早口でそう叫ぶと二枚の通行証をカウンターに置き、背後のドアから駆け足で逃げ去っていった。
「あの……お食事……」
呆然と立ち尽くすアデッサ。
――なぜ急に態度が変わった!? 寝ぐせか? やはり寝ぐせが敗因なのかッ!?
と、再び寝ぐせをなでる。
ダフォディルは満足そうな笑顔で通行証をポーチへしまった。
「さあ、審査は済んだわ。いきましょう、アデッサ」
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