瞬殺姫〆アデッサの冒険③

 その巨大な岩山は強大な魔力によって、はるか雲よりもたかく、空に浮かんでいた。


 岩山は澄みきった青空を背に、純白の雲海うんかいへ黒々とした影を落としながらゆっくりと進んでゆく。切り立った峰に強風が吹き付け、不気味な風鳴かざなりがひびいた。


 岩山は徐々に飛行高度をさげはじめる。


 風に侵食され氷柱つららのようにとがった下部が雲海に突きささる。そのまま沈みこみ、いただきにそびえる城までもが、すっぽりと雲のなかへとのみこまれていった。


 岩山の頂の城。その玉座ぎょくざの間では魔族『トゥブン・グスク』が窓辺にたち、視界を厚くさえぎる雲が晴れ、眼下に緑の大地が広がってゆく様子を満足そうにながめていた。


「くくく、完璧だ……」


 グスクは笑いまじりにひとちた。そして、赤いマントをひるがえし悠々と玉座へもどると浅く腰かけ足を組んだ。腹からこみ上げてきた笑いを隠しもせずに、耳まで裂けた口を部屋中にひびかせる。


「ふははははは! 魔王がつぶれるまで空で待機し一気に成り代わる戦略、我ながら完璧だ! 地上め……すぐにこのグスク様が支配してやる。待っていろ! ははははは!」


 そのとき――ドアが乱暴に開かれ、戸口に一匹の低級悪魔が現れた。


「グスクさま!」


「フン……なにごとだ」


 グスクは笑いを大きなため息で打ち消して眉間へしわを寄せ、露骨に不機嫌な顔をつくると低級悪魔をにらみつけた。


 地上の征服をたくらむグスクにとって、「戦え」と命じれば死ぬまで戦い、見返りも要求しない低級悪魔は都合がよいモンスターだ。この城には地上侵攻にそなえ、すでに数千匹もの低級悪魔を待機させている。だが、低級悪魔の知力は低くなんど教えてもな行動しかとれなかった。そしてなにより、高貴な魔族である自分につかえるにはあまりにもみにくい。グスクはそれがおおいに不満であった。


 ――早く地上の街を征服し、人間の奴隷を手に入れねば。

 グスクはあわてる低級悪魔を見下ろしながらそう考えた。


「てき、きた! とり、のって、きた!」


「敵? 鳥……だと? 規模は? 何百人だ?」


「ふたり!」


 グスクは低級悪魔のつなない報告に苛立いらだちを感じつつ、この状況を疑問に思った。


 ――どういうことだ? 低級悪魔は私には嘘をつかない。二人の敵が……おそらく鳥に乗って、この城へ攻め込んできたのは事実であろう……しかし、たった二人で何ができるというのだ。こちらには死を恐れぬ兵が何千匹と居る。たった二人の侵入者など殺してしまえば良いだけのこと……だが、この低級悪魔のあわて方と……嫌な予感は、なんだ?


 そのとき、グスクは戸口に立つ低級悪魔の背後に赤い帯のようなものが漂っていることに気付いた。見間違えかと目をこらした次の瞬間、宙を舞う赤い古代文字の帯は低級悪魔の体へからみついた。


 通路に女の声がひびく。


「瞬殺」


 その声と共に低級悪魔が白目をむき、床へ崩れ落ちた。


「――!」


 グスクは驚きに目を見ひらき、玉座の肘掛を握りしめた。低級悪魔の命を奪った赤い古代文字の帯は宙にフッと掻き消える。そして、ドアのむこうから一歩ずつ近づく靴音。グスクは戸口から視線をそらすことができずに固唾かたずをのんだ。


 最初に戸口からのぞいたのは長剣の切っ先。

 そして、ブロンドのショートヘア。

 白いビキニ。革のホットパンツとブーツ。

 右腕の赤い【瞬殺の紋章】。


 アデッサだ。


 アデッサはブーツの足音をひびかせてなんのためらいもなく玉座の間へ入りこむ。そして、驚愕きょうがくし目を見張っているグスクをまるで置物が置いてあるかのように気にもとめず、部屋の中をぐるりと見回した。


「ほう、もう親玉の部屋か。空飛ぶ城と聞いて期待していたが……ずいぶんと見かけ倒しじゃないか」


 少女にしてはやや低く、よく響く声。少女というよりも青年のような凛々しい顔立ち。口もとには薄っすらと余裕の微笑みをうかべている。鋭い視線は目前の敵には向けられていないが、隙を感じさせない。


 アデッサはなおもグスクを無視し、窓辺へと歩く。眼下に広がる風景を眺め、風にそよぐブロンドを左手でさらりとかき上げた――その腕に【鉄壁の紋章】は見当たらない。


「いい景色。町の子供たちを連れてきたら喜びそうだ」


 グスクは侵入者への怒りを感じるよりも、まずは、自分の目と耳をうたがわなければならなかった。


 ――一人でここに辿り着いた、だと? 衛兵どもは? 戦う音など聞こえなかったぞ? それに、『新魔王』であるこの私を前に、なんだ、この女の傲慢ごうまんな態度と破廉恥な恰好は! あまりにも軽装……どころではない! 冒険者風にアレンジされているものの、ビキニアーマーですらない、ただのビキニとホットパンツではないか!


「――お、おのれッ!」


 いきどおり玉座から立ち上がろうとしたグスクを、アデッサは振り返りざまに鋭い視線で貫いた。


 その、少女のものとは思えない冷たく鋭い眼光に気圧けおされて、グスクは起こしかけた体を再び玉座へと貼りつかせる。


「クッ、、、」


 おののくグスクに、アデッサはまるで手加減するかのように表情をゆるめる。

 そして手首をくるりと返して【王家の剣】を一振りすると、グスクへ向けてピタリと構えた。


「我が名は瞬殺姫、アデッサ・ヤーレンコリャコリャ! 魔族トゥブン・グスク、世に害を為す悪辣あくらつめ! 女神の名のもとに、我が紋章に裁かれよ!」


 アデッサが名乗りを上げると右腕の【瞬殺の紋章】から赤い古代文字の帯が吹きだし、アデッサの周囲に舞った。


「ア、アデッサ……!?」


 グスクは魔王を倒した者、アデッサの名を知っていた。そしてその赤い紋章の意味も……。だが、アデッサの名を聞いたグスクはかえって落ち着きを取り戻し、口もとに不気味な含み笑いをうかべる。そして再び玉座から立ち上がりかけた、そのとき――


「ウギャーッ!!」


 なにかに吹き飛ばされた低級悪魔がドアの外から部屋の中へと飛び込んできた。そして壁に激しく叩き付けられ、熟れた果実のようにぐしゃりと潰れる。周囲に紫色の血液と内臓が飛び散った。


「もー、アデッサったら! 先にいっちゃうんだから!」


 そして、ずかずかと歩きながら玉座の間に侵入してきたのは――黒髪ショートヘア、色白、青い瞳の少女。


 グスクはもう一度、自分の目を疑わなければならなかった。


 少女が身にまとっているのはバックレスのホルターネックにミニスカート。アデッサがそうであるように、冒険者風にアレンジしてはいるものの、背後から見れば隠れている部分の方がはるかに少ないパーティドレスだ。


 そして、少女の周囲に舞う、青い古代文字の帯。

 白く細い左腕に刻まれた、青い【鉄壁の紋章】。


 黒髪の少女は薄いくちびるをすぼめ頬をぷっとふくらませながら、同じくグスクを無視してアデッサの隣へ歩み寄った。


 そして右手でアデッサの左手をとり、しっかりと指を絡める。すると、少女の周囲を舞っていた青い古代文字の帯が軌跡を変え、二人のまわりにただよいはじめた。


「わたしがいないと防御力ゼロなんだからねッ。おいてきぼりにしたらいつか痛い目にあっちゃうんだからッ」


 黒髪の少女は優しい母親が娘に言いきかせるかのようにアデッサをいましめた。少女はアデッサとは対照的に可憐な目鼻立ちをしており、やや細身な体型も相まって少し幼く見える。そんな少女が凛々しいアデッサを叱る姿は、まるで『背伸びしてお姉さんぶっている妹』のように見えた。


「ごめんよ、ダフォディル」


 アデッサは少年のようにいたずらっぽく笑うと、繋いだ手をきゅっと引いて黒髪の少女、ダフォディルを胸のなかへと抱きしめる。アデッサの凛々しい顔がダフォディルの目前へ迫った。


「あっ……」


 そのまま唇をうばわれてしまいそうな体勢に、ダフォディルは頬をパッと赤らめた。青い瞳がきらりと潤み、左肩から黒いブラジャーのストラップがはらりと落ちる。どこからか吹き込んできた風が二人の周囲へ白い花びらを舞い散らせた。


 見つめ合う、二人。


「……貴様らッ!」


 怒鳴どなるグスク。


 ダフォディルは二人だけの世界へ割り込んできたグスクをイラッとした目でにらみ返した。グスクは一瞬たじろぐ、が、ふたたび余裕の含み笑いを浮かべる。


「、、、ふっ、瞬殺姫……貴様がここへ来ることなど想定内。知っているぞ、その【鉄壁の紋章】の弱点を! 心理魔法を防げないことをッ!」


 グスクはそう言うと長く鋭い爪がはえた指をパチンと鳴らした。


でよ、悪魔『クルサリンドー』ッ!」


 グスクの呼びかけと同時に、目の前の床からドス黒い煙が噴き出した。黒煙はみるみるうちに固形化してゆき、やがて紫色の肌を持つ異様な形をした悪魔、クルサリンドーへと変化していった。その身体は人間よりよりふたまわりも大きく、潰れた牡牛のような顔と鹿の足を持ち、腕は屈強な体に対してなお、アンバランスなほどに太い。


「ぐおおおおお!」


 クルサリンドーが獣のような雄叫おたけびをあげ、手に握っている黒いオーラを放つ巨大な剣を振りかぶった。


「クッ……」


 その剣を前に、アデッサの顔にはじめて緊張が浮かぶ。

 庇うかのように、ダフォディルを抱きしめる手に力が入った。


 黒いオーラは【鉄壁の紋章】では防げない『心理魔法』が武器に込められていることを示している。魔王城攻略のさい、アデッサはこの黒いオーラを放つ武器に何度も苦しめられ、仲間の命を奪われていた。苦い記憶がよみがえり、アデッサは歯をかみしめる。


 しかし――


「外向的悪魔爆裂!」


 ダフォディルが手のひらを向け短い呪文を唱えると、悪魔クルサリンドーの体が泡のように膨れ上がり、次の瞬間、血飛沫ちしぶきをあげて破裂した。あたりに紫色の血と骨と内臓が飛び散る。


 グスクは飛び散った内臓を頭からかぶり紫色の血液でベッタベタに濡れていた。むせ返るような生臭さが部屋に満ちる。【鉄壁の紋章】で守られている二人は返り血ひとつ浴びていない。


 突然の出来事に、グスクはしたたる悪魔の血を拭い去るのも忘れ、あんぐりと口を開いたまま固まっていた。やがて、わななきながら切れ切れの息で、なんとか声を絞り出す。


「そ、その力……ソーラン家! ソーラン家の退魔師かッ!」


「いかにも! ソーラン退魔道後継者、ダフォディル・ソーランハイハイ!」


 ダフォディルが名乗りをあげるとグスクは頭にこびりついた悪魔の内臓を床に叩きつけ、癇癪かんしゃくをおこした子供のように地団駄じだんだを踏んだ。


 ソーラン退魔道。神の力に頼らずに悪魔を退ける技。その技で退しりぞけられるのは悪魔のみ。悪魔とは似て非なる『魔族』であるグスクにダフォディルの技は効かないのだが、そんなことよりも……。


 ――クソっ! こいつら、すでに城の低級悪魔どもを全滅させているに違いないッ! 作戦は延期だ! だが……コロス! 絶対に生かしておかぬ!!


 グスクは長年の計画が崩れ去ったことを悟り、深い憎悪がこもった熱い息を吐きだしながらアデッサとダフォディルをにらんだ。


「よかろう。地上侵攻までは温存しておくつもりだったのだが……」


 グスクはそういいながら立ち上がり、赤いマントを脱ぎ捨て――


「人間よ!! 我が魔力を思い知るがよ――」


「瞬殺!」


「グハあぁぁッ!」


 ――赤いマントを脱ぎ捨てた直後、グスクはアデッサに瞬殺された。


 グスクのむくろがバタリと音をたてて床に崩れ落ちる。


 アデッサは【王家の剣】をくるりと振り回し、ヒュッと刃鳴はなりりをさせてからさやへと納めた。


 と、同時に、城が揺れ始める。


「ん? これは……」


 アデッサとダフォディルは手をつないだまま背中合わせに立ち、周囲を警戒するが――振動とともに体が軽くなる感覚。その直後に二人の体が床からふわりと浮いた。二人の体だけではない。部屋の中の家具や重い玉座、悪魔たちの死体までもが宙に浮きはじめる。


「あ、あ、あ、アデッサ! 落ちてる! この城、落ちてるわよ!」


 わちゃわちゃと取り乱すダフォディルの言葉にアデッサは「はて」と、眉間にしわを寄せた。そして晴れやかな顔で思い出す。


「そうか! そういえばこの山、コイツの魔力で飛んでるんだった」


「先に言ってよ! 殺しちゃったじゃない! どーするのよッ!」


 ここで、ダフォディルはおもわずアデッサから手を離してしまう。


「ははは、大丈夫! 二人いっしょならなんとかなるさ!」


 つぎの瞬間、破裂するかのような音をたて、暴風が玉座の間へとなだれ込んできた。強烈な風圧で部屋中のものが巻き上げられ、窓を突き破って外へと飛び出してゆく。


「きゃあああああああ!」


 強風にあおられたダフォディルは玉座やグスクの死体とともに窓の外と吸い出されていった。


「ダフォディル!」


 アデッサの動きに迷いはなかった。床を蹴ってはずみをつけると風に乗り、ダフォディルを追って窓から空へと飛び出す。背後では地上へ向けて加速してゆく巨大な岩山が風圧により崩壊しはじめていた。峰が崩れ、岩石が次々とがれ落ちてゆく。


 アデッサはダフォディルから視線をはなさない。華麗な体術で姿勢を保つと、飛び交う岩山の破片をたくみに蹴りながら、ダフォディルへ飛びつき、抱きかかえた。風の音が二人を包む。アデッサが高度を確認すると、眼下の森が小さく見えた。


「ダフォディル、【鉄壁の紋章】を!」


 アデッサはダフォディルをひきよせ耳元で叫んだ。


「いやあああああああ!」


「ダフォ、落ち着いて……」


 ダフォディルは取り乱し、紋章の力を発動できずにいた。


 アデッサはダフォディルをしっかりと抱えながら、どうしたものかと考える。時間に余裕はない。ひとかたまりに見えていた森の木々が、今では一本一本見分けられるほどに迫っている。地上では先に落下した岩山の破片がつぎつぎと土埃つちぼこりの柱をたてていた。


 アデッサはふと、過去の出来事を思い出す。【赤のパーティ】の仲間と共に魔王討伐を目指していたころ、取り乱した自分を落ち着かせるために、隊長、あの女剣士が自分にしたことを。


 ――あれなら、自分にも。


「ダフォディル!」


 アデッサはダフォディルを片手できつく抱きしめ、頬にそっと手を添えた。

 そして、正面からその青い瞳を覗き込んむ。


「ダフォディル、私を見て!」


 アデッサの瞳に吸い込まれるように、ダフォディルの瞳が焦点をとりもどしてゆく。

 そして、アデッサはダフォディルへそっと口づけをする。

 迫る地表を目前に、激しい風につつまれながら、ふたりは時が止まったかのように抱きしめあい、唇をかさね続けた。


 アデッサが唇をはなす。

 ダフォディルはまだまぶたを閉じていた。


「落ち着いたかい?」


 アデッサの声にダフォディルはこくりと頷き、そっと目をひらく。

 その目に映ったのは――地面。


「いやああああ!」


 次の瞬間、青い古代文字の帯につつまれながら、二人は大地に激突した。


 ほぼ同時に着地した岩山が爆音をたてて砕け散り、大量の岩石を周囲へ飛び散らせ、一帯を厚い土埃でつつみこんだ。幸いにも、岩山が落下したのは誰も住まぬ広大な荒れ地の真ん中であった。もし、落下したのが都市の真上であったなら、その都市は間違いなく地図から消えていたであろう。



 夜の荒れ地を煌々こうこうとてらす月明り。焚火を囲う少女がふたり。そのかたわらには、空から落下した巨大な岩山。頂上にそびえていた城はあとかたもなく崩れ去っていた。


「これでまた、世界は幸せに近づいたのかな……」


 アデッサは夜空をぼんやりと眺めながらつぶやいた。本当は魔王討伐以来、なにをやっても虚しい。たみに害をなすものを倒せば世界は幸せに近づくはずだ。と、どれだけ自分に言い聞かせても、その言葉は心にぽっかりと開いた穴に吸い込まれてゆく。


 自分が正義と信じてうごくと、いつも大きなことが起こる。

 女神様に紋章を授かったときも、魔王討伐のときも、今日だって……。

 でも、それが本当に世界の幸せにつながっている実感が持てない。


 その虚しさを癒してくれるのは、自分のものではない、誰かの言葉。

 アデッサはダフォディルにそれを求めていた。


「……そうじゃなきゃやってらんないわよ」


 少しいじけ気味で、どこかよそよそしいダフォディルが視線をそらせながらぽつりとこたえる。こたえながらも、心の中では昼のできごとをいつまでも、グズグズと考え続けていた。


 ――そりゃぁ、アデッサと……キス……できたのは嬉しいんだけど……ちがうのよ! そっちじゃないのよ! わたしが望んでいるのは『ダフォディル、私たちズッ友だよ』『えッ……』『どうしたんだい? ダフォディル』『ともだちだけぢゃ……イヤっ』『ダフォ……』『アデッサ……』見つめ合う二人、そして……ちゅっ……これよ、これなのよッ!


「……ひとの気もしらないで」


 ダフォディルは唇をとがらせてボソッとつぶやき、そっぽを向いた。

 アデッサは急によそよそしくされた理由がわからずに目をしばたたかせる。


 ――なんでだろう。理由はわからないけど、ダフォディルはときどき気むずかしくなる。別に嫌われているわけではない筈、なのだが……。よし、こんなときはいつもの『甘えて落とす』作戦だ。


 アデッサはゴロリと横になると、ダフォディルの膝へ頭を乗せる――寸前に、ダフォディルは膝をよけた。空振りしたアデッサは『ゴスッ』という音をたてて後頭部を地面に強打する。


「なあ……ダフォ……」


 アデッサは地べたへ寝転がったままダフォディルを見上げた。


 ダフォディルは沈んだ眼差しをアデッサへちらりと向ける。美少女と言うよりも、美少年のようなアデッサの顔立ち。さらりとしたブロンドの陰からのぞく凛々しい眼差しに射抜かれてダフォディルの胸がきゅんと鳴り、頬は微かに赤らんだ。唇に、アデッサ感触がよみがえる。


「なによ……」


 アデッサの笑顔ひとつで気持ちがくつがえり、さっきまで拗ねていた心の奥がユラリと揺れたことを悟られまいと、ダフォディルは視線を泳がせた。せいいっぱいに強がりながらもうるんだ青い瞳が焚火を反射してキラリと輝くのは隠しきれない。


 アデッサは横座りしているダフォディルの腰へするりと手を回した。そして、こんどは強引にダフォディル鼠径部そけいぶへ頭を乗せ、顔を下腹部へぐりぐりと押し付ける。アデッサとしては子猫のように甘えているつもりなのだが――ダフォディルのお腹がきゅんと鳴った。


「……な! ななな!」


 旅の最中で何日も風呂に入っていない、それどころか空から落ちる最中に少しらしてしまった下着をまだ取り替えていない。に、においが、、、と、身構えたそのとき、アデッサがそこへ鼻先を押し付けたまま、スうッと息を吸った。ダフォディルの紅潮が限界に達する。


「アデッサ!!」


 ダフォディルは細い腕でアデッサのブロンドをポカポカと殴りつける、が、その手首はアデッサに易々やすやすと押さえられてしまった。アデッサが凛々しい目を細め、甘えるように膝の上から見上げる。


「なあ、ダフォ……いいだろ?」


 ダフォディルは勘違いした。


 青い瞳がきらりと潤み、左肩から黒いブラジャーのストラップがはらりと落ちる。どこからか吹き込んできた風が二人の周囲へ白い花びらを舞い散らせた。


(アデッ、サ……)


 アデッサはダフォディルの腰が逃げないように腕でおさえ、こばまない範囲をたしかめながら、そして、その範囲をすこしずつ広げながら、やわらかな下腹部をほほでさぐる。


(アデッサから、だなんて……)


 ダフォディルは決心した。


 まぶたを閉じ、最初はうまくいかなかったが、がんばって体の力をゆるめる。アデッサのあたたかな息づかいを下腹部に感じ、お腹がもういちど、きゅんと鳴った。激しく脈打つ心臓に途切れ途切れとなりながら、熱い息を少しずつ吐きだす。それを悟られまいと口もとを手の甲でおおい隠した。


 あとはぜんぶアデッサにまかせて………………だが、いつまでたってもアデッサはダフォディルが覚悟した領域には侵入してこない。


「……アデッ……サ?」


 ダフォディルが薄く目を開くと、アデッサは自分の膝を枕に、すでに熟睡の体勢へと移行しはじめていた。


「ダフォ……いいじゃないかぁ、膝枕ぐらい……むにゃむにゃ」


 夜の荒れ地にアデッサが後頭部を強打する『ゴツッ』という音が、再び響いた。

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