第11話 一閃


 与次郎と鴣鷲が、天空に拡がる黒雲の中から突如顕現した九頭一尾の巨大な龍の姿に驚いていると、与次郎の横で巨大に成長し続けていた梨が、近くの木々を、次々となぎ倒し始めた。


 飛んでいた鴣鷲がすかさず与次郎の後ろに回り込み、背中から与次郎の両脇をぐっと抱え、そのまま与次郎と共に、空高くへふわり、と舞い上がった。

 与次郎は、心臓がどきりとねた。


 二人がその場を離れた直後、巨大な梨はむくむくと膨張し続け、つい今しがたまで与次郎が立っていた場所をあっという間に占領し、近くにある石や岩、山木さんぼくを、まるで飲み込んでいくかのようにめきめきと押し潰し出した。

 押し潰されていく木々や岩々の砕け折れる破砕音が、地鳴りのように山に響き渡っていた。


 空には黒雲がごうごうと拡がり、太陽を隠し、稲妻を散らすように走らせていた。

 黒雲の中から梨の様子を見つめる九頭の立派な龍の双眸が、空中でぎらぎらと激しく光っていた。


 梨は縦に横にぐんぐんと膨らみ続け、いよいよ、飯縄山いいづなやまと変わらないほどの大きさにまで成長した。


 すると、ごごごごごご……という、腹の底に響くほどの凄まじい地響きが山の中から聞こえ始め、同時に九頭竜山くずりゅうざんが、まるで生きているかのように、縦に激しく揺れ動き始めた。


"────────どおおおおんっ……"


 轟音ごうおんとともに、山が大きく揺れた。



"ばきばきばきっ……"


"がらがらがら……"


"────どおおおんっ……"



────……巨大な梨の重みに耐えきれなくなり、九頭竜山が、端からがらがらと崩れ始めた。


"────ぐらりっ"


 九頭竜山の山頂にとどまっていた巨大な梨の重心が、東に傾いた。

 崩れゆく山の東の端に沿って、巨大な梨が、ゆっくりと動いた。

 梨は、崩れ落ちた山の東側の岩壁をさらに垂直に削り取り、


"……ばきばきばきっ"

"がらがらがらっ"

"────どおんっ、どおんっ……"


と轟音を響かせ、やがて、


"────……ずううううううん……っ!"


という地響きとともに、大地を震わせながら下に落ち、九頭竜山くずりゅうざん東隣ひがしどなりに並んだ。


 すると、今まで巨大に膨張する梨を空の上から黙って見ていた九頭の龍の両目が、一斉に“ぎらりっ”と光った。

 直後、九頭竜大神くずりゅうおおかみの熊手のような四つ指の巨大な片足が、地上に向かって突如、


“────ぬうっ……!”

と伸びた。

 その片足が、九頭竜山くずりゅうざんの隣に並んでいる山ほどの大きさになった巨大な梨を、


"────がしっ……!"

と、掴んだ。


 九頭竜大神くずりゅうおおかみは、掴んだ巨大な梨を、天空に渦巻く黒雲に向かって、


"────────ぐ……、ぐぐ…………、


────────…………ぐぐん……っ!"


と、重たそうに、持ち上げた。


 天に持ち上げられた巨大な梨が、並んでいる九頭の龍の顔の前まで昇った、その瞬間であった。


 九頭の龍たちが、自身の大きな口を次々にがば、がば、がば、と開き、


"────────がぶりッ!!”


と一斉に、持ち上げた巨大な梨に喰らいつき始めた。


 がつがつがつがつがつ……!


 むしゃむしゃむしゃ……っ!


 しゃくしゃくしゃくしゃくっ……!


 雷鳴轟き閃光が走る黒雲の下、九頭一尾の巨大な龍神が、山ほどの大きさの巨大な梨に、夢中で喰らいついていた。


 そのさまはまさに、圧巻の光景であった。


 与次郎と鴣鷲は、九頭の龍神が揃って梨にかじり付いている様子を、空中からただただ呆然と眺めているばかりであった。


 九頭竜山くずりゅうざんの端を削り取ったほどの巨大な梨は、九頭の龍たちによってみるみる喰い尽くされ、あっという間に、芯から種まで跡形も無く、空の上から消え去ってしまった。


「────……ああ……。

 絶品であった……!」


 梨を食べ終わった後、一頭の龍が、そう言った。


 ぐん、と、九頭の龍が一斉に、与次郎と鴣鷲へ視線を向けた。

 与次郎と鴣鷲は、心臓がばくんっ、と大きくね上がった。


「……さて。

 の梨の礼だ。

 ぬしら……。

 なにが望みなのだ」


 一頭の別の龍が、身体を強張こわばらせて固まっていた与次郎と鴣鷲に向かって、地の底から轟々ごうごうき上がってくるかのような力強い声音こわねで、そう言った。





◆◆◆




 鬼女が蒼頡に向かって光る斧を振り上げた、その時であった。


"────……じゅうっ"


 何かが焼ける音がした。


「────……あぁッ……!!」


 鬼女が、絶叫した。

 同時に、斧を持っていた左手を広げ、その左手をぶるぶると引きらせた。

 見ると、左の手の平が焼け爛れている。


 斧は鬼女の手から離れ、がらんっ……と重い音を立てて、下に落ちた。

 斧の持ち手は赤く光っており、“じゅうぅ……”と音を立て、湯気を出していた。


「……お……、おのれ……」


 鬼女は、凄まじい形相で蒼頡を睨んだ。


 蒼頡は、大きく澄んだ瞳で鬼女を見据えると、

「……ぬしには持てまい」

と言った。


 鬼女から生えていた二本のつのが、びきびきと音を立て、さらに鋭く伸び始めた。


「……ここまで虚仮こけにされたのは初めてじゃ」


 鬼女の両手の爪が、十本ともすべて、鎌のように鋭く伸びた。


「……そなたの目を潰し……耳鼻じびを削ぎ落とし、

────手足も切り落としてやる……っ!」


 鬼女がそう言って、蒼頡に一歩、二歩と近づいた。


────その時────。



"────────どおおおおおんっ……!!"


 爆音とともに、洞窟内がぐらぐらと激しく揺れ動いた。

 衝撃で、鬼女はぐらり、と態勢を崩した。


"────────ごごごごごごご……”

 地震のような縦揺れとともに、激しい地鳴りが、岩窟内に響き渡った。



「────!?

……何事か!」


 鬼女が、上を見て叫んだ。

 激しい振動の中、蒼頡の瞳が、きらりと光った。


「────……きたか!」

 蒼頡が声を上げた。


"────どおおおんっ……!!"


"…………がらがらがらっ……!!"


 洞窟の横壁に凄まじい衝撃が走り、岩壁を砕き散らしながら、巨大な穴が開いた。

 ごおおおおお……という風音とともに、砕けた岩壁の周りに舞い上がる土煙の中から、しゅうしゅうという荒い息遣いと生暖かい風が漏れ出し、洞窟内に充満した。


 やがて土煙が消え、壊れた横の岩壁から、巨大な一頭の龍の頭が、"ずううんっ……"ともの凄まじい存在感を放ちながら、蒼頡と鬼女の目の前に、姿を現した。


 鬼女は言葉も忘れ、龍の顔に釘付けになった。


 蒼頡と鬼女の姿をその巨大な瞳でぎろり、と捉えると、龍神が、口を開いた。


「……いたな……」


 そう言うなり、龍は大きな口をがばり、と開き、蒼頡と鬼女を、揃って


"────ばくりっ”


と、一度に丸ごと口の中に入れ、


"────────ごくりっ"

と、二人の身体を、そのまま丸呑みにした。


 蒼頡と鬼女は一切抵抗できないまま、暗く深い龍の腹の中へ、吸い込まれるかのように、二人揃って為す術も無く、落ちていったのであった────────。

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