第29話 夜、一人

 蓮君と一緒にいると、自分の中に巣くっている寂しさが消えることに気が付いたのは、蓮君に無理を言って住まわせてもらっている1週間の途中だった。けど、私は最初からそれを寂しさだと分かっていたわけじゃない。


 ただ、蓮君の側にいて蓮君と一緒に生活していくうちに凍っていた心が溶けだして、寂しさに気が付いただけなんだと思う。


 家に帰って生活するとただ心の空洞に風が吹くことに気が付いたのは、告白を貰った日のことだった。私なんて最初からいなかったように振る舞う両親。誰も私のことを見てくれない学校。


 だから、蓮君だけが心の救いだった。蓮君と一緒に居たいと思った。


 金曜日、蓮君の家にサプライズで向かおうと思ったら蓮君がスーパーにいることに気が付いて、こっそりその後ろをついて歩いて驚かそうと思った。顔が見えなかったので、何を考えているのかは分からなかった。


 ふと、蓮君が立ち止まって惣菜コーナーを見た時に蓮君の横顔が見えた。かっこいいなぁ、と思うのと同時に蓮君が何を考えているのかが頭の中に流れ込んできた。そこにあったのは、悲しみと寂しさ。


 居なくなってしまった両親への渇望かつぼうと、幼子への羨望せんぼう。そして、ねたみ。それら全てのドロりとした感情が私の中に流れ込んできたときに、私は蓮君のことを放っておくことが出来なくなった。


 そして、それに気が付けなかった自分自身のことが恥ずかしかった。


 蓮君は一度も自分の親について語ったことはなかった。だから、私は蓮君のことを人なんだと思っていた。親のことを完全に乗り越えた、強い人なんだと。


 でも、その時の蓮君を見た時に、私は呼吸が浅くなって心臓が痛くなった。自分には親がいる。例え自分がいないように振る舞われていても、会えないということはない。けど、蓮君は二度と会えないのだ。


 居ても立っても居られなくて、私は蓮君に声をかけた。


 私は蓮君を元気付けたくて、明るく振る舞った。蓮君は私と一緒にいて、だんだん明るくなっていくのがすぐに分かった。私は蓮君を明るくできた嬉しさと、自分がそれをできたんだという達成感ですごく嬉しくなった。


 まるで自分が蓮君に必要とされているみたいで、嬉しかった。


 だから、寝る時に少しだけ我がままを言った。蓮君に告白されてから、ずっと私の家で生活していた私は蓮君と触れ合っていたかった。蓮君と一緒にベッドに入って、蓮君に触れて、蓮君の体温が伝わって来た時に、私は幸せを噛み締めた。


 その幸せを噛み締めながら絶対に蓮君に伝えておかないといけないことを伝えることにした。


 黙っておく方がお互いの関係には良いことなんて誰に言われなくても知っている。

 こんな話、言わない方が良いことなんて誰よりも自分が知っている。


 でも、言っておかないといけないと思った。

 蓮君に対して、正直にありたかった。


 だから私は蓮君の身体に顔をうずめて、全てを話した。蓮君の匂いと温かさで頭の中が幸せに染まって、そのままの勢いで全てを伝えた。


 蓮君は最初、私の言っていたことを疑ってて……試すように何も言わずに私の目を覗きこんできた。


 その時、蓮君から全てが伝わってきた。私の好きなところと、私が好きだということが暴力的なまでに私の脳を焼いていった。言葉として伝えられるよりも何倍も濃いそれに耐え切れず、私は何度も顔をそらしたけど蓮君は最後まで私を見た。


「……蓮君」


 愛しい人の名前を呼ぶ。その彼はいま、自分の胸の中で眠っている。


 まるで赤ちゃんでも寝かしつけるように蓮君を抱きしめた私は、蓮君を見る。すぅすぅと、寝息を立てている蓮君が可愛くて、ぎゅっと何度も抱きしめる。


「好きだよ」


 私は、幸せだ。



□□□□□□□□□□□□□□□□


 陽菜が俺に自身の特異性を話してから、数日が経った。


 あれから何度か陽菜に黙って検証していたが、どうやら陽菜は本当に俺の考えていることが分かるらしい。俺が陽菜の目を覗き込みながら、陽菜の好きなところを列挙すると陽菜が顔を真っ赤にして目をそらすのが可愛くて思わず何度もやってしまう。


 けど「流石にやりすぎ!」と、陽菜に怒られたので控えることにした。

 したので、学校でも陽菜の顔をなるべく見ないようにして、いつも通りの学校生活を送るはずだったのだが。


「蓮君」

「…………ど、どうしたの。さん」


 昼休み。

 つまりは弁当を食べる時間に、七城さんは俺の教室の中に入ってきてそう言った。


「来て」


 ただそれだけ言って、俺の手を取って陽菜は俺の教室を出た。遅れて、どっと教室の中が騒然とするのが分かったけど、もはや俺にはどうすることも出来ない。


「本当にどうしたの?」

「一緒にご飯食べよ」

「あ、ああ。それは……うん。嬉しいけど」


 陽菜は俺の手を取ったまま、屋上へとつながる扉を開けた。

 相変わらず、と言うべきかそこには誰もいなかった。


「蓮君のお弁当も作ったんだ」

「本当に!?」

「うん。だって、蓮君。コンビニ弁当をやめても普通のお弁当じゃないでしょ?」

「……まぁ、うん」


 一時期は気合いを入れて自作の弁当を作っていたが、今ではそれも辞めてスーパーの総菜などを詰めた弁当になっている。


「だからね、これ」


 そう言って陽菜が差し出してきたのは、1つの弁当箱。


「ちゃんと蓮君には健康になって欲しいから」

「ありがとう。陽菜」


 俺はお礼を返して、陽菜から弁当箱を受け取った。


「食べよ」

「そうだね」


 そうして俺たちは2人横に並んで弁当を食べた。まるで学校の中に2人だけになったかのような錯覚。教室に帰った時が怖いなぁ、と思っていると陽菜が俺の横顔を見ていることに気が付いた。


「どうしたの?」

「蓮君、ここついてるよ」


 そう言って陽菜は俺の唇についていた米粒を取って、口に運んだ。そして、食べた。


「ちょっ……」

「お返し」


 そう言って陽菜はいたずらっ子っぽく笑った。


「……ぐぅ」


 あのクレープのことだろう。俺はやった後恥ずかしくて後悔したのに。


「なんで後悔したの?」

「恥ずかしいじゃん……」


 何を考えてるか言わなくても伝わるので、陽菜は時々そうやって俺が考えているものを読み取って聞いてくることが増えた。


「私は嬉しかったよ?」


 そういって陽菜がにやっと笑う。

 俺は何も言えなくなって、正直に伝えた。


「…………俺も」


 多分、俺の顔は赤い。

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