第30話 秘密
教室に帰ったら騒がれるのかと思ったら、腫れ物を扱われるかのようにみんなが俺を遠巻きに見てきた。あー、なるほど。そういう感じか。俺は一人で納得する。と、俺が席につくと岳がくるっと振り返った。
「おめでとう」
「……ありがとう」
とりあえず、返しておく。
岳は深くは触れずに聞き返してきた。
「バイトはどうすんだ?」
「減らすことにした。奨学金を増やしてもらったんだ」
「ふーん。大丈夫なのか?」
「……どうにかする」
本当にどうにかするしかないのだ。ハヤトさんは無理に返さなくても良いとは言ってくれるが、そこまで人の好意に甘えるわけにはいかない。そこまで甘えてしまえば、自分が人間として腐ってしまう気がする。
俺はまだ、腐りたくない。いや、別に俺自身が腐ってしまうことは構わない。ただ、陽菜に顔向けできないような人間にはなりたくないだけだ。
「ってことは、そろそろ出来るな」
「何が?」
「ダブルデート」
「やだよ」
俺は溜息とともに岳に返した。
「まだマンネリ化してないし」
「ぐぬぬ……」
岳が唸った。馬鹿め!
「俺だってマンネリ化してねーよ!」
「ああ、そうなんだ」
「めっちゃ興味なさそうだな、おい」
「だって岳たちまだ3か月だろ? そんな短い期間でマンネリ化するわけないだろ」
俺が鼻で笑うと、岳は大真面目な顔して俺を見た。
「馬鹿。3か月は1つの境目なんだぞ!」
「……は?」
「おいおい。3か月の法則を知らねーのかよ」
「……なにそれ」
岳から飛び出した嫌なワードに冷や汗が走る。
「付き合って3か月が一つの壁なんだよ。そこで別れるやつが多いから3か月の法則って名前がついてんだ」
「マジ?」
「マジだ。調べてみろ」
俺は岳に促されるままに格安端末を取り出して検索。すると、すぐに何個もサイトが出てきた。うわ、マジじゃん。
『あなたは大丈夫!? カップルが破局する3か月の法則!』という一番上のサイトを開いて下に降りていく。そこには、3か月で破局するカップルの条件が列挙してあった。
「い、いや。所詮はネットの話だろ? 俺には関係ないって」
「関係ないかどうかは、これを全部見て蓮が決めたら良いんじゃないか?」
こんな時だけ正論吐きやがって……と、俺は唸りながら全部見ていく。何か該当する条件が無いか気が気でないと思っていると、見つけてしまった。
『出会いから付き合うまでが短いカップル』
「……うわっ」
「さては見つけたな。蓮」
「あ、ああ……」
俺はスマホの画面を岳に見せた。岳は俺の指さしている場所を見て、『あちゃー』という顔をする。そこには出会ってから付き合うまでが短いと、お互いのことをよく知っていないので別れる確率が高いやらなんやら。
「ギャップ、ね。どうだ蓮。
「……そりゃあ、あったよ」
もっと自分に正直になれば良いのに、と言った後のことだ。陽菜が積極的に話しかけてくれるようになって、遠慮をやめた時は確かにギャップだった。
「どうだった?
「おい、その彼女を強調するのやめろ。あと、幻滅なんてしなかったよ」
「じゃ、良いんじゃね? あとはお前のギャップに引かれてないこと祈るだけだな」
「それは無いと思う」
陽菜は俺の心を読める。俺が何を考えているかを全て知っていて、それでも俺の告白を受け入れてくれた。そこにギャップは無い。ていうか、思考が全部読まれてるってなるとなんだか恥ずかしくなってくるな。
「……俺はまだ良いよ。先週付き合い始めたばっかりだし」
「お、意外と最近だな」
「問題はお前だろ、岳。そろそろ3か月なんだから」
「俺は問題ねーよ。これがあるからな」
そう言って岳が取り出したのは一冊の小説。
いや、ラノベである。
「……それは?」
「この間言っただろ? モテたい一心で最強になった主人公のラノベだよ。どうやったらモテるかが書いてあるから、これ参考にしてんだよ」
俺は思わず眉間に
「……岳、一度冷静になれ」
「俺は冷静だぞ?」
「……あー、うん。そうか。冷静なのか」
困った。こいつガチだ。
「……悪いことは言わんから、やめとけ」
俺は友人として出来る最大限の忠告を岳に送った。
□□□□□□□□□□
「蓮君。帰ろ」
「お、おう」
授業が終わると、陽菜が俺の教室の前で待っていた。陽菜が教室の前に立っていると、とにかく目立つ。いや、そりゃ目立つわな。自意識過剰でも何でもなく、俺に用事だろうと思て廊下に出るとそう言われた。
なので荷物を持って岳に別れの挨拶だけ告げて、2人で帰路につく。
「蓮君、約束は守ってるでしょ?」
「……約束?」
「付き合ってるって言わない奴」
「……う、うん。そうだな」
確かに陽菜は今日を通して1日も誰かに付き合ってるなんて話をしていない。
「その……周りの人に何か言われなかったのか?」
「言われたよ。付き合ってるのかって聞かれた」
「なんて答えたの?」
「内緒って」
それもう答えてるようなもんじゃん……。
「でも、言ってないもん」
そういってちょっと
「約束守ってるから」
「ありがとな、陽菜」
でももう、ここまでやることやってしまえば言い訳も出来ない。一緒に屋上で昼ご飯を食べて、こうやって一緒に帰る。これを見て、誰が俺たちの事を付き合ってないと思うんだろうか。
「陽菜。もう言っちゃおうか」
「良いの!?」
ぱっと陽菜が目を輝かせる。
「うん。だってもう、バレてるようなもんだし」
俺は苦笑いしながらそう言った。
「明日からちゃんと言うね。私と蓮君が付き合ってるって」
「俺も言うよ」
とは言っても言う相手は岳だけだし、岳にはもうバレてるようなもんだが。
「心配だったんだよ? 私が蓮君と付き合ってるって内緒にしてる間に、誰かに盗られるんじゃなかと思って」
「何が?」
「蓮君が」
「そんなわけないだろ?」
そう言って俺は陽菜の目を覗きこんだ。
例によって、陽菜はすぐに顔を赤くして目をそらしたのだった。
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