第27話 夕食
「蓮君、怖くないからね」
「わ、分かってる」
俺は
「ほら蓮君。はやくやってね」
「……うん」
一人カッコつけていたが、冷静に振り返ってすっげー恥ずかしくなってきた。今のこれは無かったことにしよう。水につけられたジャガイモの皮を向いている間に、隣で陽菜が色々やっている。
何をやっているのか興味はあるが、そっちを見れない。見たら怪我するからだ。
「わっ、危ないよ! 蓮君!」
「だ、大丈夫だ……! 怪我しないから……!!」
「しそうなの!」
と、2人で喋りながら夕食を作っていく。
皮の向き終わったジャガイモを陽菜が包丁で一口大にカットしていく。なんでも後から潰すから大きさは適当でも良いらしい。それでも、俺は陽菜がジャガイモを全て同じ大きさにカットしていくのを見て、この域まで行くのにどれくらい練習すれば良いんだろうと戦慄を感じざるを得なかった。
……やっぱ俺って料理下手なんだなぁ。
しかし、人には得意不得意があるのだ! と、自分を慰めていると指をぴっ! と、鋭い感覚が襲った。
「あ、やべ」
「れ、蓮君!!」
慌てて俺は水道水で切ってしまった部分を水で流す。意味があるか分からないが、とりあえずやっておく。
「消毒して、絆創膏しないと」
「いる? 皮がむけただけだよ」
「いるよ!」
と、陽菜に半ば押されるように俺は救急箱から消毒液と絆創膏を取り出して、傷の手当てをした。
「やっぱり蓮君には料理がまだ早かったんだよ」
「ち、違うよ。ミスっただけだから……」
「大丈夫。あとは全部私がやるから。蓮君はお風呂掃除してきて」
「……はい」
何だから居たたまれなくって、俺は風呂場に向かった。風呂洗いならいつもやっているから、すぐに終わる。キッチンに戻ると陽菜が鼻歌を歌いながらジャガイモの皮を剥いていた。その速さが俺の2倍くらいあったので、ちょっと俺は黙り込む。
「陽菜。俺は何したらいい?」
「んー? 何してても良いよ」
「えっと、何か手伝えることがあったら教えて欲しいんだけど」
「うーん」
陽菜は少し考える。だが、手が止まらない。
流石だ。
「いまは良いかな」
「そ、そっか……」
秋月蓮、遂に戦力外通告である。
俺は肩を落として、ついでに椅子に腰を落とした。
「あ、ううん。蓮君が要らないってわけじゃないよ? ただ、蓮君が怪我するの、嫌だから」
「……ありがと」
気恥ずかしくて、照れてしまう。あー、すっげぇ自慢したい! 俺の彼女が可愛いんだよって色んな人に自慢したい!!
「蓮君の出番はもう少し後だから、待っててね」
「おっけー」
陽菜はするすると全ての皮を剥き終えると、さくっと全てのジャガイモをすぐに切り終えて芋をゆでた。
「茹でるんだ」
「うん。柔らかくするんだよ」
そう言って陽菜は茹で上がった芋をザルに拾い上げると、ボウルに入れて俺に手渡した。そして、変な器具とも一緒に。
「え、なにこれ」
「ポテトスマッシャーだよ」
「まんまじゃん。陽菜でも冗談言うんだね」
俺は陽菜が珍しく言った冗談を面白いな、と思いながら謎の器具を手渡された。
しかし、肝心の陽菜は呆れたような顔。
「蓮君。この器具の名前がポテトスマッシャーなんだよ??」
「……? 何言ってるの?」
「それはこっちのセリフ」
「……これの名前がポテトスマッシャーなの?」
「うん」
俺はそのポテトスマッシャーとやらを手に持って眺めた。
「うっそだぁ……」
「蓮君はこれで芋をつぶしてね」
「……分かった」
流石に付き合いきれないと思ったのか陽菜は完全スルー。悲しい。でも、流石にそのまんまの名前で来たら冗談だって思うじゃん。そう思って後でスマホを使って調べたらポテトスマッシャーでヒットしたので、やっぱり俺が馬鹿だったという落ちがついた。悲しい。
俺が潰した芋たちとひき肉を使って、陽菜がいろいろした後にそれを揚げ始めた。すぐに良い匂いがしてくる。
「コロッケの匂いだ」
「コロッケだもん」
陽菜の隣でコロッケを見つめる。
「危ないから離れててね」
「分かった」
どうやら俺は料理現場にいると邪魔みたいである。
しかし、しょうがない。戦力外選手なのだから。
揚がったコロッケを陽菜は俺の前に置いた。
「試食してみて」
「いただきます」
さく、と口の中でコロッケが心地良い音を立てる。さらに何度も咀嚼していると、コロッケの味が口いっぱいに広がって。
気が付くと、涙が出ていた。
「だ、大丈夫? 何かあったの? 蓮君!?」
陽菜が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
俺は涙を拭って、笑った。
「ち、違うよ。何でもない。大丈夫だよ」
「本当に?」
顔を青くしている陽菜が可愛いから、俺は本当に安心させるようにつづけた。
「本当に、大丈夫だよ」
ただ、その味が本当に懐かしかっただけなのだ。
祖父母のところにいた時も料理を作ってくれたけど、揚げ物は作ってくれなかった。それだけじゃない。味が本当に似ていたのだ。まだ、母親が生きていたときに作ってくれたコロッケの味に本当に似ていたのだ。
陽菜が心配そうにこっちを見てくる。
「美味しかったよ。陽菜」
「どういたしまして」
涙を拭って笑うと、陽菜も笑顔で受け取ってくれた。この話はここまでで終わり。2人とも触れたくない場所。触れられたくない場所がある。
そして、俺たちは談笑しながら食事を終えて風呂に入った。陽菜は今日、ウチに泊まっていくと言っていた。両親には『出てくる』と言ったけど、一切の反応を無視されているらしい。
そんな酷い話があるのかと、俺が義憤に駆られているときに陽菜がぽつりと聞いてきた。
「ね、蓮君。今日、一緒に寝て良い?」
「良いよ」
そして、ノータイムでOKを出した後に陽菜がなんと言ったのかを記憶をたどって再確認。あれ? いまなんて聞かれた??
「……嬉しい」
そして、顔を赤くしたまま俺の手を取ってくる陽菜。
……陽菜は今なんて言った?
と、思考がバグったまま俺は陽菜の手を引いて1階の電気を消していく。そして、そのまま自室に上がっていく。一緒に心臓の音も跳ねあがっていく。万が一、俺の聞き間違いの可能性を考えて、俺の部屋の前で陽菜の手を放した。
そしたら、陽菜は逃さないようにぎゅっと俺の手を強く握り返してきた。
心臓が大きく跳ねた。
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