第24話 告白
思い上がっていたかも知れない、と俺は帰りのHRの前に岳の話を聞き流しながらそう思った。周りの目を気にせず陽菜のところに行ったことが、だ。
音楽の授業が終わっても岳から陽菜については何も聞かれなかった。変なところで気の回るコイツだから、今もきっと聞きたいのを我慢してくれてるんだろうと思うと感謝ばかりだ。
どうしてあんなことしたのかなんて、それを言葉にすること自体が不問というものだろう。
俺は、陽菜のことが好きになった。
そう。たった1週間一緒に過ごしただけで、俺は陽菜のことが好きになったのだ。そして、そのままの勢いで告白しようとしている。けれど、それの何が悪いのだろう? 陽菜に嫌われてしまうことだろうか。それとも、陽菜に抱く気持ちは純粋な好意でないといけないというものだろうか。
俺は何度も自問自答した。そして、答えを出した。
陽菜のことが好きで、付き合いたいと思うのは純粋な好意じゃないのだろうか。俺は思う。これも、好意だ。俺は陽菜と一緒に居たい。陽菜のことが好きだからだ。陽菜の隣にいたい。陽菜の全てを背負いたい。
今までの俺は気持ち悪い、と自嘲して一笑に付していただろう。だが、そうやって自分の心に蓋をして。何もしないで、見ていないで、傷つくのを恐れた。だが、それで何があるんだ。それじゃあ、何も始まらない。俺は陽菜に言った。もっと自分らしくあれ、と。
あれはきっと、俺が誰かに言って欲しかった言葉なんだ。
高校に行きたいのに祖父母は通わせてくれず、誰かの力を借りて高校に通いバイトで生活費を稼いで青春を捨てる俺に誰かがそう言って欲しかった。自分のままで良いのだと、ありのままで良いのだと。
俺は、陽菜を通して俺を救いたかったんだ。
だから、陽菜の気持ちに対して引け目を感じていた。陽菜を使って、自分自身を癒すことに心の奥底で抵抗感を覚えていたからだ。けれど、それに気が付いた。
帰りのHRが終わる。
俺は1つ深呼吸を繰り返した。
「行けよ」
「ああ」
岳はそれだけ言って、送り出す。俺はそれに短く返すと、屋上に向かった。ウチの学校は屋上が解放されているが、誰も使わない。理由は簡単で、そこになにも無いからだ。1年生が入学したばかりの頃に興味本位で向かうが、そこに何もないので誰も使わなくなる。中庭のようなものだ。
だから俺が屋上に繋がる扉を開けた時、そこにいるたった1人の少女だけが俺の目に入ってきた。紺の髪に、青い瞳。いつもなら真っ白い肌が、いまは夕焼けに照らされて紅く染まっている。
「陽菜」
一歩踏み込む。喉がカラカラに乾く。
緊張しているのが分かった。
「…………話って、なに?」
陽菜が尋ねる。ずっと、地面の方を見ている。
屋上への扉を閉めた。
俺は何を言うべきか色々と考えてきた。考えて、考えて。そして、やっぱりストレートに想いを伝えるべきだと思った。それ以外に、何もかもが不要だと思った。
だから、
「好きだ」
吹奏楽の音楽にかき消されないように、運動部の掛け声にかき消されないように。
学校が奏でる音に負けないように、俺はまっすぐ陽菜に言った。
「えっ……」
陽菜が顔をあげる。そして、俺と視線があった。
わなわなと陽菜の瞳が震える。
陽菜の顔がどんどん赤く染まっていく。お互いの間に沈黙だけが降り注ぐ。
だから、俺は続けた。
「陽菜が、好きだ。陽菜の全部が好きなんだ。だから、陽菜と付き合いたい。陽菜の隣で、陽菜を支えたい」
陽菜と俺の視線が混ざり合う。陽菜の瞳が大きく広がっていく。
驚愕の色に、染め上げられる。
「……うそ」
陽菜の頬をつーっと涙が流れた。
「…………良いの?」
その言葉に俺は頷いた。
「だって、私は……。私は、蓮君みたいに優しくない」
「俺も優しくない」
「じゃあ、なんで私を助けてくれたの」
「最初は、放っておけないって思ったからだ。でも、だんだん好きになってた。気が付いた時には、陽菜のことが大好きになってた」
陽菜の顔がさらに赤くなる。
「……でも、私の両親はおかしいから、迷惑かけちゃう」
「俺にも両親がいない。俺の方が迷惑をかけると思う」
「でも、蓮君はかっこいいから! 私以外にも、もっと良い人ができるよ。私なんかよりも可愛くて、蓮君のことを思えるような人が」
「それは、嫌なんだ」
陽菜の言葉を、俺はさえぎる。
そして、続ける。
「俺は陽菜じゃないと、嫌なんだ」
「……どう、して」
「好きだから」
それ以外に言葉は要らない。
俺は陽菜が好きだから、陽菜じゃないと嫌だ。
「でも……。違うの! 私は蓮君の優しさにつけこんだの。これが普通ならなら、もっと普通にお互い暮らしてて、こんな距離の詰め方はしないはずで。だから、私に蓮君と付き合う資格があるわけが」
「そんなこと」
一歩踏み込む。陽菜に近づく。
「どうでも良い」
「…………っ」
「俺たちの出会いは、俺たちの出会いなんだ。俺は陽菜と出会って、陽菜のことが好きになった。だから、俺と付き合って欲しい」
陽菜はしばらく、何も言わなかった。
ただじっと、俺のことを見ていた。
「……私で、良いの?」
「陽菜が良いんだ」
「…………本当に?」
「ああ」
「…………夢、みたい」
陽菜はそう言って、ぽろぽろと泣き始めた。
「私も、蓮君のことが好き」
きゅ、と心臓が優しく握られた。
「でも、蓮君は誰にでも優しいから私にも優しいだけだって思ったの。でも、この前。一緒に帰った時にやっぱり私、蓮君のことが好きなんだって思って、でも蓮君が優しいだけかも知れないって思って。それに気づくのが怖くて、だから顔が見れなくて」
「……そう、だったんだ」
「うん。でも、蓮君が好きって言ってくれて。夢みたいだって。まだ本当かどうか分からなくって……」
「……可愛い」
「もう。ちゃんと話してるんだよ」
「いや、陽菜が可愛くて」
陽菜が少しだけ怒ったように、ちょっとだけ頬を膨らませる。それが可愛くて、俺は笑ってしまう。
「蓮君が、初めて私を受け入れてくれたの。蓮君が、初めて私の全部を見てくれたの。ありのままで良いって、初めて蓮君が言ってくれたの」
「陽菜のありのままは、可愛いよ」
「ありがとう。だからね、ずっと蓮君と一緒にいたいって思ったの。本当に夢みたい」
陽菜はそういって、ほほ笑んだ。
「蓮君、好きだよ」
「俺もだ」
夕日が、静かに俺たちを照らしていた。
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