第23話 決意
翌日、俺は頬杖を突きながら教師の話を聞き流していた。いや、聞いた方が良いということは分かってる。俺は塾に通ってないから、授業を理解するためのツールはこの授業以外に無いからだ。
でも、どうにも話が入って来ない。ずっと上の空だ。
何故か。そんなことは決まってる。
昨日帰ってから、陽菜にどういう風に想いを伝えるべきかどうかを悩んでいたからだ。岳の言っていた、『とにかく言わないと始まらない』というのは全くもってその通りだと思う。反対意見なんて俺の中では見つからない。
「じゃあ、今日はここまでにしようか」
ふと気が付くと、教師がそう言って授業が終わっていた。今日は時間が経つのが速い。どうでも良い考え事をしているからだろうか。
「いやあ、蓮。次の授業は音楽だぜ?」
「そうだな。んで、なんでそんなにテンション高いんだ?」
「そりゃ。七城さんと一緒の授業だな」
「ああ。そういえば」
A組の音楽選択者と合同で行われる授業は、俺と陽菜の唯一の接点だった。そう言えば、陽菜は俺のことを音楽の授業で知ったって言ってたな。
「蓮って本当に興味ないんだな。七城さんに」
「そう見えるか?」
「見える」
「ってか、彼女いるのにひ――七城さんではしゃいでるお前がおかしいんだぞ?」
あっぶね。陽菜って呼ぶところだった。
岳に怪しまれたかと思ったが、俺がすぐに切り替えたからしゃっくりか何かだと思ったのかスルーした。
「だから、観賞用なんだって」
「失礼だぞ?」
「外から見てるのに失礼もなにも無いだろ。別にジロジロ見てるわけでもねーんだし」
「それもそうか」
岳に正論を言われた俺は教科書だけ持って、教室を移動した。廊下を歩いて音楽室に向かうと途中でA組の前を通る。いつもならそこに陽菜がいるのだが、今日はいなかった。
「あれ? いないな」
「先に行ったんじゃないか」
「ああ。なるほどな」
岳が首を傾げて、俺が訂正する。移動教室だから、先に動いていたら陽菜はA組にいないのだろう。だが、音楽室に入っても陽菜はそこに居なかった。陽菜は人目を引くし、移動教室でも必ず周りに誰かがいるので、先に音楽室にいれば絶対に分かる。
「いねーじゃん」
「俺に言うな」
こっちを振り返って、岳が残念そうにがっくりとうなだれた。
「あーあ。音楽の授業なんて、七城さん見るために取ってるようなもんなのに」
「つまんねーこと行ってないでさっさと行け。入り口で止まるな」
2人でガヤガヤやりながら、いつもの席に腰を下ろして岳と談笑していると、音を立てて扉が開いた。普段なら、誰も気にしない学校の日常。だが、俺はそこに視線が吸い寄せられた。
そこにいたのが、陽菜だったからだ。いつものように周りを
……やっぱり、避けられてんのかなぁ。
陽菜が俺の隣を抜けて、後ろの席に向かう。
「なぁ、今日の七城さん変じゃね?」
「変って?」
「いつもより顔が笑ってない」
「……岳。俺はいま心底お前の事を気持ち悪いと思ったよ」
「なんでだよ」
だが、岳の言っていることは俺にはよく分かった。陽菜が明らかに
だが、今日はそれがあまりに顕著すぎる。
「何かあったんだろうな」
「俺たちの知ったことじゃねえよ」
俺はそう言って岳に前を向かせた。
陽菜の笑顔がぎこちない理由なんて俺には嫌というほど分かりきっている。家の事情だ。だが、分かったところで俺はどうすれば良いんだ。陽菜にかっこよく手を伸ばして、彼女を救えるのか。バイトで生活費を稼ぐのですらも精一杯な俺が?
「おい、蓮」
「……ん。悪い。考え事してた」
「お前の悪い癖だぞ」
「……何が?」
音楽準備室とつながっている扉を開けて、教師が入ってきた。もうそろそろ授業が始まる。そのタイミングで岳は、俺だけに聞こえる様にそう言った。
「つまんねーことをずっと考えこんでることが、だよ」
「……いや、つまらないことじゃ」
「蓮ってさ、変に人目を気にすんだよ。それで、自分のやりたいこととか。自分のしたいことを引っ込めるだろ?」
「……それは」
「高校に入りたいと言ってた時のお前の行動力、半端ないって俺は思ったんだけどな」
岳はそれだけ言って前を向いた。
高校に入りたい時って何だよ……と、考えるまでもなく俺は岳の言いたいことを理解した。
今から半年ほど前。俺の祖父母が突然『高校には行かなくても良い』と言い出した。まだ覚えている。その時にやっていたテレビが『中卒社長』というテロップを付けていたことを。そして、祖父母の時代にはそれが珍しくも無かったということを。
だが、そんなものは一部の特殊事例だ。
中卒で社長になるなんて、普通じゃない。それに俺は社長になりたかったわけじゃない。ただ、高校に行きたかった。だから俺は頼れる伝手を全て頼って、使える物を全部使って高校に入学した。
1人暮らしもその一環であり、岳と岳の彼女である阿久津葵が出会ったのも、それがきっかけだったからだ。
阿久津さんの父親の同業者に、俺のような子供を支援している人が偶然いて俺はその人を紹介してもらったのだ。俺と同じように若くして家族を失って、高校に通えなかったがそれでも成り上がって社長になった、中卒の社長である。そう、あの時の祖父母が見ていたテレビで取り上げられていた人物だった。
『秋月蓮……君だっけ。君は凄いよ』
その人は俺に向かってそう言ってくれた。
『君の歳で、こうして俺のところまで来たってところが凄い。周りに恵まれたってのはあるかも知れないけど、普通友達のお父さんを頼ってまで動かないからさ』
俺はその人から高校と大学の学費を奨学金として借りる契約を結んだのだ。だから、こうして学校に通えている。
『よく頑張ったね』
その人は生活費も出そうかと言ってくれたが、俺はそれを断った。奨学金は借金であり、将来の苦労をこれ以上増やしたくなかったから。
少し話はそれたが、あの時の俺は確かに周りを鑑みてなかった。とにかく、出来るものは全部使った。そうしなければ、高校には入れなかったから。だから、恥も外聞も投げ捨てた。
ただ、目的を達成するためだけに。
(……あぁ。そうか)
俺は1つ、息を吐き出す。
そうだ。何を怯む必要があるんだ。
チャイムが鳴る。音楽の授業が終わったのだ。
みんなが自分の教室に戻り始める。俺は教科書を持たずに立ち上がって、真っ先に陽菜のところに向かった。
「七城さん」
陽菜の周りにいた人たちが俺を鬱陶しそうに眺める。陽菜はこっちを向かない。
「放課後。屋上に来て欲しい」
俺はそう言って、踵を返した。
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