第16話 お弁当

「ええええええええっ!!?」

「馬鹿! 声がデカいよ」


 岳の大音声で、教室の視線が一斉に俺たちに向く。


「べ、弁当!? あの蓮が!!?」

「わりィかよ」


 俺が取り出した青色の弁当箱に岳がクソデカい声を出した。いちいち大げさな奴だ。俺が弁当だって別に良いだろ。


「え!? えっ!? だって、お前が……」

「俺を何だと思ってるんだよ。俺が料理したらおかしいか?」

「ああ」

「そんなノータイムで頷かねえだろ……。普通に考えて」


 とか何とか俺は言っているが、実際にこの弁当を作ったのは俺じゃない。七城さんだ。先週、映画を見た帰りに寄った雑貨屋で色違いの弁当箱を買っていたのだ。それで、朝早くから七城さんがお弁当を作ってくれたというわけだ。


 そもそも七城さん曰く、彼女はずっとお弁当でここ最近コンビニ弁当になってきているから周りから変な目で見られていると言っていた。だから、そろそろお弁当にしたいとも。


 それで俺が家にある調理器具は好きに使って欲しいというと、彼女は「ついでに秋月君のも作ろっか」と提案してくれたのだ。毎日コンビニ弁当だった俺からすると、そんなの願ったり叶ったりの提案だったのですぐに首を縦に振った。


「うわっ。蓮の癖にいろどり考えてるんじゃねーよ」

「コンビニ弁当は体に悪いからな」

「どの口で言ってんだ……」


 岳の言葉はごもっとも。しかし、ここで七城さんに作ってもらったんだ。と、いうわけにもいかない俺は、それを流すしかない。


「そいや、今日は熱心に本読んでたな。蓮」

「そうか? いつも通りだろ」


 俺はポケットに入れている『人間失格』に意識を向けながら、岳に返した。七城さんに勧められて読んでみているが、普通に面白い。ちょっと読みづらい場所や難しい漢字もあるが、それでもスラスラ読める。


「いやぁ、蓮。お前も読書に目覚めてくれて俺は嬉しいよ」

「嬉しいって……。岳って本読むか?」

「おう。読むぜ。今ハマってるのはモテるために主人公が頑張るラノベだ」

「……ふーん」


 岳は柔道部でゴリゴリに運動部をやりながら、ラノベや漫画、アニメもよく見るアクティブなオタクだ。


「しかもな、ファイアボールしか使えないんだけど主人公がめっちゃ強くて……」

「お前が見てる話ってそんなのばっかりだよな」

「面白いぜ」

「そうか」


 適当に流しておく。どうせ俺がそれを見ることはない。

 岳もそれを知ってるからそれ以上追及はしてこなかった。


「そういえば弁当で思い出したが」


 俺が七城さんの作ってくれた弁当を口に運んでいた時に、岳が切り出した。


「七城さんも最近、コンビニ弁当だったらしいぜ」

「ふーん」


 ちょっとドキっとした心臓を抑えて、俺は平静を保つ。


「興味ないのか?」

「なんで他人ひとの弁当に興味が沸くんだよ」

「だって、七城さんだぜ?」


 七城さんはコンビニ弁当を食べてるだけでも噂になるのかよ。やべーな。俺は情報伝達の速さに驚く。そして、それに少しの気持ち悪さを覚えた。


「あ、そういえばさ。最近、夜に七城さんを見たって人が増えてるんだよ」

「夜に? 散歩じゃねえの」


 そう答えた俺の背中に冷や汗が走る。七城さんは目立つ。はっきり言って、かなり目立つ。夜のスーパーやコンビニに入ったら、同級生にも気が付かれるに決まっている。


 ……迂闊だった。


 俺と七城さんが付き合ってるなんて噂が流れるのは。最悪なのは誰かが俺の家に住んでいるということに気が付くこと。同棲しているだのなんだの、変な噂が立つことになる。


 その噂が立っても俺は平気だ。岳も気にしないだろう。


 だが、七城さんに迷惑がかかって……。


「あ、七城さんが告白されてる」

「え? どこで」

「そっちは食いつくのかよ。ほれ、そこ」


 岳が指さした先には、ちょうど校舎から体育館に移動するための道があって、その陰に隠れる様に2人の男女が居た。告白している男子の方は見たことないが、女子の方は分かる。どっからどう見ても、七城さんだ。


 男子の方が一生懸命テンパりながら、七城さんに手紙を渡そうとしている。七城さんはそれをかなり困った様子で拒否しようとしていて、それでも押し付けられるようにして手に渡されていた。男子の方が緊張した様子で立ち去っていく。そこに残されたのはポツンと立ち尽くす七城さんだけ。


 そんな彼女からのすがるような視線が、ふとこちらに向けられた気がした。


「ラブレターでも渡したんかね」

「さぁ?」


 どうでも良い風をおよそおって、俺は綺麗に焼かれた卵焼きを口に運んだ。


 いや、本当にどうでも良いはずだ。


 七城さんが誰かから手紙をもらおうとも、七城さんが誰かに告白されようとも。彼女はあくまでも俺の家に居候しているだけなんだから。俺は彼女を純粋な好意で泊めて、七城さんはそれに乗っかっただけ。


 だから、七城さんが誰かから告白されても俺がそれに何かをなんて言えない。


「蓮。お前、なんか考えてるときの顔してるぜ」

「そうか?」


 そうやって、早鐘を鳴らす心臓を押さえつける様に自分に何度も言い聞かせていると岳がふっと突っ込んできた。


「ろくなこと考えてないときの顔だな」


 岳はわざとらしく、指でフレームを作りながら俺の顔を見てくる。俺はそれに溜息をついた。


「何だよ。ろくなこと考えて無いときって」

「ん? そだな。俺からすると、どうでも良い事を考えている時だな」

「例えば?」

「お前が彼女作らねえって話をしてるとき」

「?」


 岳の言っていることが納得できずに首を傾げた。


「お前が彼女作らねえって言う時に、親がいないことを言い訳にしてるときの顔だよ」

「それはどうでもよくは……」


 俺はいつものことを続けようとして、やめた。

その代わり、岳に聞いてみることにした。


「本当にどうでも良いと、思うか?」

「思う。お前には親がいないけどさ。俺だって、ろくな親じゃねえだろ」

「まあ、そりゃ……」


 岳の実の父親は岳に対する暴行で逮捕されて、今は裁判所から岳に近づかないようにと指示されている。岳が柔道部に入ったのは、自分の父親を殺すためだった。今では純粋にスポーツとして楽しんでいるが。


「でも彼女はできてるし、向こうは気にしていない」

「…………」

「時間が無いってのも、分かるけどさ。でも、それだって0じゃねえだろ」

「……まあな」

「それに、親に恵まれてないのは俺たちだけでもないしな」

「…………」


 七城さんのことを知っている俺は、黙り込んだ。


「だから、作ろうと思えばお前でも作れるぞって話」

「岳ってさ」

「おう」

「たまに良いこと言うよな」

「歩く名言製造機だからな」


 岳がドヤ顔で言ったので、俺はそれに溜息で返した。


「急につまらなくなったぞ」

「波があんだよ」

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