第15話 2人で料理
「秋月君。怖くないよ」
「い、いや。ビビってるわけじゃない」
俺は包丁を手で握りながら、まな板の上に転がっている食材を見つめた。時は日曜日、昼前。
しかし、俺は1人暮らしを始めた時に料理に手を出そうと思って酷く失敗した人間。そのことは俺の歴史の中で無かったことになっているレベルである。なので、こんな飯下手が七城さんに料理を振る舞って良いものか……。
「じゃあ、さくっと作っちゃお? 炒飯だからすぐに作れるよ」
今日の昼飯は炒飯。
俺としては失敗しても、なるべくカバーの効くものを選んだつもりである。つまり、まな板の上に置かれた食材はハムとネギである。チャーシューは高かったのでハムだ。ケチとか言うな。
そして俺の後ろにお控えなすっているのは料理師範の七城陽菜先生。本日、俺の料理の
「まずはハムとネギをみじん切りにしますよ。はい、切って」
後ろから七城さんが見つめながら、俺は包丁をハムに下ろす……直前で、七城さんが止めに入った。
「ちょ、ちょっと。なんで左手をまっすぐにしてるの!? 指切れちゃうよ」
「ね、猫の手か」
「そう。猫の手」
俺は指を丸めてハムを切る。下手くそだから、切るのにも時間がかかるし形も不揃いだ。味があって良いね。
と、自分で自分を慰めながら薬味のネギを細かく刻んで材料の準備は終わりである。
「で、この次は米を焼くんだな」
「ここでコツだよ。秋月君」
「はい。先生」
「せ、先生……? お米を焼く前に卵をあえて、先に卵かけごはんにしちゃうの」
「なんと……!」
時代劇っぽく
もうこのまま卵かけごはんで良いんじゃないかな、とか考えるから俺は料理が下手なんだろうなぁ……と、思いながらも混ぜて混ぜて混ぜて……。
「す、ストップ! お米がつぶれる!」
「はい。先生」
料理下手男。
ここで、停止。
「もう入れて良いから」
「分かった」
油を引いて、熱したフライパンに卵と混ざったお米を流し込む。米が焼けるいい音が耳に入ってきた。それとともに、良い匂いもしてくる。
「秋月君、大事なのは味見すること。最初は薄い味付けで確かめて、自分好みに後から調整することが大切なんだよ」
「分かりました。先生」
「料理が下手な人は味見しないとか、適当に調味料入れるから美味しくなくなるの」
「はい。先生」
まさに俺のことである。心のライフポイントがごっそり削れた。
「なんで先生なの?」
「先生は先生だから……」
とか何とか言っている間にも、焼けていく。焦げ過ぎないように
「いや、それは秋月君が混ぜすぎたからだよ」
「……さいですか」
先生にツッコまれてしまった。確かにそうかも知れない。俺が混ぜるまでは形が統一されていたということか。まるで日本社会の学生だな。だが、ここで俺の箸という困難によって個性が向きだしになったということは、日本にも困難が舞い降りたら個性がむき出しになるかもしれない。
「あ、秋月君。そろそろ具材を」
「おおっと……」
くだらないことを考えていると、良い感じに焼けてきたのでハムを投入。なんかこうして見ると本当に安い炒飯だな。俺が初めて女子に振る舞う料理これで良いの……?
「良い感じだね。味付けしよう」
「はい。先生」
「あの、それやめて」
「分かった」
しかし、七城さんは逡巡して。
「……やっぱりやめないで」
「分かりました。先生」
俺はノータイムで頷いた。
「さ、秋月君。ちゃんと味見しながら味付けして」
「分かってます。先生」
とか何とかいいながら、適当に味を整えていく。ちょっと塩気が足りないか? でも、あまり濃すぎる味付けにしても食べづらいか。こんな感じにしておこう。
「先生。完成しました」
「じゃ、お皿に盛り付けよっか」
「了解です」
俺はお玉を持って炒飯をお皿に居れようとした瞬間、七城先生がストップをかけた。
「どうしました。先生」
「見栄えは大切だよ? こっちに入れて」
と言って差し出してきたのはお茶碗。さて、お茶碗で食べるのだろうかと思いながら俺はお茶碗に炒飯をよそった。すると七城さんは、炒飯を入れるお皿に茶碗をくっつけるとひっくり返した。
「ね、綺麗でしょ?」
「おおー!」
そこにあったのは綺麗なお椀型に盛り付けられた炒飯。あ、お椀型ってお茶碗使うからお椀型なのか……! 人生を豊かにする豆知識を1つ手に入れた俺はそれを真似してお皿に盛りつけた。
「あとは上にネギを置いたら、完成!」
「すげぇ……」
「何驚いてるの。作ったの秋月君だよ?」
「いや、こんなに綺麗に出来るなんて思って無かったから……」
「じゃ、食べよっか」
「そうだな」
頷いたものは良いものの、ぶっちゃけ俺は自分で作った物を食べたくない。何故なら自分の料理下手は自分が一番知っているからである。かといって、それを七城さんだけに食べさせるのも忍びない。
ということでお互いにレンゲを持って、向かい合うように座ると声を合わせて『いただきます』、と言ってから俺は炒飯をレンゲですくあいげた。
食べるのか。俺が、俺の料理を……。
俺が自分の料理にひるんでいる間に七城さんが炒飯を口に運んだ。
「美味しいよ。秋月君」
そして、まっすぐ感想を伝えてくれた。
「あ、ありがとう」
「食べないの?」
「た、食べるよ」
いつまでも、そうしてはいられないので。俺はレンゲを口に運んだ。南無三!
「あれ? 美味しい」
「うん。美味しいよ。秋月君、料理できるじゃん」
「いや、先生のおかげだよ」
「もー。またそうやって」
「いや、これは本当」
二口目を
普通に美味しかった。
これなら、料理をしても良いかなとは思うほどに。
「ありがとう。七城さん」
「どうしたの?」
今なら、七城さんがあれだけ感謝を伝えてくる理由も分かった気がする。
「料理を教えてくれて」
自分には縁の無かったことを導いてくれるということはとても楽しいことなのだ。
「どういたしまして」
そっと七城さんは微笑んだ。
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