第9話 それは全ての始まり
「先輩!」
ぴょん、と伸びたアホ毛が俺の視界に入ってきた。俺はバイトの荷物置き場から自分の荷物を持ちあげて、声の主を見る。
「……俺たち、同級生だよ」
「でも先輩はバイトじゃ先輩ですよ!」
そう言ってにこっと笑う。
謎理論だなぁ……。と、思いながら俺はバイトから上がることにした。
「あ、私も上がりますからちょっと待っててくださいよ」
「良いよ」
彼女は
学校は別で琴葉が通っているのはそんなに頭の良い高校ではない。とは言っても、俺が通っている学校も進学校ではあるが、なんちゃって進学校なので、どんぐりの背比べみたいなものだ。
「お待たせしました」
学校の制服に着替え終わった琴葉がカバンを持って、目の前に立っていた。
「駅まで送っていくよ」
「ありがとうございます!」
琴葉は電車でここまで通っているので、家は遠くなのだが駅の近くにある繁華街を通るときはいつも送っていくのが同じシフトでバイトに入った時の習慣だった。
「先輩。いつも送ってもらって、すみません」
「良いよ。気にしなくても」
俺は適当に流す。バイト先から駅までそんなに距離があるわけじゃない。
移動する時間もそこまでかからない。
だから、別に気にしなくても良いと思う。
前までは別に帰っていたのだが、たまたま俺が酔っ払いに絡まれている琴葉を見つけて、酔っ払いを追い払ったのがこの習慣の始まりだった。
「先輩、今日顔色が悪いですけど、どうかしたんですか?」
「顔色悪い? そうかな」
体調はいつも通りだと思うけど。
あ、もしかしたら今朝岳からもらったペアチケットの処理方法のときに琴葉の名前を出したからかも知れない。申し訳なさというやつだな。うん。
ということは俺の顔色が悪いのは岳のせいだから、今度飯でも奢ってもらおう。
そういえば岳といえばであることを思い出したから聞いておくか。
「そうだ、琴葉」
「どうしたんです?」
「俺って、暗いか?」
「なんか変なものでも食べました?」
琴葉がこてん、と首を傾げる。
「いや、まじめな話だ」
「んー」
琴葉は立ち止まって俺の顔をしげしげと見た。あんまり顔をジロジロと見られるとちょっと恥ずかしいな。
「暗くは無いですけど、明るくはないですね」
岳と全く同じこと言われた。
なんかちょっと嫌だな。
「そ、そっか……」
「でも、それが先輩の良いところですよ!」
しかも慰められた。
なんか純粋な気持ちでそう思っているんだろうということが伝わってきて心がゴリゴリと削られる。聞くんじゃなかった。
「そうだ。先輩、今度見に行きたい映画があるんですけど一緒に行きませんか?」
「いつ?」
「来週です!」
俺は頭の中でスケジュールを合わせる。
「ごめん。来週は忙しいんだ」
「そ、そうですよね。ごめんなさい」
「気を遣わせてごめんね」
琴葉には俺の境遇を話していない。
ただ、バイトで忙しい学生くらいにしか映っていないと思う。
だから、こうして時々遊びに誘ってくれる。それは嬉しいのだが、毎回断らないといけないことが少しだけ辛かった。
「いえ、先輩が忙しいことは知ってますから!」
「いや、だから同級生だから……」
そんなこんなで駅についたので俺は琴葉を見送った。
「では、また明日!」
「俺バイト休みだよ」
「えっ! マジですか」
「マジマジ」
「じゃあ私、バイト休もうかな」
「おい」
「冗談ですよ」
そう言って琴葉は笑うと、ホームへと消えて行った。
俺はそのままUターンしてバイト先に自転車を取りに戻る。すると、その途中で見知った人間に出会った。
「あれ? 七城さん?」
「こんばんは。秋月君」
繁華街の光に溶け込むようにして、美少女がそこに立っていた。
「どうしてここに?」
「秋月君がここでバイトしてるって聞いたから」
それが答えになっているとは思えなかったが、俺は彼女を送っていくことにした。
「……そっか。じゃあ、家まで送っていくよ」
ここから七城さんの家まではそれなりにあるけど、女の子を1人で帰すわけにも行かないと思って俺はそう提案した。それに七城さんは、こくりと頷いた。
「秋月君はずっとバイトしてるの?」
「ああ。週4とか5でバイトしてる」
「そんなに……。やっぱり生活が厳しい?」
「いや、大学の入学金を貯めないといけなくてね」
「え、奨学金を借りずに大学に……」
「ああ、違うよ。奨学金って、入学金が出ないんだ」
「そうなんですか!?」
「うん。入学前には振り込まれないからね。入学金は自分で貯めないといけないんだよ」
俺は担任から教えてもらったことを、一言一句そのまま伝えた。
「七城さんは、大学いくの?」
「私は行きたいと思ってるよ」
「……そっか」
少しだけ七城さんは、顔を暗くして教えてくれた。
七城さんの両親なら大学に行かせないと言ってそうだったので、俺はこの話題から逃げることにした。
「あ、そうだ。七城さん」
この際、いい機会だから彼女にも聞いておきたい。
「俺って明るいかな、暗いかな」
「んー。秋月君、急に難しいこと聞くんだね」
「あ、答えづらかったら良いよ」
「秋月君は……明るくも無いですけど暗くもない、かな」
「そ、そっか……」
3人とも全く同じことを言われた。
もしかして、俺は本当に明るくも暗くも無い悲しい人間なのかも知れない。我思春期よ? もうちょっと夢を見せてくれても……。
「だって、秋月君。差が凄いから」
「差?」
しかし、七城さんはさらにつづけた。
「うん。波はあるけど、明るい人ってずっと明るかったり、暗い人ってずっと暗かったりするでしょ?」
「そう……かな」
「でも、秋月君は暗い感情を押し込めてずっと明るく振る舞おうしてる。だから、お互いにそこを打ち消しあって明るくも暗くも映らないんじゃないかな」
「打ち消しあう、か」
七城さんから言われたことはあまりに意外で、頭の中によく残った。
「秋月君は、私のことどう思う?」
「……ん」
逆にそう聞かれて、七城さんはどうなのかと俺は本気で考えた。彼女と自分は別世界の人間だからと思って、学校では彼女のことを見ていなかった。だが、それでも彼女はそこにいるだけで目を引いてしまう人間だ。だから、印象はある程度、掴んでいる。
「正直に言って」
「分かんない」
「なにそれ」
ちょっといじけたように、七城さんが笑う。
「なんか……。ずっと、七城さんは自分を押し殺してるように見えるから」
その時、七城さんの青い瞳が大きく見開かれた。
「もっと自分を出しても良いんじゃないかな」
俺が七城さんにそう言うと、
「よく見てるね」
そういって、前を向いた。
横顔の彼女からは、表情を読み取れない。何を考えているのか、何を思っているのか。
それが、分からなかった。
だから、何か悪い事でも言ったかな……と、思って何かしらを取り繕おうとしたら、それよりも先に七城さんの方から口を開いた。
「秋月君。ゲームの内容って『2人でいる時に遠慮しない』で、あってるよね」
「え、うん」
あれ? 2人きりの時だっけ? 家にいる時じゃなかったっけ?
何か勝手にルールが変わっているような気がしないでもないが、どうでも良いようなゲームなので別に言及しない。
「秋月君。お願いが、あるんだ」
「お願い?」
酷く言いづらそうに、それでも彼女は勇気を振り絞って言った。
「……私を秋月君の家に一週間泊めて欲しいの」
七城さんの透き通るような青の瞳が俺の視線をかみ合った。
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