第15話 裏毛り者


 キャロットとエンド領の国境に存在する古谷谷。

 領地の半分以上が谷で形成され、攻めるのも守るのもマゾゲーと言われているこの領地にはゲームランキング100位の強豪、フルタニ家という国家が存在していた。

 そう、存在していた。

 しかしそのランキング100位の強豪は、恐るべき魔物によって一夜にして滅ぼされる事になった。

 以来、誰一人としてこの地を訪れた者はいない・・・

 しかしそんな不毛地帯に、今日は二人の男女が訪れているようで・・・


      ◇


「ここがあいつらのアジトね」


 俺は入り口で虚ろな目をしているゴブリンを見ながら、洞窟内のマップを確認する。

 探索率98%・・・ほぼ攻略済みのマップは探索が楽で実に良い、


「この洞窟は入り口から最深部までほぼ一本道、しかもそこまで深くないみたいだな、マップとか諸々はこれを確認してくれ」

「・・・常々領主候補達の不思議スキルには驚かされるな、確かにここは毛食賊の巣で間違いないが・・・」


 トリスタンは何やら眉間を抑えながらも、俺が地面に書いた洞窟の詳細を確認していく。

 領主候補というのはプレイヤーの事だろうか?

 基本俺はキャロットに引きこもってたし、自国の領民にはグーサーと親しみ?を持って呼ばれてるからな、その辺の事は何も知らん。

 まぁNPCは基本この辺りの操作は使えないし、トリスタンの様子から何か色々苦労したのかもしれない・・・俺が知った事じゃないけど。


「さて、まずは入り口のあいつを何とかして、それから洞窟内の奴らを一網打尽にするんだが・・・」


 ・・・どうやって倒そう。

 いや、レベル30くらいと言われている毛食賊程度なら、俺が殴ってればその内倒せる。

 入口の毛食が仲間を呼べば、入口でひたすら殴り倒すだけでクエストクリアだ。

 ただ奴らは髪を食べるらしいし、殴ってる間に俺のアバターがハゲになるのは避けたい。

 かといって距離をとって倒そうにも生憎と俺は武器を持つ戦闘スタイルではないし、そもそも歩兵スキルは一切とってないから初歩的な武器は使えない。

 かといってこのまま何もしないってのは・・・


 というかさっきから今回の相棒がめっちゃこっちを凝視してるんだよ。


「どうしたのだアーサー殿、顔色が優れないぞ?」

「いやー、あいつらって髪を食べるだろ?」


 俺が顔面蒼白のエモーションを解きながらトリスタンに向き直ると、トリスタンは納得したように手を叩く。


「そういう事だったか、ならばこれを使うと良い」


 そう言いながら簡素なフードを手渡される。


「それを使えば頭部へのダメージは最大限抑えれるはずだ」

「それはありがたいんだが・・・」


 渡されたフードを装備しながら、改めてトリスタンを見直す。

 ・・・こいつはあれだろうか?全く同じ柄の服を買いこむタイプのやつなんだろうか?


 トリスタンは俺の視線に悩ましい表情を浮かべ、どこを注目されているかに気付いたのか慌てて頭部を抑える。


「どどどどこを見ている」

「あ、いや、すまん、ただお揃いだなって思っただけだよ」


 胸とかならともかく、頭部を見てこんなセリフを言われるとは思わなかった。

 軽く礼を言い、「ぺ・・・ペアルックというやつ!?私はそんなつもりでは!?」とか何か言ってるトリスタンを放置して洞窟の入り口に躍り出る。


『ヅラ・・・?』

「よう毛食賊さんよ~?さっさと仲間を呼んできた方が良いんじゃないか~?


 毛食賊は、手をプニプニさせながら登場した俺にターゲットを向け・・・頭部に視線を向ける。


『づ・・・ヅラ・・・・?』

「生憎とフサフサだぜ?」

『毛毛毛毛毛毛毛!』


 挑発するようにフードの下の髪を少しだけ覗かせると、物凄い形相で襲い掛かって来た。

 あまりの形相に一瞬不安になったが、このゲームの頭装備に脱衣システムなんて物は存在しない。

 挨拶がわりに腹パンを決めていると、トリスタンが剣を片手に乱入してくる。


「アーサー殿、助太刀致す」

「下手にヘイトをとるなよ?俺にはお前を守りながら戦う技術は無いからな」

「結構、元よりこの神無トリスタン、守られる立場の存在ではないのでね!」


 トリスタンが振りかぶった剣が毛食賊の腹部を直撃し、俺の拳一発分よりちょっと高いくらいのダメージが入る。

 そのダメージのせいで毛食賊のヘイトが揺れる。 


 おいおい、言った傍からヘイトを奪うような・・・なんだ?

 しかし毛食賊はチラリとトリスタンを見ただけで、俺の頭部から一切ターゲットを変えようとしない。 

 今のはターゲットが変わっていてもおかしくはなかったぞ?


「アーサー殿!何をよそ見を・・・危ない!」

「ん?」


 微弱なダメージを受け背後を確認すると、俺が現れた場所より更に奥の方で毛食族が弓を構えているのを確認する。

 こいつが仲間を呼んだ様子は無かったが・・・あいつも見張りか何かか?

 続く第二射、第三者を受けながらも、頭部目掛けて四つん這いになる毛食賊をアイアンクローで拘束する。


「・・・よしトリスタン、あとは好きなだけ斬りつけて良いぞ?」

「あ、アーサー殿はダメージを受けていないのか!?」

 

 困惑の表情を浮かべるトリスタンの軽い剣舞により毛食賊のHPを白く染めあげる。

 ・・・ヘイトは一切ブレなかったな。

 

 どういう事だ?ヘイト操作とかそういうスキル持ちかと思ったが、あれはヘイトの増減を操作するだけで0には出来ないから、一方的に攻撃すればヘイトは間違いなく移動する。

 ・・・何よりスキルを使った様子は一切見受けられなかった。


 俺は遠くから狙撃してくる毛食賊と、それに剣を突き刺すトリスタンに目を細める。


「まさかあいつもまだ俺をターゲットしているのか?・・・それは明らかにおかしいだろjk」


 いくら毛食族という亜種といえど、元はゴブリン。

 普通連携はおろか、見張りを取ることすら出来ない知性の持ち主だ・・・まさか俺が来る事を予期して配置されていた?

 だとしたら誰が?


「・・・そういう事か!」


 今までに無い程ニート細胞が活性化していく。


 そもそも何故トリスタンをターゲットしないか、それは簡単な話トリスタンが毛食族側の人間だかではないか?

 フードで顔を隠しているのは身バレを防ぐため、呪いで弱くなっているとか言っていたのは俺を油断させる為の罠。

 どこかの現代魔術家ならホワイダニットとか言い出しそうだが、生憎と俺はそこまでは頭が回らない。

  トリスタンとの戦闘で負ける事はないだろうが、実は呪い云々が嘘でもっすごい強い可能性もある。


 俺は喉を鳴らしながらトリスタンにターゲットを向け・・・


『聞こえるであるか?聞こえるであるか?』


 唐突に響き渡る頭にエコーするような個人チャットで脱力する。


『またか!?』

 

 俺はチャットの主を探す為に視界を動かそうとして・・・視界が動かない事に気が付く。

 なんだ?フリーズした?それにしては止まり方が妙だな、俺に関するデータ以外は問題無く動いているように見える。


 リアルで首を傾げる俺の画面に、再び二頭身の化け物が現れる。


『わしじゃよアーサー』

 

 よし、自分から出てくるとは良い度胸だ。

 俺は目の前の化け物を捕まえようとするが、画面どころかアバターも動かない。


『無駄であるよ、さっきは力任せに投げられたであるからな、少々アーサーの時を止めさせてもらったである』


 こいつそんな事も出来んの!?いよいよチートお化けじゃないか!

 俺の心の叫びに、マーソンは気持ちの悪い笑みを浮かべる。


『我はアーサーを正しく導く使命があるのでな、間違いを正すのも役目なのである』

『間違い?トリスタンが敵側って推理の事か?』

『左様、アーサーにしては随分と短絡的な発想であるな』


 お前が俺の何を知ってるんだ・・・とはあえて言うまい。 


『だとしたらマーソンはこれまでのトリスタンの謎を解明できるのか?』

『無論!我は天才故な!』


 こいつのその自信は一体どこから湧いてくるのだろうか?


『さて肝心のトリスタン殿がターゲットされない件に関してであるが、毛食賊は毛を好むのであろう?・・・・そんなのはえそろって無いからであろうな』

『はえそろって・・・何を言っは!?』


 そ、そうか!毛食賊は毛に異常な執着を見せる。

 それも髪の毛だけではなく全身の毛に大して・・・だ。


『つまりトリスタンは下の毛が生えそろっていない?』


 俺の推理にマーソンが笑みを濃くする。

 流石師匠だぜ!よくよく見ると体が動くようになってるし、それならばやる事はただ一つ!

 目の前の二頭身の化け物の頭を掴み、洞窟の奥に投げ飛ばす。

 途中『また貴様等であるかぁ!?』とか悲鳴が流れた気がするが無視だ。


 狙毛食兵そげきへいを倒してきたトリスタンに視線を向ける。 


「トリスタン、お前は俺に隠している事があるだろう?」

「と、唐突にどうされたのだ?」


 トリスタンは一瞬呆けた顔をしたが、ハッとした表情を浮かべる。


「そうだよな・・・今の戦闘は明らかにおかしかった」

「ああ、あそこまでターゲットが移動しないのは異常だ・・・何か隠しているのだろう?」

「そ、それは・・・・」


 トリスタンの顔が真っ赤に染まる。

 男の俺にはわからんが、トリスタンの歳ではえそろってないってのは恥ずかしい事なのだろう。


「だが俺はそれでもかまわないと・・・むしろそれが良いと思っている」

「!?」


 トリスタンは俺の気迫に押されながら、「まさかそこまでの器の持ち主だと!?」と言っているが、そういう願望を持っている男は多いと思うぞ?


「まぁそういう訳だ、言いたい時に言えば良い」

「・・・まさかここまでとは、アーサー殿、いや、アーサー王」


 トリスタンが真剣な瞳を向けて来る。

 こ、これはまさか!?


「私はどうやらあなたに惚れ込んでしまったようだ、どうか私を貴方の傍に置いて欲しい」

「一向にかまわん!」


 このゲームはいつからギャルゲになってたんですかねぇ?

 俺はニヨニヨとキーボードを叩く。


「だとしたら私の秘密を今ここでさらけ出し、身も心も捧げるべきなのであろうな」

「今ここで!?身も心も!?」


 ちょっと待て!そこまでの準備はまだ出来てな・・・

 俺はフードを外したトリスタンを見て絶句する。


「実は私は髪が死滅する呪いをかけられているのだ」

「あ、そうですか」


【アーサーの やる気が 100下がった】 

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