第16話 かみさま
【ゴブリンの巣窟:推奨レベル8】改め【毛食賊のアジト:推奨レベル40】
邪な気配漂う洞窟の中に、モンスターの悲鳴がこだまする。
「おらおら!さっさと次出せやおらぁ!」
毛食賊討伐クエストで遠征に来ていた俺は、現在体に纏わりついてくるモンスターをグーパンで倒しながら洞窟の奥に進軍していた。
◇
クエスト開始から数時間、50匹目の毛食賊を血祭りにあげた俺は地面にツバを吐く。
「どうしたというのだアーサー王、随分と荒れていないか?」
「・・・気のせいだろ?」
「そうか?アーサー王はもっと冷静沈着なタイプだったと思うのだが・・・」
そう言いながらトリスタンが水筒から水アイテムを俺に渡し、洞窟の奥に偵察に行く。
秘密暴露から、何故か俺への忠誠を誓ったトリスタン。
顔は美形でスタイル抜群、素晴らしい逸材だ。
しかも実はとても甲斐甲斐しく世話をやいてくれるお姉さんキャラだという事もわかった。
俺はトリスタンから水を受け取り、適当にスタミナゲージを回復させて深く溜息を吐く。
だが・・・その頭部はとても眩しいというかなんというか・・・まぁぶっちゃけハゲている、つるっつるのぴっかぴかなのだ。
いやまぁそこは別に良い、さっきも言ったが顔は美形だからギリギリイケる・・・残念ではあるが。
だが何よりも俺を一番イラつかせている事は他にある。
「ギャルゲー展開かと思いきやハゲアピールとかふざけんなよ・・・」
ご馳走を目の前にお預けをくらった俺の気持ちも理解してほしい。
専用の従者が出来た!とか思えれば良いが、生憎俺は統率力0だから雇う事は出来ないし、キャロットに戻ってからはアズリエルさんの配下という形になる。
これを溜息を吐かずに何を吐けというのか・・・
再び深い深いため息を吐きながら、偵察から戻って来たトリスタンを見つける。
「どうだった?」
「アーサー王の言う通りこの先が最奥のようだった」
「・・・そうか、じゃあクエストクリアって事でさっさと帰るか」
毛食賊の声もしないし、もうこの洞窟に毛食賊は残っていないのだろう。
しかし、軽く伸びをして入口に戻ろうとする俺の服をトリスタンが掴む。
「ま、待ってくれ、妙な物も見つけたんだ」
「妙な物?」
首を傾げながらも、トリスタン先導のもと洞窟の最奥を確認する。
「なるほど、こりゃ妙な物だな」
「だろう?見た所エンド領に存在する神棚という物に見えるのだが・・・」
「俺の意見も全く同じだ、問題はなんでそんな物が毛食賊の巣窟にあるかだが」
「え?ちょ!」
トリスタンが何の躊躇もなく神棚を開く俺を見て目を見開く。
「わわわ罠があったらどうするつもりだったんだ!?」
「そんなのあっても俺には大抵効かないからな・・・ってなんだこれ?」
俺は神棚の奥に祭られている、黒いモジャモジャした物を見て更に首を傾ける。
「これは人毛だろうか?内側には変な布のような物がつけてあるが」
トリスタンは黒いもじゃもじゃを恐る恐る手に乗せると、危険物でも持っているかのように恐る恐る鑑定を始める。
だがまぁそれは鑑定するまでもなく・・・
「それはカツラだな」
「カツラ・・・とはなんだ?」
ああ、このゲームにはカツラは存在しないんだっけか?
「髪が無い人や、ちょっと髪型を変えたい人がかぶるアイテムだ・・・おい、それを被るとお前は何か大事な物を失うんじゃないか?」
俺の説明を聞き、真顔のままカツラを被ろうとするトリスタンの肩に手を置く。
「何を言っているのだ、未鑑定アイテムを鑑定するのは部下の役目だろ」
「あ、はい」
何やら目を血ばらせているトリスタンから一歩距離を置く。
こいつも苦労して来たんだろうな・・・
なんだか目頭が熱くなってくる中、トリスタンの頭にカツラが装着される。
「お、おお・・・私に髪が・・・髪が戻ってきた・・・」
やめろトリスタン・・・それ以上聞くと俺の目から涙が流れる。
しかしそんな俺の気持ちも知らずに、トリスタンがカツラを弄りながら俺に向き直る。
「どうだろうかアーサー王、似合っているだろうか?」
「すっごい似合ってるぞ?」
いや、お世辞とかじゃなくガチで似合っている。
強いて駄目な所をあげるとすれば、それはカツラのデザインが女性向けではない所だが・・・トリスタンが今一の笑顔を浮かべているので黙っておこう。
「そうだろうか?ふふ、やはり髪があると自信が沸いてくるし、何やら力が戻ってきたよう・・・なんだ?」
しかしトリスタンの顔が恍惚な表情から訝し気な物に変わっていく。
あー洞窟の最奥、それも毛食賊が崇めてたご神体的なやつだからな・・・多分相当汚いんだろう。
「ドンマイトリスタン、洗えば使えるって」
「ちが・・・そうではないのだ、なんと言えば良いのか・・・カツラから声が聞こえてくるのだ・・・」
・・・どうやら彼女は長い髪無期間の後遺症で頭が大変な事になっているらしい。
アズリエルさんの配下になるとはいえ、少し優しくしてあげよう。
同情するように肩を叩くと、トリスタンは慌てたようにカツラを俺にかぶせようとしてくる。
「ちょっと!?唐突に何しやがんだこら!」
「アーサー王が私を痛い子のように扱うからだ!それよりもアーサー王もこれをかぶれば私が何を言っているか理解できる筈だ・・・!」
「どういう理論だよ!?俺は意地でもかぶらな・・・なんかトリスタン力強くなってない!?」
トリスタンの謎パワーに押され、ついにカツラをかぶせられる。
ああー・・・何で俺はこんな汚い場所で汚物を頭にのせられてんだろ。
『け!見た目通りのしけた毛根してやがるぜ!』
目からハイライトを消していた俺の頭の上から妙なチャットが流れる。
え?は?まじ?まじでカツラが喋ってんの?
驚くモーションをする俺の前でトリスタンが首を縦に振る。
「えっと・・・カツラ・・・だよな?」
『お?まだ名乗ってない筈だが、俺は職業も名前もカツラの正真正銘のエリートカツラだ』
「そうか・・・」
色々疑問がわいてきたが、俺は諦めたようにカツラをトリスタンに返す。
最近は色々意味不明な出来事に巻き込まれてるからな・・・感覚が麻痺してきたのかもしれん。
『いやぁしかし驚いたぜ、まさかこっちに話が通じるやつがいるなんてよ』
「俺としてはカツラが喋ってる方が異常だと思うんだが・・・」
「ふむ、アーサー王の世界では物にも魂が宿るというのだろう?このカツラなる者も似たような物なのでは?」
そういうもんかねぇ・・・というかトリスタンのチャットとカツラのチャットがごちゃ混ぜになっててすっごい見づらい。
「それで?カツラはどうしてこんな所に?」
『さんをつけろデコスケ野郎、話が少し長くなるから省略するが・・・簡単に言うとここでゴブリン共に俺の世話をさせていた』
カツラの・・・世話?
『主にキューティクルの補給とかだな、人間が飢えを感じるようにカツラもキューティクルに飢えを感じる、常識だろ?』
そんな常識は俺の中には存在しない。
というか今の話を総合するに、こいつが毛食賊の親玉って事か?
だとしたらここで処分しとかないと・・・
俺は守るようにカツラを抱えるトリスタンに半眼を向ける。
「な、なぁアーサー王、この子は私がちゃんと世話するから、城で飼う事は出来ないだろうか?」
「馬鹿言え、そうやって最終的には俺が世話する事になるんだろ?却下だ却下」
駄々をこねるトリスタンからカツラを奪い取ろうとしていると、カツラがピクリと反応する。
『城?それはまさかキャロット城の事か?』
「知ってるのか?」
『ああ、確かゴブリン共が今日その城に襲撃に行ってる筈だ』
「「なんだと!?」」
俺とトリスタンが目を見開く。
『確か軍勢は500、大規模な毛刈りを始めるとかなんとか』
「毛食はそんな作戦まで立てられるのか!?いや、そんな事よりも
お前は奴らのリーダーだろ?止める事は出来ないのか!?」
『無理だな、俺はゴブリン共に
なんか新しいワードが沢山出てきて頭がおかしくなりそうだが、これはもしかしなくてもマズイ状況なのではないか?
「嫌な予感がする、急いで城に戻るぞ!」
◇
午後23時、キャロット城城下町。
「な・・・なんだよこれ・・・なんなんだよこれ・・・!?」
クエストから急いで帰還した俺は、火の海になった城下町を見て愕然と膝をつく。
逃げ出したであろう鶏が空を舞い、見慣れた民家は永遠に燃え続けるかのように辺りを赤く照らしている。
「そん・・・な・・・」
全滅?あのいつも俺に羨望の眼差しを向けていたガキも?最近事ある毎に俺にちょっかい出してくるハゲも?
全部・・・全部?
小さいながらも・・・温かい我が家が・・・
「マモレナカッタ・・・」
のぶにゃが軍は間に合わなかったのか?・・・いや、モンスターに襲われるとかの自然災害に関しては同盟国に報告は行かない。
つまりのぶにゃがは気づいてすらいないという事・・・か。
呆然と膝をつく俺を、誰かが強く持ち上げる。
「アーサー王、何を呆けているのだ!耳を済ませろ!まだ戦は終わっていない!」
トリスタンの言葉にハッと我に返る。
「城に急ごう」
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