第14話 勇者、神無・トリスタン


 毛食族討伐クエストを開始するため城を出て数時間、現在俺は馬車に揺られながらトリスタンの戦闘を眺めている。


「あれが勇者の戦いか」


 俺は恐らくレベル20くらいのモンスターと死闘を繰り広げるトリスタンに苦笑する。


 勇者トリスタン。

 その剣は天を貫き、その術は地を穿つ。

 単身でレベル100を超えるドラゴンを討伐し、勇者となったと言われる伝説クラスのNPC。

 その伝説クラスがレベル20に苦戦だと?

 まぁ伝説クラスだからかNPCでもそれなりの顔面偏差を持っているようだが、あまりにも弱すぎる。


 低レベルモンスターを倒し、満足気に帰ってきたトリスタンが俺を見て顔を伏せる。


「はは、アーサー殿には恥ずかしいところを見られてしまったな・・・実はこれも私にかけられた呪いの一つでな、とある物が不足すると実力が下がっていく呪いもかかっているんだ」

「とある物?」


 トリスタンが小さく「ああ」と言う中、俺ははニート細胞を活性化させる。

 とある物って何だ?普通に考えると金とか経験値とかか?


『アーサーよ、何を常識的な事を考えているであるか』

『その口調は・・・マーソン!?どうやってここ・・・に?』


 俺は目の前でふよふよ浮かぶ二頭身のマーソンに目を見開く。


『折角の冒険であるからな、本体では参加出来ない故現し身を使用させてもらったである』


『お前は本当・・・とりあえずさっさと帰ってくれ』

『そうも言っておれん、我はお主を正しき道に進ませねばならぬ・・・』


 まぁそう言うだろう事は予測出来た。

 何でおまえは俺の保護者気取りなのか・・・とかはあえて触れないでおこう。


『ああはいはい、それで?マーソンはトリスタンには何が足りないと思うんだよ?』

『そんなの決まっておろう?お主の足元にあるそれであるよ』


 足元?俺は首を傾げながら地面に視線を向けるが、特段変な物はない。

 変な物と言えば足元ではないが、遠くで何か「ふ、こんな私等必要とする奴等今はもういないさ」と一人グチグチしているトリスタンくらいだ。


『ああ、そっちではないである、アーサーの中の足元である』


 ・・・もしかしてリアルの話か?本当にこいつは一体何者なんだ?

 俺はマーソンから不審な空気を感じながらも、パソコンの下を覗く。


 そこにある物、それは男のロマンを詰めた究極の宝達エロゲー

 それを見て俺はマーソンが何を言いたいのかを察する。


 そ、そうだったのか!言われてみればトリスタンの体つきはナイスバディ、サキュバスにそういう呪いをかけられたと言われれば納得できる。

 やるじゃないかマーソン・・・いや、師匠。

 そうとわかったら早速言っておかないといけない事がある。

とりあえず「アーサーのやる気が10上がったである」と言っている二頭身マーソンの頭を鷲掴みにして、遠くに放り投げる。


 さて・・・邪魔者はいなくなったし。


「トリスタン、俺はお前に興味が湧いてきた。いつでもお前の事を歓迎するぞ?」

「な!?正気かアーサー!?こんな私に何が見出すものがあるとでも!?」

「当然だ、俺(のアレ)が欲しい時はいつでも(部屋に)来るが良い」

「・・・弱くなった私にアーサーが(手伝って)くれると?それに(キャロット軍に)来れば良いとまで誘ってくれるのか」 

「ああ、俺はお前(の体)に興味がある、いつでも(夜這いに)来るが良い」

「そ、そうか・・・少し考えさせてくれ」


 トリスタンはフード下でもわかるくらい顔を真っ赤にしている。

 現在のトリスタンの雑魚能力を見る感じ恐らくそういう経験はした事無いだろうし、俄然やる気が上がってきた。

 顔は美形だし、スタイルも抜群。それに加えてエロ関連のバッドステータス持ちか・・・っは!ヨダレが!


 俺は遠くでトリスタン殿の好感度が20上がったであるというマーソンのチャットを無視する。


 しかし最初はアズリエルさんがいないから乗り気じゃなかったが、これはむしろそういう事をしろという運命なんじゃないか?

 自然と鼻息荒く鼻歌を歌っていると、馬車の中から白いふわふわ頭が顔を覗かせる。


「やア!もう終わったかイ?」

「ああ、待たせたな」

「全然待ってないヨ、時間潰しには慣れてるからね」


 そう言いながらケツ・ホルグを担ぐカフェインの背後に、モンスターの素材が大量に落ちているのは触れないでおこう。


「しかし悪いな、馬車に乗せてもらって」

「昨日店でも言ったけド、ボクも今日はエンドの方に用があったからネ!ついでだよ、ついデ!」


 カフェインはにししと笑うと、馬車を動かしだす。

 オートランがないこのゲームでエンド領までのフィールド移動はシンプルにだるいからな、マジ助かる。


 俺が陰ながら手を合わせていると、何やら服の端を引っ張られる。


「な、なぁアーサー?あの白くてフワフワした可愛い方は誰なんだ?」

「俺もよく知らんが名前はカフェイン、キャロットで錬金工房を営んでる謎のガキだよ」

「そ、そうか!ほー、アズリエルさんと良いキャロットには可愛い子が沢山いるのだな!」


そう言いながら鼻息を荒くするトリスタン。

もしかしてこの人可愛い物好きだったりするのだろうか?


「気になるなら話しかけてみたらどうだ?もっと言うと抱きついても多分カフェインは嫌な顔をしないぞ?」

「ほんとか!?あ、いや、違うんだ!私は可愛いという存在とは無縁だからな、その・・・」


 身を乗り出してきたトリスタンに若干引いていると、トリスタンがあたふたしだす。


「まぁトリスタンは可愛いというよりは美人だからな、隣の芝は青く見えるとかいうやつか?」

「び!?」


 何やらトリスタンが湯気を出しながら固まってしまった。

 まぁ俺は断然可愛い派、もっというとアズリエルさん教だからそんなのどうでと良いんだが・・・おっと、

アズリエルさんさあくまで養分養分。


『トリスタン殿の「ま、トリスタンの自由にすれば良いさ」・・・・」


 湯気を出したまま固まったトリスタンを放置、最近ずっと一緒にいるアズリエルさんに想いを馳せていると、カフェインが御者席から顔を覗かせる。


「お取り込み中の所悪いけド、前方に毛食族の集団を発見したヨ?」

「・・・何?」


 確かにクエストの依頼地まではもう少しだが、こんな所に?

 俺は訝し気な表情を浮かべながらも馬車から顔を覗かせる。


『『『『『ヅラァ・・・ヅラァ・・・」』』』』


 うわ、本当にいやがる、しかも何だあの数?

 ゴブリンは基本的に巣の中以外では単体か、多くても3体が普通だが・・・

 俺に続いてゴブリン集団を視認したトリスタンがうめく。


「あれは異常だぞアーサー殿、ざっと見ただけでも30はいる」

「ああ、しかも奴ら職持ちだ」

「なんだと!?」


 ある程度の強さを手に入れたゴブリンは、稀に戦士ゴブリンなどの職持ちになるやつがいる。

 本当に稀な場合のはずだが、推奨レベルは20。

それが30体?しかもバランスを考えているのか戦士、僧侶、魔法使い等の混合ユニット、どうなってやがる。


「アーサー殿、このまま奴らを放っておいたら・・・」

「まぁ間違いなく近くの領地に被害が出る、この場合隣接する俺の領地かのぶにゃがの領地か」


 ふむ、正直俺としては領地で迎撃した方が安全だし放っておいても良いのだが・・・

 チラリとトリスタンの様子を伺うと、今にも飛び出しそうな表情をしている。

 ・・・このままだとトリスタンが突撃、毛食に俺達の場所がバレて面倒な事になるな。


「よしトリスタン、俺が今からアイツらを何とかするからついてこい」

「な!?・・・わかった!」

「ボクは?ボクは?」

「カフェインはこのままエンドに向かってくれて良い、目的地はすぐそこだしな」


 俺は顔を輝かせはるトリスタンを連れ、近くの岩場に移動する。

 いつもの調子ならそろそろ・・・


『ふむ、トリスタン殿の好感度が更に30アップである』


 きた!

 急いで視界を回転、どこからか聞こえてくるマーソンのチャットを視認。

 トリスタンの注意がゴブリン集団に向いている隙に、マーソンにイベントで手に入れた爆竹を投げ込む。


『む?これは何であるぎゃあああぁ!?』


 ゴブリン集団は、デカい音を立てた爆竹の方にターゲットを移すと、恐らくマーソンを見つけたのか目を見開いたかのように顔を豹変させる。


『ヅラ・・・?』

『『『『ノーヅラ!ノーヅラ!』』』』

『け、けけけ毛毛毛毛毛ー!』

『な、なんであるかこやつらは!?た、助けるであるアーサー!?』


 毛食賊本来の戦闘スタイルになったゴブリン達を見ながら小さく合掌。 

 なむ、小さい犠牲だった。

 しかしマーソンの稼いだ時間程度ではあまり意味が無い・・・そこで・・・


『うわワ!これは凄い事になったネ!?』


 馬車を揺らし退避するカフェインの近くにもういっちょ爆竹。

 毛食賊のターゲットがカフェインに移動する。


『毛毛毛毛毛毛毛毛毛毛毛!』

『ぬわぁー!?こっちに来ないでくれヨー!?』


 事態に気付いたカフェインが馬車を全力で走らせ、その後ろを毛食賊がもっすごいスピードで追いかけていく。

 あとは・・・


「か、カフェイン殿ー!?」


 俺はカフェインを追いかけようとするトリスタンの肩に手を置く。


「駄目だ、いくらなんでも全速力の馬車に追いつけない、諦めるんだ」

「し、しかし・・・!」

「大丈夫だ、カフェインにはこんな時の為にあるお守りを渡してあるからな」

「そ、そうなのか?アーサー殿が言うなら事実なのだろうが・・・」


 カフェインの方を気にしながらも、トリスタンが素直に頷く。


 ま、本当は何も渡してないんだけどね!計画通り!

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